【3】 特別報告
石綿被害の根絶と救済へ向けた取り組み
全国じん肺弁護団連絡会議
幹事長 山下登司夫
1 全国じん肺弁護団連絡会議(全国じん肺弁連)は,これまでも石綿(アスベスト)被害者の権利救済を求めて企業(現ニチアス等)の加害責任を追及する訴訟を提起し,判決や和解で一定の成果を積み上げてきた。また,長野石綿じん肺訴訟では,国の責任(労働基準監督官の権限不行使)を追及する訴訟も提起したが,残念ながら敗訴した(同訴訟は,加害企業に勝訴し和解したため,一審で確定)。しかし,全国じん肺弁連のこれまでの闘いは,じん肺の一種である石綿肺の認定を受けた被災労働者の権利救済を求める闘いが中心であり,石綿被害全体に目を向けた闘いになっていなかった。
ところが,一昨年6月のいわゆる「クボタショック」は,石綿被害が今なお解決していない社会的問題であることだけでなく,今後数十年に亘って,わが国で暮らす誰しもが直面しなければならない,「産業史上,最大最悪の社会的災害」であることを私たちに思い知らせた。石綿は,耐火性,耐摩耗性等のすぐれた性質をもつ安価でかつ極めて有用な資源であるため,その製品はありとあらゆる製造現場で使用・生産され,建設資材を含む多くの製品として,国民生活のあらゆる場面に取り込まれている。わが国の石綿輸入量は,ピーク時の1974年には35万トン(全世界の総生産量の1割弱)を占め,今日までの総輸入量1,000万トン近くが「ストック」されている。そのため,製造,流通,消費,その後の廃棄に至る全ての過程において,被害をもたらしており,環境省の推計によれば,今後2010年までに中皮腫で6千人,肺ガンで9千人が死亡する可能性があると報道されている。完全なる対策が取られない限り,今後数十年以上にわたって石綿被害が発生し続けることは確実である。さすがに国も,石綿被害が大きな社会問題となることを沈静化させるため,昨年4月に「石綿による健康被害の救済に関する法律」(アスベスト新法)を制定させた。しかし,同法は,国や石綿関連大企業の責任を不問に付し,「指定疾病」を中皮腫と肺がんに限定するとともに,救済給付金も極めて低額に抑えられており,到底「労災補償の対象とならない,工場周辺住民,労働者の家族,一人親方,中小企業事業主等を隙間なく救済する」との制定目的から程遠いものとなっている。
全国じん肺弁連としては,国の規制権限不行使の責任と石綿製造大企業の責任を追及する集団訴訟を提起し,大きな世論を構築するなかで,真の石綿被害者の補償と今後の石綿被害の防止対策を確立していくことが不可欠であるとの認識の下に議論をしていたところである。また,従前の枠組みの中で訴訟を提起している住友横須賀造船石綿じん肺訴訟で昨年10月30日勝訴判決を勝ち取り(被告が控訴せず確定),三菱重工長崎造船石綿じん肺訴訟が本年3月頃に判決が出される見通しとなっており,さらに,昨年10月24日に高松地裁に提訴したリゾートソリューション(エタパイ)石綿じん肺訴訟も本年中に裁判所から和解案を出させるべく積極的な訴訟活動を展開している。尚,エタパイ石綿じん肺訴訟では,現在元工場労働者と遺族が原告であるが,この4月には家族曝露による被害者を原告とした第2次訴訟を提起する予定になっている。
それとともに,石綿被害の構造とその深刻さを踏まえた救済と将来の被害拡大防止のための法的責任のあり方を明確にすることを目的とした国賠訴訟が提起され,また,準備がなされている。以下において,この国賠訴訟の現状等について報告しておく。
2 現在提起されている国賠訴訟は,大阪・泉南地域の石綿被害者が原告となって昨年5月26日(第1次・原告数8名),及び10月12日(第2次・原告数8名)大阪地裁に提訴した大阪石綿国賠訴訟である。
