公害弁連第37回総会議案書
2008.3.23  諫早
【2】 各地裁判のたたかいの報告(新幹線公害)
名古屋新幹線公害訴訟(和解後)の報告
名古屋新幹線公害訴訟弁護団
弁護士 高木輝雄

第1  はじめに
 名古屋新幹線公害訴訟の和解から、今年22年を迎えた。この間、弁護団は原告住民とともに和解内容の履行状況の監視活動を続けてきた。
 原告居住地域の熱田区六番町地内に、国道1号線と市道江川線の交差点を1径間で跨ぐ六番町鉄橋が存在している。東海道新幹線で架設された鋼桁のうち1径間のものでは最長・最重のものである。かつてこの鉄橋を新幹線が通過するときの騒音は、直下で114dBにも達していた。その後、住民運動や裁判の進展のなかで、国鉄は2度にわたって対策を実施した。その結果、騒音は直下で92dB、25m地点で90dB程度に減音した。さらに、和解後のJRの車両と構造物への対策により、2007年度の名古屋市の調査で騒音は71dBに下がっていることが分かった。
 名古屋高速道路公社は、都市高速道路を延伸するとして、この新幹線六番町鉄橋の上に高速道路を建設するとの案を進めている。この建設案を安易に許すならば、反射音により六番町鉄橋の騒音が悪化することは自明である。
弁護団は、原告住民とともに、さらにはJRとも連携しながら、和解約束である「現状非悪化」の原則を守るよう、名古屋市をはじめ名古屋高速道路公社に対しての働きかけを強めているところである。
 このような状況を見るとき、新幹線沿線住民の生活環境を守る取り組みの手をゆるめるわけにはいかない。以下、昨年の公害弁連第36回総会以降の主な活動を報告する。

第2  1年間の主な動き
1  環境省との協議
 2007年6月4日、第32回全国公害被害者総行動デーに合わせ、環境省水・大気環境局自動車環境対策課と協議を行った。
 環境省の回答は次のとおりであった。
 JR東海は、本年7月のダイヤ改正で「N700系」の導入を決めたという。同車両は環境に配慮した車両と聞いている。今後ともモニタリングを見ながら環境への悪影響が及ばないよう、しかるべき働きかけをしていく。
 1985年から始めた「75dB対策」は第3次まで実施してきた。しかし、これまでの対策区間において、いまだに75dBを超えている箇所がある。06年5月に「第4次75dB対策」実施を関係機関や関係自治体およびJRに要請した。「第4次対策」の達成について、JR東海は2010年度、JR東日本は09年度、JR西日本は08年度を、それぞれ目標に対策を実施すると聞いている。また、関係自治体には対策の進捗に合わせ騒音の監視をお願いしている。
 振動の評価や人体への影響については、事例研究が必要と思う。まずは、部内で検討してみたい。
 東海道新幹線の構造物にアスベスト含有の遮音ボードが約600kmにわたって使われている。このボードは外材がシッカリしているのでアスベストの飛散がないと聞いている。JRのアスベスト含有ボードをノンアスベスト材に取り替える計画などは国交省と相談してみたい。
 JRの移転跡地の活用と南貨土地の取得について名古屋市の考えを聞いた。名古屋市の対応はスッキリしないものであった。環境省からは、JR跡地・南貨土地を新幹線沿線の環境保全的に活用することを考えてもらいたいと申し入れておいた。
 協議の終わりにあたって当方は、次のとおりの指摘をした。新幹線鉄道騒音の環境基準が決まってから32年にもなるというのに、いまだに「75dB対策」の結果を見てからとは遺憾と言わざるを得ない。一方、JRの車両技術の進歩はめざましい。東海道新幹線で言えば、300本を超える列車が270kmの高速で走っている。車両の軽量化によって振動は緊急対策指針値内で収まっているものの、十分とはいえない。また、度重なるスピードアップと走行本数の増加は、沿線住民にとっては生活環境の悪化につながっている。

2  名古屋市の騒音・振動の測定結果
 名古屋市は和解協定の趣旨に沿って、毎年新幹線騒音振動の定期監視測定を6地点9か所で実施している。2007年度の測定結果は、07年11月30日に発表された。
騒音は67ないし71dB、振動は51ないし63dBであった。

