【1】 基調報告
第2 公害裁判の前進と課題
3 基地騒音裁判の前進と課題
(1) 小松基地第3・4次訴訟控訴審判決
今年度は、新年度早々の2007(平成19)年4月16日、名古屋高裁金沢支部で小松基地第3・4次訴訟の判決が言い渡された。救済範囲についてうるささ指数W値75まで認めたのは、もはや全国的に定着した最低限の受忍限度基準となっており、地裁判決をそのまま維持した格好である。これに加え、控訴審判決ではいわゆる「危険への接近」論の適用を全面的に排除し、旧嘉手納控訴審判決、新嘉手納地裁判決、新横田控訴審判決、厚木第3次第1審判決、同控訴審判決に続く、「危険への接近」論全面排除判決となった。これもまた、定着した判断となりつつある。
差止請求については、自衛隊機の民事差止請求の適法性を認めた地裁判決に対し、これを不適法として再び門前払いとなったもので、一歩後退の感は否めないが、規模を拡大した新訴訟への動きが、基地利用のあり方そのものに対する圧力となることは疑いない。
(2) 新横田基地最高裁判決
5月29日には、最高裁第3小法廷で新横田基地訴訟の判決が言い渡された。審理対象となったのは、控訴審判決で認容された、結審から控訴審判決言渡し日までの「将来請求」であり、法廷意見としては、大阪空港訴訟最高裁大法廷判決を踏襲する形で、控訴審判決の破棄自判(控訴棄却)となった。しかし、注目すべきは各裁判官の意見であり、職業裁判官出身の2名の裁判官を除く3名の裁判官は、上記大法廷判決の無批判な適用には疑問を呈しており(うち2名は反対意見)、基地騒音被害が恒久化しつつある事実を前に、司法判断も揺らぎを見せているというべきであろう。
新横田基地訴訟もまた、最高裁判決を期に新たな運動への取り組みがスタートしているが、現在は、過去30年余に亘る運動期間を通じて最も「静かな」横田基地となっており、軍軍共用、軍民共用の動きの中で、基地利用の変化や騒音実態の推移には目を離せない。
(3) 普天間基地訴訟
普天間基地訴訟は、今年度、約半年に亘る集中的な証拠調べを経て、提訴以来5年余りで結審に漕ぎ着けた。代替施設問題を口実に、いまだ全面返還への目途の立たない普天間基地であるが、来たる6月26日に言い渡される判決には、これまでに築かれてきた基地騒音訴訟判決の水準をクリアすることが期待されるのは当然である。むしろ、代替施設問題は被害の放置の理由たりえない以上、差止め、将来請求を含めた大きな前進が期待される。
(4) 新嘉手納基地訴訟
新嘉手納訴訟では、先例を全く無視した1審判決の受忍限度基準W値85を、基地騒音訴訟判決の定着した水準であるW値75まで引き戻すたたかいとともに、夜間早朝の爆音差止めを獲得するためのたたかいが、秋の結審を控えて、正念場を迎えている。
1999(平成11)年の沖縄県健康影響調査は、航空機騒音による聴力損失被害が発生していることを科学的に明らかにした、画期的な調査である。しかし、国はその成果を減殺することに躍起になっており、裁判所もまた、1審判決では因果関係に疑問を差し挟むなど、沖縄県調査を正面から取り上げることに過度に慎重になっている。それは、沖縄県調査が明らかにした健康影響を前提とすれば、過去賠償のみによるこれまでの司法救済の次元では対応できないという考えが背後にあることは想像に難くない。国防や安全保障の必要性を最大限考慮するとしても、「健康の収用」はできないのであり、そのことは、取りも直さず、爆音差止めにつながるからである。
おそらく、基地の利用実態から見て差止め実現のハードルが最も高いのは嘉手納基地であろうが、被害実態から見て差止め実現までの距離が最も近いのもまた嘉手納基地であろうと思われる。
W値75を取り戻すたたかいも、集中的な本人尋問の実施と「現場」での進行協議期日の実施により、裁判官に爆音を体験させることによって進められつつある。W値85を受忍限度とした1審判決の異常さは、自ずと明らかになるはずである。
(5) 基地問題を取り巻く情勢
新訴訟を期する小松・横田に、判決獲得に向けた最終盤の普天間・嘉手納のほか、今年度は、厚木基地周辺住民が、2007(平成19)年12月17日、6,130人の大原告団で第4次訴訟を提起した。第3次訴訟ではあえて請求していなかった夜間早朝の爆音差止請求も、今回は請求の柱になっている。厚木基地は、騒音コンターも以前より面積が広がり、それだけ多くの被害者を生んでいる一方、被害者救済は依然として司法判断待ちという国の態度からすれば、新訴訟提起は必至であった。
また、NLPの岩国基地への移転をめぐっては、国が補助金・交付金凍結による介入を図った影響もあってか、地元岩国市の出直し市長選挙で、受け入れ反対の態度を示していた前職が僅差で破れるというニュースもあった。しかし、今後激化が心配される騒音の問題に関していえば、岩国市ばかりでなく広島県西部の被害が深刻との見方が強い。
在日米軍の再編は、日米安保体制による抑止力維持とともに、沖縄などの地元負担の軽減が二本柱とされた。しかし、後者は負担や被害のつけ回しを意味するものではない。新横田基地訴訟控訴審判決を引用するならば、「最高裁判所において、受忍限度を超えて違法である旨の判断が示されて久しいにもかかわらず、騒音被害に対する補償のための制度すら未だに設けられず、救済を求めて再度の提訴を余儀なくされた原告がいる事実は、法治国家のありようから見て、異常の事態で、立法府は、適切な国防の維持の観点からも、怠慢の誹りを免れない」のであって、こうした視点を欠く在日米軍再編は、お座なりなものでしかない。
補償による基地の恒久化は本末転倒であるが、普天間・新嘉手納の判決を見据えつつ、過去賠償止まりの現状を打開するためにも、新たなたたかいを模索する必要があるのではないか。