【3】 特別報告
全国じん肺弁護団連絡会議 報告
全国じん肺弁護団連絡会議
幹事長 山下登司夫
1 はじめに
2007年は、じん肺患者の権利救済とじん肺の根絶を求める闘いにとって、全国トンネルじん肺根絶徳島訴訟(3月28日徳島地裁)、同松山訴訟(3月30日松山地裁)、三菱長崎造船じん肺訴訟(7月31日長崎地裁)、西日本石炭じん肺福岡訴訟(8月1日福岡地裁)で勝利の判決を勝ち取るなど極めて大きな成果をあげることが出来た年であった。なかでも、特筆すべき成果は、全国トンネルじん肺根絶訴訟(根絶訴訟)の全面勝利解決である。
根絶訴訟は、全国23地裁・支部で闘われ、勝利の和解を勝ち取ったトンネル工事の元請ゼネコンを被告とする全国トンネルじん肺訴訟(先行訴訟)の原告たちの大半が再び原告となり、国のトンネルじん肺防止対策を転換させることを目的として、国の責任追及をする裁判に立ち上がったもので、典型的な政策形成型の訴訟である。根絶訴訟の原告数は、患者単位で969名(第1陣訴訟が732名、第2陣訴訟237名)で、解決時点で4高裁(5事件)、10地裁に係属していた。この根絶訴訟において、2006年7月〜2007年3月にかけ東京・熊本・仙台・徳島・松山地裁と連弾で国の規制権限の不行使の違法を認める原告側勝訴の画期的な判決を勝ち取っていった(国が控訴、原告側も対抗上控訴)。原告団・弁護団と原告たちが加盟する建交労は、これらの勝利判決、それまでに構築してきたじん肺根絶を求める100万署名の達成に象徴される大きな世論、現職国会議員529名の「トンネルじん肺根絶の賛同署名」に象徴される政治の力を武器に、国に対してトンネルじん肺防止政策の転換を求める大きな運動を展開していった。このような闘いのなかで、2007年6月18日、国(厚労大臣、国交大臣、農水大臣、防衛施設庁長官)と原告団・弁護団との間で「トンネルじん肺防止対策に関する合意書」(末尾に掲載、以下「合意書」という)を締結し、同年6月20日〜7月20日にかけて全ての裁判所で和解が成立し、国を被告とする根絶訴訟は全面勝利解決した。
根絶訴訟の全面勝利解決については、公害弁連ニュースNo.154において報告しているところであるが、改めて、公害弁連第37回総会の議案書において「合意書」の内容と意義、トンネルじん肺の根絶に向けた今後の闘いについて報告させていただくこととする。
2 国のトンネルじん肺防止政策を転換させる
(1) 「合意書」の内容
国は、「合意書」において、①トンネル建設工事におけるじん肺対策を強化するために「別紙」の措置を講ずること(第1項)、②新たな施策の確立と実施に向けて、平成20年度からの次期粉じん障害防止対策を含め、トンネル建設工事におけるじん肺対策について、原告の意見を聞く場を持つこと(第2項)、を約束した。そのうえで、③トンネル建設工事に従事した結果、じん肺に罹患した患者や遺族に対する心からの弔意とお見舞い(第3項前段)と、④根絶訴訟を真摯に受けとめ、今後とも、労働安全衛生対策を推進する任務を踏まえ、じん肺対策の実施に努めること(同項後段)を表明した。
また、「合意書」の調印に先立って行なわれた官邸での会談で、安倍総理大臣(当時)は、原告らに対し、「じん肺防止対策を進め、じん肺の起こらない日本にしていきたいと決意している」(6月18日付け「読売」夕刊)とじん肺防止対策を講じることを約束した。
国が、「合意書」第1項で約束した「じん肺対策を強化するための措置」(別紙)として掲げられた事項は、
- ① 粉じん障害防止規則(粉じん則)を改正し、
- 掘さく作業等における換気等の措置(注1)
現行の粉じん則では、衝撃式さく岩機、及びロードヘッダー等の掘さく機械による掘さく作業は特定粉じん作業と規定されているため、湿式化等の粉じん対策が義務づけられているが、換気等の措置を講ずることが義務づけられていない(特定粉じん作業以外の作業についてだけ、換気等の措置を講ずることが義務づけられている)。このような不十分な粉じん則の規定を改正し、掘さく作業等に換気等の措置を講ずることを事業者に本年度中に義務づけることとしたものである。