この訴訟の原告は,元工場労働者,その家族,地域住民であり,石綿被害は,労災と公害の発生が表裏一体のものであることを事実をもって明らかにしている。大阪南部の泉南地域では,1907年から約100年にわたって,石綿紡織業(石綿から石綿糸を紡ぎ,石綿製の布などの製品を生産)する工場が多数立地し,操業していた。泉南地域の石綿紡織製品の生産額は,全国シェアで60%〜70%を占め,全国一の石綿工場の集積地となっていた。操業中の工場内では,例えば50・の前の人の顔が見えない程のもうもうたる石綿粉じんが飛散しており,その中で,多くの労働者がマスクも付けずに,長時間労働に従事させられていた結果,多数の石綿被害者が発生していた。また,被害は,労働者だけではなくその家族,さらには,工場周辺の住民を含む広い範囲の人々に対して及んでいることが今になって明らかになってきた。原告のある女性は,父,母が石綿工場に勤めており,幼児の時から石綿工場内に連れてこられ,石綿粉じんが舞うなかで,カゴの中に入れられてじっと座らされていたという。その父は石綿肺と肺ガンによって既に死亡し,母は石綿肺に罹患し,この女性自らも,昨年石綿肺の診断をうけるという,家族ぐるみの被害を受けている。また,別の国賠原告の亡父は,石綿工場の窓から石綿粉じんがはき出される直下の畑で農作業をしていたところ石綿肺を発症し,長年の苦しみのなかで死亡している。このような石綿工場における石綿被害の多発の事実は,何も最近になって判明したものではない。戦前の,1937年〜1940年にかけて旧内務省下の保険院における大規模調査によって,石綿工場における石綿肺患者の多発という深刻な事態とその防止策が報告され,戦後においても繰り返し発表されている。
ところで,石綿被害の事実が戦前から判明しているにも関わらず,国は,企業の利潤追及を阻害しない範囲での規制,監督しかしてこなかった。そのため,企業は,労働者に対する十分な安全教育も,劣悪な職場環境の抜本的な改善も放置したまま操業を行なってきた結果,今なお石綿被害者が多数発生している。また,工場外の石綿被害の発生は,工場内における労働者に対する劣悪な労働環境と表裏一体の関係にあり,工場外での被害の発生の防止対策は,工場内の労働環境の改善と表裏一体のものとして行なうことが必要不可欠である。大阪・泉南地域においては,石綿工場の殆どが零細工場で,しかも既に廃業しているという状態の下で,国の規制権限の不行使の責任を追及する国賠訴訟を提起して闘っている。この国賠訴訟は,原告が少数であることもあって,未だ大きな運動に発展しているとはいえないが,全国じん肺弁連は,この闘いを孤立させないために全力を挙げて取り組む決意をしているところである。
この大阪石綿国賠訴訟とは別に,現在東京土建等の首都圏の建設労働者の組合が,国と石綿製造メーカー(大企業)の責任を追及する闘いを訴訟提起も視野に入れて準備している。わが国が輸入した石綿の約70%が石綿スレート,石綿ボード等の建材に使用されている。この石綿含有建材を取り扱っている建設労働者のなかに多数の石綿被害者が発生している。国は,石綿建材を使用する労働者の生命,健康を保持するために適時かつ適切な規制権限を行使してこなかっただけでなく,建築基準法,消防法等において,石綿含有建材を不燃材としてその使用を強力に推進してきた。このような国の責任を追及するとともに,石綿含有建材の製造,販売で多大な利益を獲得してきた大企業の責任を追及する闘いは,労働組合が中心となって運動を展開していくことから,石綿被害の根絶と救済に向けた本格的な運動になっていくものと確信しており,全国じん肺弁連としても全力で取り組む決意をしているところである。
最後になりますが,「産業史上最大・最悪の社会的災害」である石綿被害の救済と発生を防止する対策の確立のために,全国公害弁連と全国じん肺弁連が互いに協力共同して取り組む課題です。今後,継続的な協議の場を設けるなどして,より大きな運動を展開していきたいと考えている。