公害弁連第37回総会議案書
2008.3.23  諫早
【1】 基調報告
第2  公害裁判の前進と課題
1  大気汚染公害裁判の前進と課題
(1)  大気汚染公害裁判の闘いと到達点
1)  大気汚染公害裁判の概観
 1972年7月の四日市公害裁判判決は、国や地方自治体の公害防止行政のあり方に強いインパクトを与え、公害健康被害補償法(73年制定・74年施行)へと結実した。
 しかし、1973年のオイルショックと構造不況のなかで、政財界の巻き返しを受け、1988年、全国41の大気汚染公害指定地域が解除され、補償法による公害患者の新規認定は打ち切られた。
 これに対し、千葉川鉄訴訟(1975年提訴・以下同じ)を皮切りに、大気汚染公害訴訟が次々と提訴された。すなわち、西淀川(1次・78年、2次〜4次・84年以降)、川崎(1次・82年、2次〜4次・83年以降)、倉敷(83年)、尼崎(88年)、名古屋(89年)である。
 上記の裁判のうち、倉敷はその地域的特性から工場排煙公害(電力・鉄鋼・石油化学コンビナート)のみを被告としたが、他の4地域は、工場公害(SOx被害)を中心に、道路公害(NO2、SPM〔浮遊粒子状物質〕被害)責任を追及するため、国・公団を被告に加えて取り組まれた。

 そして、1988年11月の千葉川鉄判決、91年の西淀川1次判決、94年の川崎1次判決を経て、工場公害に対する勝訴の流れは定着し、90年代前半以降、裁判の焦点は道路公害へと移っていった。
 こうした中、1995年7月の西淀川2次〜4次判決は、初めて自動車排ガス(NO2及びSPM)と健康被害との因果関係を認め、道路設置・管理者である国・公団の責任を認めた。以後、川崎2次?4次(98年)、尼崎(00年1月)、名古屋(00年11月)がこれに続き、国・公団等の道路設置管理者の責任(国家賠償法2条1項)は裁判上不動のものとなった。
 とりわけ、尼崎・名古屋では、損害賠償責任に加えて差止請求にも勝訴し、道路設置管理者の責任は社会的責任のみならず法的責任も完全に定着した。

2)  東京訴訟の勝利和解と到達点
 東京訴訟は、以上のような従来の大気汚染公害裁判の到達点に立ちつつ、なお現在進行形の汚染・被害である自動車排ガス公害の根絶と、新たな救済制度の確立を求めて、1996年5月に提訴された。
 東京訴訟では、道路公害の責任が定着してきた流れの中で(また工場公害が対象となり難い地域的特性もふまえ)、自動車排ガスの排出源である自動車メーカー7社を被告に加えるという新たな特色を有した。
 また幹線道路沿道のみならず、網の目のように走る道路による地域全体の「面的な汚染」の責任を追及するという新たな取り組みもなされた。
 あわせて、補償法の新規認定打ち切りから一定の期間を経て、未救済のまま放置された未救済(未認定)患者が原告団の多数を構成している(約4割)こともその特色であり、未救済患者も含めた被害者の完全救済?医療費救済制度ひいては旧補償法並みの生活保障も含めた被害者救済制度の確立が旗印として掲げられた。

 しかし、2002年10月の東京訴訟1次判決は、国・東京都・公団の責任は認めた(ただし差止は認められず)ものの、自動車メーカーの責任は認めず、また救済の範囲も幹線道路50メートル以内に限定され、面的汚染は認められず、それゆえ請求が認容された原告は7名に止まった(もっとも未救済患者1名が含まれた)。
 これに対し、東京訴訟では、控訴審で新たな主張立証を展開し、また署名をはじめトヨタ前の無期限座り込みを頂点とする精力的なたたかいに取り組んだことにより、被告ら・裁判所を動かし、2006年9月には東京高裁の和解勧告を得た上、被告らに医療費救済制度への拠出を決断させた。そして2007年6月の東京高裁による和解案提示を経て、同年8月8日、11年の裁判闘争の末、東京訴訟は勝利のうちに和解解決した。

 和解条項は、公害被害者の救済、公害の根絶とまちづくりを柱とした。これらは、東京訴訟に先行する各地の訴訟においても共通する要求でもあったが、東京訴訟においては新たに大きな成果を勝ち得た。
① 公害被害者の救済
 東京訴訟の和解では、自動車メーカーに12億円の解決金を支払わせたのに加え(和解勧告において、国等が公害対策を行うことに鑑みて解決金の支払いはメーカーに求められた)、国・東京都・旧公団そして自動車メーカーに負担金を拠出させて、医療費救済条例の制定を約束させた。
 この新たな救済制度は、東京都全域のぜん息患者を対象とし、自己負担分なく医療費制度全額を助成するという画期的なものであった。原告らの悲願を一部実現するとともに、国、自動車メーカーに実質的に責任を認めさせ、負担をさせたことでも特筆すべき条項であった。
 もっとも、救済対象がぜん息のみに限られ他の公害疾病が含まれないこと、5年後の「見直し」が附記されていることは、今後の課題として残されている。
② 公害根絶とまちづくり
 同時に東京訴訟の和解条項においては、自動車排ガス公害の根絶と環境再生・まちづくりの視点から、交通規制、緑化等の沿道対策、モーダルシフト・ロードプライシング(課徴金制度)等の交通量削減対策等の公害対策を約束させた。また、和解条項の履行へ向けて協議するため、従来の大気汚染訴訟にならって「連絡会」を設置させた。
 さらに、今日における大気汚染の中心的な問題となっている微小粒子(PM2.5)について、これまでの訴訟では調査解析手法の拡充・整備の約束にとどまっていたところを、環境基準の設定の検討を約束させるに至った。東京訴訟を通じ、NOx、PM法の施行等を経て、都内のSPMの環境基準は達成されるに至ったが、より微小な汚染物質であるPM2.5の対策は急務とされていた。米国ではすでに1997年にPM2.5の環境基準が制定され、EUでもWHOの勧告を受け環境基準の制定が検討されているところ、日本の測定値はのきなみこれら欧米の基準を超過しており、自動車排ガス汚染の根絶のためには、早急な欧米並みの基準設定が極めて重要となっている。

