公害弁連第37回総会議案書
2008.3.23  諫早
【1】 基調報告
第3 公害弁連の今後の方向と発展について
−公害被害者の早期救済、公害根絶とともに、新たな環境問題への取り組みの強化を目指して−
1  公害被害者の早期救済と公害根絶のたたかいのさらなる前進を
 2006年に川崎市、2007年に東京都とぜん息患者を対象とする医療救済制度が創設され、単に訴訟の原告となった被害者のみならず、地方自治体の被害患者のすべてを救済する制度までも創設する流れができてきた。また、薬害肝炎訴訟においても今年1月に薬害肝炎救済法が制定され、血液製剤によってC型肝炎に感染した被害者は原告以外にも救済されることになった。折角創設できた救済制度によって実際に患者が救済されるためには、先ず、申請者を広げることが必要であり、川崎における患者の1割負担の撤廃やぜん息以外の患者にも救済対象を広げる運動も重要である。さらに、東京都や川崎市以外の自治体にも医療費救済制度を波及させることが期待される。また、東京の救済制度では、東京都以外にメーカーや公団のほか、これまで一切の努力を拒んできた国からも財源を拠出させることができた。東京における「5年見直し」の理由の一つともなっている国に医療費救済制度を法制化させることが全国の患者の大きな目標となろう。
 公害被害者の救済のたたかいでは、ノーモア・ミナマタ訴訟を強力に推進させる必要がある。政府・与党は、新手帳や与党プロジェクトチームの救済案のように、安上がりの解決を画策しているが、できるだけ多くの被害者を裁判に立ち上がらせ、早期の勝利判決を勝ち取ることによって、最高裁判決をベースにした被害者の認定基準や補償内容を確定させることが真実の被害者救済につながることとなる。
 さらに、薬害としては、イレッサ訴訟が注目される。すでに730名にものぼる副作用死が出ているにもかかわらず、未だに日本ではイレッサの使用が続けられている。そのため、今後も被害の拡大が予想され、訴訟の早期解決に向けた取り組みを強める必要がある。また、薬害ヤコブ訴訟については、残りわずかとなった未和解患者につき早期和解を実現するとともに、引き続き潜在患者の掘り起こしを続ける必要がある。
 最後に、基地騒音問題では、訴訟の係属している嘉手納基地、普天間基地において、嘉手納1審判決で棄却されてしまったW値85未満の原告につき損害賠償を認容させることが必要である。また、既に訴訟が確定した横田基地や小松基地では、騒音公害を根絶する差止請求や今後発生する被害を救済する将来の損害賠償が認められていないため、新たな運動が始まっている。米軍の再編や軍民共用による騒音を増大させる施策に反対しつつ、公害根絶や将来に至る被害救済を勝ち取るため、訴訟を含めた新たな運動を展開することが必要である。なお、厚木基地では昨年12月にこれまでで最大の6,130名の原告による第4次訴訟が提起され、従来の損害賠償請求に加え、民事訴訟と行政訴訟による差止めを請求している。また、先般の市長選で受入れ派候補が選出された岩国では、米軍再編によって各地の部隊が移駐する岩国基地において新たな騒音問題が発生する可能性があり、十分に注意していく必要がある。

2  大型公共事業等による環境破壊を止めさせる取組みの強化を
 国・自治体の財政赤字にもかかわらず、尚も強行されようとしている環境破壊の無駄な公共事業の見直しを求めるたたかいが粘り強く取り組まれている。
 先ず、「よみがえれ!有明海訴訟」については、今年1月28日長崎地裁の公金支出差止訴訟1審判決において、請求棄却の判決がなされたが、却って公金支出の不当性が浮き彫りになった判決であった。原告団は直ちに控訴したが、控訴審において諫早湾干拓事業の不当性を一層明らかにしていく必要がある。また本年1月25日には本体の工事差止訴訟が結審となり、6月27日には佐賀地裁の1審判決がなされるが、国は、昨年「完工式」を行い、本年4月からの営農開始を目論んでおり、「有明異変」と言われる莫大な被害のみ置き去りにしようとしている。しかし、営農のための農業用水とされた調整池の水質は極度に悪化し、貝の養殖に壊滅的な被害を与えるとともに、既に農業用水として使用しないことは長崎県知事さえもが認めるところとなっている。そのため、潮受け堤防の開門を実施することには何の障害もないことが明らかとなった。しかも、長期開門することによって、諫早湾の干拓は勿論のこと、有明海全体についても良い影響を与えることが十分に予測される。このうえは裁判の進行と並行して、潮受け堤防の開門に向けて強力に運動することが重要である。