- 粉じん発生源対策及び換気対策の効果を確認するため、「ずい道等建設工事における粉じん対策に関するガイドライン」(2000年度策定)方式による粉じん測定(ガイドラインの定める「粉じん濃度目標レベル」のあり方も検討する)(注2)
粉じん測定と結果の評価については、東京地裁等5地裁の判決が、いずれもその規制権限の不行使は違法であると認定した事項であるため、厚労省と原告団・弁護団との間で、シビアなやり取りがなされた部分である。結論としては、二段階方式が取られ、先ず、粉じん則を改正し、ガイドラインが定めている粉じん濃度測定の方法(切羽から約50m後方での測定)による粉じん濃度測定を事業者に本年度中に義務づけることとしたものである。また、ガイドラインの定める評価基準である「粉じん濃度目標レベル」は、遊離珪酸含有率の多寡に関係なく、一律3mg/m3と極めて緩やかな基準であるため(厚労省の管理濃度では、遊離珪酸含有率が30%の場合0.16mg/m3である)、このあり方について検討することが約束された。
次いで、労働者が稼働している切羽付近の粉じん濃度測定については、的確・安全に測定できるように、個人サンプラーによる粉じん曝露濃度測定方式(厚労省が2005年3月31日に発出した「屋外作業場等における作業環境管理に関するガイドライン」での方式)、作業環境測定方式(粉じん則で定められている屋内、及び鉱山保安施行規則で定められている坑内・屋内での方式)について、本年度中に調査、研究を開始し、その成果を所要の検証プロセスを経たうえで粉じん則の改正に結びつけることが約束された。
- 湿式さく岩機と防じんマスクの重畳的使用(注3)
現行の粉じん則では、衝撃式湿式さく岩機を使用して掘さく作業を行なう場合、防じんマスクの使用が義務づけられていない。この点は、東京地裁等5地裁の判決が、いずれもその規制権限の不行使は違法であると認定した事項である。このような不十分な粉じん則の規定を改正し、衝撃式湿式さく岩機を使用して掘さく作業を行なう場合においても、防じんマスクの使用を事業者に本年度中に義務づける(重畳的義務付け)こととしたものである。
- 多量の粉じんが発生するコンクリート吹付け作業等について電動ファン付マスクの使用(注4)
現在のトンネル建設工事で多用されている、コンクリート吹付け作業(NATM工法)、ロードヘッダー等の掘さく機械による掘さく作業、大型のローダー等のズリ積み機械によるズリ積み作業は、極めて多量な粉じんが発生するため、その対策が緊急の課題となっている。東京地裁判決は、これらの作業で発生する粉じんの吸入を防止するには通常の防じんマスクでは不十分であり、新鮮な空気を直接吸入できる送気マスク(エアラインマスク)の使用を義務づけるべきであり、その不行使は違法であると認定した。この点についても、厚労省と原告団・弁護団の間で、シビアなやり取りがなされたが、結論として、二段階方式が取られた。先ず、これら作業には、粉じん則を改正して、通常の防じんマスクより着用者の負荷が少なく、目詰まりも少ない電動ファン付マスクを使用させることを事業者に本年度中に義務づけることとしたものである。
次いで、粉じん吸入防止にとって、より優れたマスクである送気マスク(エアラインマスク)については、空気を送るホースが重機へ巻き込まれる危険性があるところから、その防止対策等の進展を促しながら、本年度中に実施に向けての検討を開始することが約束された。
- 発破退避時間の確保(注5)