3  JRとの協議
 和解成立後、毎年定期的に行われているJR東海との22回目の協議は、2007年12月11日、名古屋市内で行われた。
(1)  JR東海の主な説明は次のとおりである。
①  騒音対策、南方貨物線(南貨)撤去後の対策について
 7キロ全線を視野に車両対策の効果を見ながら対策を実施し、計画もしている。廃線が決まった南貨撤去後の対策を含めた内訳は次のとおりである。
 小トナカイ型防音壁は、06年度までに3,053mを施工し、07年度は35mを施工中で、計3,088mとなる。
 吸音板は、06年度までに1,472mを実施。07年度分として389mを実施中で、08年度分として619m、09年度分として266mを計画している。
 逆L型防音壁は、07年度分として254mを実施中である。
 遮音ボードのノンアスベスト材への取り替え状況は、06年度までに1,227mを実施し、07年度分として389mを実施中で、08年度として619m、09年度分として266mを計画している。
②  振動対策について
 振動については決定的な研究成果が出ていない。引き続き当社の研究所で主要なテーマとして研究を重ねているところである。構造物対策としては、騒音対策も含め、レール削正と架線の取り替えを年2回確実に行っている。また振動対策として、マクラ木連結工、高架橋端部補強工がある。それぞれ1ないし2dB程度の低減効果が認められるのが実情である。その他、軌道直下にセメント系薬液を注入し土と一緒に撹拌して固める「深層撹拌杭工」があるが、場所によって効果の違いがある。
③  「N700系」の運行状況について
 07年7月のダイヤ改正で「N700系」の運行が始まった。名古屋市はテスト走行時の測定、07年度の定期監視測定について発表している。速報値を見ても騒音は70dB以内、振動は60dB以内と思える。「N700系」は今後主流となるので、騒音・振動は低減するものと思っている。
④  現状非悪化について
 7キロ全体の騒音を70dB以下に維持するよう、遮音板と吸音装置の間のスキ間ずめなどこまめに対策の効果の維持に努める。一度下がったものは逆戻りさせないという立場で和解協定の実現を目指していく。
⑤  アスベスト対策について
 アスベスト含有のボードについては、吸音材の取り付け工事などに合わせて、ノンアスベストボードに取り替えていく。騒音対策工事のところで説明したように、7キロ区間では当面、2,501mの取り替えが予定されている。7キロ区間を含めて8か所で飛散状況の調査をしたが、飛散はなかった。また、アスベスト含有ボードからノンアスベストボードの取り替えについては、飛散しない工法で進める。また、工事中の飛散調査も行う。
⑥  地震対策について
 国鉄時代に盛土やトンネルの補強を行った。阪神大震災後、高架橋の落橋防止対策と高架橋柱への鋼板巻き補強工事を行っている。地震早期検知警報システム(テラス)を新潟県中越地震以降21か所に設置し、沿線地震計も50か所に置き、防災システムの機能化・高度化を図ってきた。また、国交省のもとに「新幹線脱線協議会」が発足し、脱線防止ガード、逸脱防止ストッパーなどの試験などを行っている。メンバーは、JR四国、同貨物を除くJR各社、鉄道総研、鉄道・運輸機構となっている。また、新幹線総合司令所を大阪にも置き、東海地震等に備えている。
⑦  高架下、移転跡地の保全と無償譲渡について
 高架下、移転跡地の保全については、社員が巡回し、安全な状態を保つよう努めている。移転跡地全体の名古屋市への無償譲渡については、名古屋市の事情から話は進んでいない。また、JRの移転跡地と南貨関連土地との交換は、双方の同意も得、名古屋市、原告側との協議も終わり、07年2月、全ての手続きを終わった。
⑧  車両の保有状況について
 JR東海の保有状況は、N700系16編成、700系60編成、300系52編成で計128編成。JR西日本の東海区間への乗り入れ状況は、N700系8編成、700系15編成、500系7編成、300系9編成で計39編成。
(2)  当方は、これまでの定期協議を踏まえてJRが前向きに取り組んでいること、その結果としてJRと原告団との信頼関係が形成されてきていること、21年前に当時の国鉄との協議でお互いそれぞれの立場で新幹線の運行と沿線住民の生活・健康が両立するようにと、懸命にぎりぎりの相談をして和解に到達したのであるが、その点が今日の状況に結びついていること、しかしまだまだ課題が多くあり、振動低減対策、高速道路建設による六番町鉄橋の反射音問題、アスベストの問題など沿線住民としては気になることが残っていること、引き続き公害環境対策に万全を期するよう要請した。