 いよいよ高尾山にトンネルを掘り始めた圏央道の天狗裁判では、本体の工事差止訴訟と裏高尾及び高尾の事業認定取消訴訟に加え、本年3月には収用裁決取消訴訟も提起する予定で、高尾山の自然や住民らの生活環境を守るたたかいが懸命に続けられている。第2期工事が凍結状態になっている広島国道2号線訴訟、大阪第2京阪道路公害調停事件、西東京市計画3・2・6号線建設差止訴訟等の全国に提起されている道路反対運動や、さらには道路公害による大気汚染裁判などと連携したたたかいが進められている。現在国会では、巨額の揮発油(ガソリン)税を道路建設につぎ込んできた道路特定財源と暫定税率の継承をめぐって、与野党が対立しているが、国民世論は、今までのような道路建設を続けることを支持していない。例えば、3月3日付毎日新聞の世論調査では、暫定税率を4月以降継続することには、66%が「反対」であり、「賛成」は27%にすぎない。また、10年間で59兆円を必要とする「道路整備の中期計画」に沿って道路整備を進めることには、「賛成」がわずか19%で、「反対」は実に75%であった。このような世論を味方として、無駄で有害な道路建設を阻止する運動を展開していくことが重要である。
 巨大公共事業を阻止するためには、現行の環境影響評価法(アセスメント)が規定する「事業アセス」だけでは困難である。事業の計画段階でアセスメントを行う戦略的環境アセスメント制度が導入されるならば、住民にも早期に事業計画が公表されることになり、大規模事業の変更や中止も可能となる。環境省は、2007年2月26日、道路・ダム・発電所などの大規模事業の環境影響評価を計画段階で行う「戦略的アセスメント(SEA)のガイドライン案」を総合研究会に示したが、電力業界の圧力に屈し、発電所を除外してしまった。その後、環境省は各省に対し、SEAのガイドライン案を示し、各省ではガイドラインの検討が始まっている。海外においては、殆どのEU加盟国、米国、カナダ、中国、韓国には戦略的アセスメント制度が導入されており、OECD加盟国中法制化されていないのは、日本のみである。無駄で有害な大規模公共事業を中止させるために、戦略的アセスメント制度を法制化させる運動が必要である。

3  公害弁連のたたかいの経験をふまえて、新たな取組みを
 公害弁連は、殆どの公害事件弁護団を糾合してその被害者や弁護団の団結の力で全国公害被害者総行動をはじめとする運動や訴訟を遂行し、公害の根絶と被害者の救済に尽力してきたが、昨年の東京大気の和解をもってこれまで運動の中心を担ってきた一連の大気汚染公害裁判も訴訟として一応の終了に至った。また、基地騒音公害訴訟についても、大規模原告団による新訴訟が次々と確定し、ひとつの区切りを迎えている。一方では、公害弁連に所属することなく、活発な活動を行う環境関係事件も増えてきた。かかる状況の中で、公害弁連としては、積極的に加入弁護団を増やして、幅広い事件の弁護団を結集して、これまで培ってきた公害弁連のたたかいの経験を生かして公害の根絶と被害者の救済の目的達成に努力していく必要がある。2007年度では、これまで協力関係にあったイレッサの西日本弁護団と東日本弁護団が公害弁連に加盟した。
 アスベスト被害については、これまで職業病として取り組まれてきたが、2005年の「クボタショック」以来、工場の従業員以外の近隣住民等の被害者が存在することが明らかになった。また、戦前の調査によってアスベスト被害が明らかとなっていたにもかかわらず、アスベストの使用を放置してきた国の責任を問う国賠訴訟が2006年5月に大阪・泉南地域アスベスト国賠訴訟や2007年5月に国とクボタを被告とする尼崎アスベスト国賠訴訟が提起された。さらに、全国じん肺弁連と東京・神奈川・埼玉の土建組合に所属する建設労働者による国賠訴訟が今年の前半にも提起される。公害弁連としても、公害被害といえるアスベスト被害救済に積極的に支援していく必要がある。また、アスベスト被害は、現に発生している被害者の救済とともに、無防備な建築物の解体によって新たな被害が発生する恐れが高い。千代田区では、建築確認によって実施される建物の解体工事の際業者の報告のみに頼ることなく、区職員がすべて調査する制度を作って実績を上げている。環境省の推計でも2006年からの5年間で肺がんや中皮腫の死亡者数が15,000名を超えると予想している。千代田区が実施しているアスベスト調査制度を国レベルで実施するよう法制化を求める必要がある。そのための体制作りも今後の課題の一つである。

4  公害地域再生の取り組みの前進を
 農地復元をほぼ完了したイタイイタイ病をはじめ、裁判を勝利してきた各訴訟団、弁護団が環境再生に取り組んでいるが、大気裁判の各原告団、弁護団は国との「連絡会」を通じ、また自治体と協議するなどして、地域再生とまちづくりに取り組んでいる。