(2)  今後の課題−被害者の完全救済・公害の根絶・まちづくり
 以上のように、東京訴訟の勝利的解決により、大気汚染公害に対するたたかいは画期的な成果を獲得した。しかし、全国では首都圏・中京圏・関西圏をはじめとする各地で多くの大気汚染公害患者が発症し、症状を増悪させながら、未救済のまま放置されている。東京の救済制度についても、5年後の見直しという条項が付されている。また公害の根絶に向けても、PM2.5の環境基準制定、公害対策・まちづくりについてなお課題は残されている。

1)  各地の取り組み
 東京訴訟に先行する各地では、和解を経て被害救済、公害根絶とまちづくりの取り組みが進められてきている。西淀川、川崎、尼崎、名古屋では、和解条項に従い国との連絡会が定期的に開催されている。しかし、和解後相当期間が経過しても、国の有効な道路公害対策の実施は未だ不十分であり、道路公害根絶へ向けて各地の連絡会をいかに実効性のあるものとして機能させていくかが一つの課題とされてきていた。
 そのような中で、尼崎において、国に対し和解条項の誠実な履行を求める公調委のあっせん申立を行い、2003年6月にあっせん合意が成立した。上記合意に基づいて、2006年3月に交通量調査、同年6月にはロードプライシングの社会実験が行われ、2007年も5回の連絡会が開かれ、国道43号線の大型車交通量を25%削減する方向で意見交換を行い、検討が進められている。
 名古屋においても、準備会を含め年4、5回開催される連絡会に基づき、2007年10月、大型車の交通量削減のための総合的な調査が実施され、08年度中に集計が完了する見込みである。今後、調査結果をふまえた国道23号線の交通量削減へ向けた対策が検討される見込みである。西淀川の連絡会においても、2007年6月、大型車対策、沿道緑化等について協議が行われた。
 川崎では、毎年1、2回の連絡会のほか、川崎国道事務所、横浜国道事務所等との月1回の勉強会を通し、国道15号線、1号線に関する交通量削減、沿道対策が着実に進行している。
 さらに、川崎では、東京訴訟の和解に先立つ2006年6月の市議会において、汚染・被害が全市に及んでいる実態をふまえ、全市全年齢のぜん息患者に対する医療費助成制度を成立させており、この画期的な制度が、東京訴訟の解決に与えた影響は極めて多大であった。この制度には、患者の1割の自己負担、対象疾病がぜん息に限られるなどの問題点も残ったが、東京訴訟の和解成立を受け、07年秋以降、問題点の見直しを求める取り組みが早くもはじまっている。
 東京においても、今後の和解条項の完全な履行を求め、また勝ち取った医療費救済制度の5年後の「見直し」を阻止すべく、新たな活動体制を整えている。 

2)  全国の取り組み
 以上の各地の取り組みとあわせ、東京訴訟の解決をふまえて、全国大気連としても、被害者救済制度の再確立を目指す取り組みを開始した。国(環境省)に対して、全国の大気汚染被害者を対象に、最終的には旧補償法並みの生活費補償を含む救済制度を制定するよう働きかけるべく、まずは各自治体に対する医療費救済制度創設の申し入れがはじまっている。
 また、並行して、今日の大気汚染の焦眉の課題であるPM2.5の環境基準設定へ向けた取り組みも大きな柱となっている。現在環境省は、東京訴訟の和解を受け「微小粒子状物質健康影響評価検討会」を開催し、2008年3月中には結論が出される見通しであるが、環境基準設定へ向かうかはなお予断を許さない。全国大気連としては、先行してPM2.5環境基準設定を求める意見書を環境省へ提出し、さらに08年3月にはWHOのPM2.5ガイドライン作成を担当した研究者らを招いてシンポジウムを予定している。

3)  以上のとおり、東京訴訟の解決により、大気汚染公害裁判は大きく前進するとともに、一区切りを迎えることとなった。しかし、今後和解条項を確実に履行させ、ひいては自動車排ガス公害を根絶し、大気汚染被害者の完全救済を図るには、なお道のりは長い。大気汚染被害者は全国で高齢化が進むと共に、多くの幼い子どもが新たに被害者となっている。現在進行形の被害に対し、今後も引き続き、まずは上記の具体的な方向性にもとづいて、各地及び全国での取り組みを進めていくことが必要である。
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