公害弁連第37回総会議案書
2008.3.23  諫早
【3】 特別報告
首都圏アスベスト訴訟の報告
首都圏アスベスト訴訟弁護団
事務局長 佃 俊彦

1  はじめに
 現在、東京、神奈川、埼玉及び千葉の土建労働組合を中心に、大工、電気工や配管工などの建設労働者で、石綿含有建材を取り扱う建設工事に従事し石綿粉じんにばく露した結果、中皮腫、肺ガン、石綿肺(合併症を含む)などの石綿関連疾患に罹患した重症患者や死亡患者の遺族約200名(患者単位)が、国と石綿含有建材製造メーカーを被告として訴訟を準備中である。
 「魔法の鉱物」と言われた石綿が実は極めて危険な物質であり、それにもかかわらず国と建材製造メーカーは経済性や効率性を優先させて建設労働者の生命と健康を犠牲にしてきた。日本では石綿は大半を輸入に依拠してきたが、日本石綿協会によると、戦前から使用禁止された2006(平成18)年までに約1,000万トンを輸入されており、しかも、その約70%が建築材料に使用されたといわれている。そして、石綿含有建材が広範に使用されたことを考えれば、それを放置してきた国の政策を抜本的に転換しなければならず、そのためには、国及び石綿含有建材メーカーの法的責任を明確にし、被害者に謝罪と賠償をさせ、今後の被害を根絶する必要があると考えている。

2  国の責任について
(1)  国の規制権限不行使の責任を明確に認めた判決としては、筑豊じん肺最高裁判決(平成16年4月27日)と、その後に出された水俣関西訴訟最高裁判決(同年10月15日)がある。それらは「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。」と判示している。
 この筑豊じん肺最高裁判決及び水俣関西訴訟最高裁判決が示した判断枠組みは、安全衛生に関する規制の判断枠組みとして普遍的なものであり、これを踏まえて主張立証すれば、国の規制権限の不行使が著しく不合理であったことを明らかにすることができると考えている。
(2)  国の責任としては、まず厚労大臣の責任、つまり旧労基法・安衛法に基づく規制権限の不行使の責任が考えられるが、それを一言でいえば、石綿粉じんの毒性(発ガン性)が明らかになっているにもかかわらず、規制が余りにも遅すぎるということである。国の主張によっても、1971(昭和46)年に改正前の特定化学物質等障害予防規則(旧特化則)が制定された時点では石綿粉じんの発ガン性が明らかになっていた。ILOは、1974(昭和49)年の第59回総会で「がん原性物質及びがん原性因子による職業性障害の防止及び管理に関する条約」(第139号条約)を採択しているが、国が第139号条約を批准したのは1977(昭和52)年である。また、ILOは、1986(昭和61)年の第72回総会で「石綿使用における安全に関する条約」(第162号条約)を採択しているが、国が第162号条約を批准したのは2005(平成17)年である。それとともに、訴訟での最大の争点の一つになるであろう、石綿含有建材の施工作業における石綿粉じんばく露防止対策については、省令(安衛則、特化則)での規制はまったくといってよいほどなされておらず、1992(平成4)年になってやっと通達(平成4年基発第1号)で、除じん装置付き電動丸ノコの使用等の行政指導がなされているだけである。
(3)  また、この訴訟では、厚労大臣の責任だけでなく、国交大臣の責任、つまり建築基準法に基づく規制権限の不行使の責任を追及していくことを検討している。国交大臣の責任を追及していく理由は、国交省(旧建設省)が建築基準法に基づき「不燃材料」として石綿含有建材を指定し、その使用を強力に推進してきたことによる。
 国交大臣の責任の一端を述べると、厚労大臣は1975(昭和50)年に特化則を改正し、38条の7の1項で「石綿等を吹付ける作業に労働者を従事させてはならない」(石綿吹付け作業の原則禁止)と規定しながら、同条2項で、一定の条件(送気マスクの使用等)を満たせば「建築物の柱等として使用されている鉄骨等への石綿吹付け作業に従事させることができる」と例外規定を設けていた。例外規定を設けた理由は、当時の建築基準法2条7号に基づく「耐火構造の構造方法を指定する建設大臣告示」(昭和39年告示1675号)において、鉄骨等への石綿吹付けを用いた構造が指定されていたからである。
 また、旧建設省は、石綿粉じんの発ガン性が明らかになり、特化則で石綿吹付けが原則禁止される以前の1973(昭和48)年に「庁舎仕上げ標準」を改訂して、旧建設省の庁舎では石綿吹付けをしないように指示していた。これは国民や建設作業従事者の生命・健康を蔑ろにするもので、極めて悪質と言わざるを得ない。

3  石綿含有建材製造メーカーの責任について
 建設作業従事者の石綿関連疾患被害は、厚労大臣及び国交大臣の規制権限不行使の違法と石綿含有建材製造メーカーの共同不法行為(法的な関連共同性があるか否かは別として)によるものである。また、メーカーには1995(平成7)年に制定された製造物責任法の適用も考えられる。メーカーは、石綿含有建材という「製造物」を製造して、他人の生命、身体を侵害したからである。
 メーカーの責任追及では最も重要な課題は、因果関係の問題であると考えている。例外的に使用建材、製造メーカーが特定できる原告もいるが、古典的な訴訟構造でいうと、「特定の原告」と「特定の製造メーカーの建材」という1対1の関係が求められるが、このような個別の因果関係を問題にすることは困難であり、また訴訟経済上も損失である。そこで、シェアー率の高いメーカーを被告として訴訟を提起すべく検討している。つまり、石綿含有建材や石綿吹付け材のシェアー率の高いということは、原告がそれらのメーカーの製品を使用している蓋然性が極めて高いということができるからである。
 メーカが負う注意義務の内容は、①石綿原料使用の中止(代替品の開発・使用の推進)、②石綿含有量の低減、③製品に対する表示・警告・啓蒙義務(石綿含有の有無・比率、粉じんばく露による生命・健康に対する危険性、製品使用時における粉じん対策について表示・警告・啓蒙する義務)等が考えられるところである。

4  私たちの目ざすもの
 私たちは、これまでの公害闘争やじん肺闘争に学び、大きな運動を展開し、大きな世論を構築することが勝利のカギと考えている。そのためには、被害救済はもちろんのこと、「隙間だらけ」の石綿救済新法の抜本的改正や石綿障害予防規則の改正により石綿被害の根絶を求めていかなければならないと考えている。現在、原告団と弁護団と土建組合が「全面解決要求」(本件訴訟の獲得目標)を検討している。その中で、重症者の予備軍とも言える胸膜プラークの人達の要求の組織も検討している。胸膜プラークは、石綿粉じんばく露の証明だが、被害はないという国の考え方を改めさせないと隙間のない救済や被害の根絶はなり難いと考えるからである。
 また、私たちは「全面解決要求」を早期に実現させるため、裁判闘争とともに法廷外で大きな運動を構築し、石綿被害問題をこれまで以上に大きな社会問題化するとともに、政治問題として取り上げさせることが必要と考えている。
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