4  移転跡地をめぐる状況と名古屋市の対応
(1)  無償譲渡を拒否する名古屋市
 原告住民が居住する7キロ区間に、JRの移転補償跡地(移転跡地)約27,000m2が存在している。和解協定に至る協議の過程で、移転跡地のうち、10か所約4,000m2(現在は9か所約3,600m2)が名古屋市に無償貸与されている。これを名古屋市は、ゲートボール場、どんぐり広場に整備し、地域住民に提供されている。また、名古屋市は、JRの移転跡地約2,000m2を取得(等価交換)し、放置自転車の保管場所として活用している。2004年度に入ってJR東海は、名古屋市に対して、無償貸与の移転跡地を含めた移転跡地約25,000m2全体を名古屋市に無償譲渡するとの方針を提示した。当方も名古屋市に対し、移転跡地を譲り受け、新幹線沿線の環境保全的活用に資するべきと申し入れていた。
 これに対し、名古屋市は、移転跡地は形状も大小さまざまで連続性もないことから活用は難しい、また固定資産税の減収、維持管理費が発生することからも、無償譲渡には応じられない、との態度に終始している。
  名古屋市に積極的な対応をとらせる取り組みがきわめて重要となっている。
(2)  住民要求実る?名古屋市南貨土地を取得
 03年12月、当方と鉄道・運輸機構国鉄清算事業本部(機構)との協議で、約1年間中断されていた新幹線並行区間の南方貨物線(南貨)用地の処分が再開されることになった。この協議の中で、南区の豊代児童遊園地と明治小学校横の土地については、機構は売却を控え、名古屋市へ提供することを双方で確認した。07年11月、市・総務局交通政策室から、豊代児童遊園地については無償で、明治小学校横の土地については有償で名古屋市が取得することが決まったとの連絡があった。実に4年ぶりの解決であり、住民要求の実現であった。
(3)  市道江川線拡幅と移転跡地使用について
 07年12月25日、江川線整備事務所との話し合いを行った。江川線事務所の説明は、江川線の拡幅に伴い、熱田区六番町交差点付近にある移転跡地2か所を取得したい、取得方法は用地敷については有償、残地についてはJRから無償貸与を受け整備したいとうものであった。
 当方は、有償・無償にかかわらず協議に応じる、残地の整備についても同意する、しかし江川線拡幅の目的は高速道路の建設であり、しかもその高速道路が六番町鉄橋の上に建設され、そのことによる反射音は現状を悪化することが明らかである、従って名古屋高速道路公社との話し合いが必要であるので江川線事務所は責任を持って高速道路公社と当方との話し合いの場をセットすることを要求した。
 移転跡地が道路に使われ、その結果として現状非悪化の原則が破られようとしている。決して許すわけにはいかない。

5  おわりに
 JR東海は、07年12月20日、08年3月15日のダイヤ改正について発表した。
 これによると、4日あたりの列車本数は309本となり、現状より4本増となる。また、N700系の増発により、カーブでの減速がなくなり、平均時速も早くなる。列車本数の増加とスピードアップ。沿線住民との調和は図られるのか。
 一方、2014年の開業をめざして北陸新幹線工事が急ピッチで進められている。報道によると、05年に長野、新潟、富山、石川、福井の市民団体や労働組合などで組織された「北陸新幹線・並行在来線問題連絡会」は、07年10月7日、富山県庁内で北陸新幹線開業後の北陸本線・信越本線についての提言を発表した。提言は、北陸本線と信越本線を「公共交通の基幹的役割を担い、少子化・高齢社会のもとで、まちの装置、地域経済の内発的な発展、地球温暖化と自動車偏重社会への対策に欠かせない」と位置づけている。また、同年10月22日、新潟県妙高市で「信越線守れ」とのシンポジウムが開かれている。シンポは「妙高と信越線を考える会」と「在来線を守る3市(妙高市・上越市・糸魚川市)連絡会」の共催。「地域住民の足である公共交通機関を確立し、存続に向けた住民運動を展開する」としている。
 このように、整備新幹線建設に伴う沿線住民の運動は一層活発になっており、新幹線並行在来線をいかに残し、いかに運営するかが大きな課題である。
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