現行の粉じん則では、金属鉱山、炭鉱での規制と異なり、発破退避時間の確保が義務づけられていない。熊本地裁判決は、金属鉱山、炭鉱と同様に発破退避時間を義務づけるべきであり、その不行使は違法であると認定した。この判決の指摘に伴い、このような不十分な粉じん則の規定を改正し、適切な発破退避時間を確保することを事業者に本年度中に義務づけることとしたものである。
を本年度中に事業者に義務付ける。
- ② 切羽付近における粉じん濃度測定が的確・安全にできるように本年度中に調査、研究を開始し、その成果を粉じん則の改正に結びつける。(注6)
現行の粉じん則では、衝撃式さく岩機、及びロードヘッダー等の掘さく機械による掘さく作業は特定粉じん作業と規定されているため、湿式化等の粉じん対策が義務づけられているが、換気等の措置を講ずることが義務づけられていない(特定粉じん作業以外の作業についてだけ、換気等の措置を講ずることが義務づけられている)。このような不十分な粉じん則の規定を改正し、掘さく作業等に換気等の措置を講ずることを事業者に本年度中に義務づけることとしたものである。
- ③ 送気マスク(エアラインマスク)の実施に向けて本年度中に検討を開始する。(注7)
現在のトンネル建設工事で多用されている、コンクリート吹付け作業(NATM工法)、ロードヘッダー等の掘さく機械による掘さく作業、大型のローダー等のズリ積み機械によるズリ積み作業は、極めて多量な粉じんが発生するため、その対策が緊急の課題となっている。東京地裁判決は、これらの作業で発生する粉じんの吸入を防止するには通常の防じんマスクでは不十分であり、新鮮な空気を直接吸入できる送気マスク(エアラインマスク)の使用を義務づけるべきであり、その不行使は違法であると認定した。この点についても、厚労省と原告団・弁護団の間で、シビアなやり取りがなされたが、結論として、二段階方式が取られた。先ず、これら作業には、粉じん則を改正して、通常の防じんマスクより着用者の負荷が少なく、目詰まりも少ない電動ファン付マスクを使用させることを事業者に本年度中に義務づけることとしたものである。
次いで、粉じん吸入防止にとって、より優れたマスクである送気マスク(エアラインマスク)については、空気を送るホースが重機へ巻き込まれる危険性があるところから、その防止対策等の進展を促しながら、本年度中に実施に向けての検討を開始することが約束された。
- ④ トンネル工事の長時間労働を改善するために、労働基準法32条を踏まえ、「土木工事積算基準」(土木工事標準歩掛)を本年度中に見直しをする。(注8)
トンネル建設工事の坑内作業は、今日においても、2直2交替の勤務形態であり、少なくとも、昼方・夜方ともに恒常的な残業を前提とする拘束11時間、実働10時間となっている。このため、トンネル建設工事の坑内作業に従事する労働者は、長時間粉じんに曝露する結果となっている。このような実態を容認している要因として、2直2交替制、各方の勤務時間は拘束11時間、実働10時間とする発注者(国交省等)の「土木工事積算基準」(土木工事標準歩掛)にある。そのため、トンネル工事の長時間労働を改善するために、労働基準法32条を踏まえ、土木工事積算基準(土木工事標準歩掛)を本年度中に見直しをすることが約束された。
というものである。
(2) 「合意書」の意義
この「合意書」の締結は、国がこれまでのトンネルじん肺防止政策の転換を決断したものであり、トンネルじん肺の根絶へ向けて大きく一歩を踏み出す道筋をつけるものとして、高く評価をすることができる。とくに、厚労省が、「ガイドライン」という名の通達ではなく、粉じん則を改正し、これまで法的な規制がなされてこなかった事項について、本年度中に事業者に義務付けることを明確に表明した意義は極めて大きいといえる。それとともに、規制官庁の厚労大臣が「合意書」への署名を行っただけでなく、トンネル工事の事業実施官庁である国交省、農水省、防衛施設庁の大臣・長官が署名を連ねたことの意義は大きい。つまり、トンネルじん肺の根絶は、規制法規だけでなく、その経済的裏付けとも云うべき「積算基準」の変更も相まって実現するものといえるからである。