 尼崎において2006年に試行(社会実験)が行われたロードプライシングは、公害道路の交通量を低減するための有効な対策の一つと考えられ、国との協議が進められているが、本格的な実施には至っていない。今年度は、尼崎の取り組みを突破口として大型車の交通量削減に向けた取り組みを一層強めるとともに、道路建設反対の運動とも連携して、道路建設の見直しを政府に迫る大きな運動にしていかなければならない。
 これまで進めてきたさまざまな地域再生の運動とともに、もう一つ重要なことは、ぜん息等に悪影響を及ぼす微小粒子状物質(PM2.5)の環境基準を設定させるたたかいがある。早急に米国やWHOの基準に匹敵する厳しい基準を設定し、PM2.5の測定体制を整えていくことが環境再生のうえからも重要である。

5  地球環境問題、アジア諸国との交流の取り組みの強化を
 地球温暖化問題では、2007年12月のインドネシアのバリ会議(COP13、COPMOP3)では、2050年半減目標や先進国の2020年目標などの具体的な数値は、アメリカ、日本、カナダなどが反対したため記述されなかったが、前文に「IPPCの第4次報告書に、地球規模の排出量の大幅な削減が必要なこと、気候変動への対処が緊急であることが強調されていることを認識する。」と記述され、地球温暖化への対処が京都議定書に参加していない国を含めて世界全体の緊急の課題であることが確認された。また、巨大な排出国であるアメリカ・中国・インドといった不参加国の参加について道筋を付けることができた。一方、京都議定書のもとで先進国の次期削減目標を議論する特別作業グループ(AWG)についての決定には、10?15年ピークや2050年半減目標、先進国の2020年目標などの具体的な数値が記載された。来年のCOP14、COPMOP4はポーランドのポツナムで、そして次期の削減目標と制度枠組みに合意する2009年のCOP15、COPMOP5は、デンマークのコペンハーゲンで開催される。ところで、バリ会議では、日本政府は、一貫して消極的な態度を取り続けて厳しい批判を浴び、会議2日目には不名誉な「化石賞」の1位から3位まで独占する程であった。本年2月に行われた内閣府・外務・経産・環境各省への要請行動においても、米国、中国などの参加引き入れを理由にした言い訳が目立ったが、「2008年から2012年までの各年の温室効果ガスの排出量の平均を、1990年を基準として6%削減する」という日本の削減目標を確実に実行することが何よりも重要である。ところが、2006年の日本の温室効果ガスの総排出量は1990年の総排出量に比べ、逆に6.4%も上回っている。京都議定書を取り決めた京都会議の議長国であり、かつ、2008年7月に地球温暖化問題を主要テーマとする洞爺湖サミットの開催国でもある日本政府に対し、京都議定書の約束を遵守させるとともに、2013年以降のより高い削減目標の合意を目指して強力に取り組みを進める必要がある。
 一方、目覚しい経済成長のもとに中国では、多くの公害被害の発生が伝えられているが、中国製ギョーザの農薬汚染が連日報道されているように、単に他国の環境問題ではなく、これまでも知られていた黄砂や酸性雨などとともに、日本国民が直接的に影響を受けている日本国内の環境問題でもある。そのことは中国に陸続きの韓国にとってもより深刻な問題でもある。このように、日・中・韓の三国は、自国の環境問題のみ取り扱っていては、良好な環境を維持することは到底困難である。これに対し、環境保護や公害救済を目指して立ち上がった各国の市民・法律家がともに連携を深めていくことが強く求められている。公害弁連では、2002年8月と2005年8月の2回にわたって「日韓公害・環境シンポジウム」を、日本環境法律家連盟、グリーンコリア環境訴訟センター、韓国環境運動連合法律センター、「民主化のための弁護士の集い(民弁)」環境委員会などとの共催で、開催してきた。また、公害弁連は、2005年11月の「第3回環境被害救済(環境紛争処理)日中国際ワークショップ」や2007年8月に開催された「日中韓公害被害救済等ワークショップ」などに参加してきた。さらに公害弁連としては、日本環境法律家連盟と共同で毎年韓国司法修習生の日本研修を行ってきたが、2007年には15名の韓国司法修習生が来日し、九州・大阪・東京において現地調査や研修を受けた。本年3月27日?30日の間に、中国から3名の弁護士を招いて、「公害被害の救済と根絶に向けた日中弁護士交流会」を大阪と富山(イタイイタイ病の現地訪問)において開催し、両国の弁護士が具体的事件について率直に意見交換を行うことになっている。今後も日中韓の三国の共同シンポジウムの開催や相互の交流を一層深める取り組みを進める必要がある。
(このページの先頭に戻る)