原告団・弁護団は、国が原告たちの要求を基本的に受け入れたことで、国に対する請求を放棄することを約束した(「合意書」第4項)。
尚、根絶第2陣訴訟(東京・熊本・仙台地裁)は、本年の遅くない時期の和解解決を目指して、トンネル建設工事の元請ゼネコン企業との間での和解成立に向けての作業(就労期間の確定)が進められている。
(3) 「合意書」の履行と今後の闘い
① 「合意書」第1項の「じん肺対策を強化するための措置」(別紙)のうち、厚労省が本年度中に粉じん則を改正して義務付けることを約束した事項については、数次にわたって厚労省と原告団・弁護団との間での意見交換を経て、「粉じん障害防止規則等の一部を改正する省令要綱案」が作成され、労働政策審議会安全衛生分科会じん肺部会に諮問され、2007年10月22日開催されたじん肺部会で討議され、「省令要綱案」に沿った答申がなされ、2008年3月1日付けで改正粉じん則が施行されることとなった。また、施行にあたって、改正粉じん則に疑義がでないようにするための「通達」(案)についても、厚労省から原告団・弁護団に示され、2008年2月8日に予定されている「意見を聞く場」で意見交換がなされることになっている。
また、上記「じん肺対策を強化するための措置」(別紙)のうち、国交省等が約束した、労働基準法32条を踏まえた「土木工事積算基準」(土木工事標準歩掛)の本年度中の見直しについても、数次にわたって国交省と原告団・弁護団との間での意見交換を経て、「1日当たりの作業時間は、8時間を基本(5日/週×8時間/日=40時間/週)として、週当たりの施工歩掛とし、積算を行なう」こととなり、2008年10月1日から実施されることとなった。
このように、国が、「合意書」で本年度中に実施することを約束した事項については、粉じん則の改正、及び「積算基準」の改定で実現されることとなった。また、厚労省がを調査、研究をすることを約束した事項についても、委員会が設けられ、調査、研究が開始されており、原告団・弁護団の意見が委員会に反映できるようにすることも約束されている。
② ところで、「合意書」の履行は、あくまでもトンネルじん肺根絶への出発点である。つまり、現在施工されている、また、将来施工されるであろうトンネル工事において、改正された粉じん則による新たな規制、改定された「積算基準」を確実に実施させていく必要がある。そのためには、原告団・弁護団や建交労が、じん肺防止対策の実施状況を監視していく活動を全国各地で展開していく必要がある。根絶訴訟の闘いのなかで、長野県発注のトンネル建設工事において、「粉じん技術検討委員会」(原告団員・弁護団員3名が委員として参加)の提言を踏まえて粉じん対策を実施することが発注条件とされ、一定の効果をあげている。このような運動を継続して行なっていく必要がある。
ILOとWHOは、1995年4月に、「2015年までに、労働衛生問題としてのじん肺を根絶すること」を掲げ、その目標を実現するための「国の実行計画」の策定を求めており、じん肺の根絶は国際世論にもなっている。そのことに確信をもち、原告団・弁護団、そして建交労は、今後とも、公共工事であるトンネル工事で働く労働者をじん肺に罹患させないよう、さらなる努力をする決意でいる。
また、じん肺防止対策に直結しないとの理由で、「合意書」に盛り込まれなかった原告らの要求として、ADRとじん肺補償基金の創設の課題が残されている。原告たちは、自分たちは元請ゼネコン企業との和解で一定じん肺被害を償うに相応しい賠償金を得ているが、今後不幸にしてじん肺に罹患した後輩が、自分たちと同じような裁判をしないでも賠償金が支払われる制度の創設を心から願っている。この要求を実現するためにも、さらなる努力をする決意でいる。