公害弁連第36回総会議案書
2007.3.21  東京
【2】 各地裁判のたたかいの報告(ダム・干拓問題)
〔3〕 よみがえれ!有明海訴訟
よみがえれ!有明海訴訟弁護団
弁護士  後藤富和

1  堤防締切りから10年
 1997年4月の諫早湾干拓潮受堤防締め切り(ギロチン)から間もなく10年が経とうとしている。その間,諫早湾内はもとより有明海全域で「有明異変」と呼ばれる環境の激変が招き,かつての「宝の海」は今や「死の海」に変わり果ててしまった。魚介類が激減しただけでなく,ノリの養殖も大打撃を受け,有明海沿岸では,漁民たちの廃業や自殺が相次いでいる。
 2002年11月,有明海沿岸の漁民が中心となり,諫早湾干拓工事の差止を求める「よみがえれ!有明海訴訟」を佐賀地方裁判所に提起した。
 2004年8月,佐賀地裁は,漁民たちの訴えに真摯に耳を傾け,諫早湾干拓工事と有明海異変の因果関係を認め,干拓工事を差止めの仮処分決定を出した。その結果,干拓工事は中断した。
 しかし,2005年5月,福岡高裁がこの決定を覆し,最高裁も漁民側の許可抗告を棄却して福岡高裁を追認した。
 他方,公害等調整委員会に申請していた原因裁定は2004年末に専門委員報告書の原案が示され,諫早湾干拓と有明海異変・漁業被害の因果関係に関する科学的解明が大きく前進する中,勝利の原因裁定が下る期待が高まったものの,2005年8月,漁民全員の申立を退ける,まさかの不当裁定が下された。
2  一連の決定の不当性と立ち上がった漁民たち
 福岡高裁の因果関係の判断は「本件事業と有明海の漁業環境の変化,特に,赤潮や貧酸素水塊の発生,底質の泥化などという漁業環境の悪化との関連性は,これを否定できない」などと述べながら,他方で「現在のところ,本件事業と有明海の漁業環境の悪化との関連性については,これを否定できないという意味において定性的には一応認められるが,その割合ないしは程度という定量的関連性については,これを認めるに足りる資料が未だないといわざるを得ない」とするものである。
 民事訴訟における因果関係の立証においては,一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合的に検討し,通常人を基準として疑いを差し挟まない程度の真実性の確信を持ちうるか否かという意味での高度の蓋然性があるか否かを問題とすれば足りるとされている。
 福岡高裁の決定が,この民事訴訟における因果関係の捉え方から逸脱していることは明らかである。そもそも,有明海異変という,潮汐,潮流,成層化,貧酸素,水質,底質,赤潮の発生,海洋構造,生態系など,海洋物理,海洋化学,生物などの学際的な知見が必要とされ,それぞれの環境要因が複雑にからみあい,しかも,それらをめぐるデータの集積すら不十分な分野で,影響の割合,程度といった定量的関連性を求めるのは,まさに「一点の疑義も許さない自然科学的証明」という不可能を漁民側に強いることに他ならないものである。
 また,自らが設置したノリ第3者委員会が提言した中・長期開門調査をサボタージュしてデータの集積と科学的知見の前進を阻んでいるのは,他ならぬ事業者である農水省である。福岡高裁の決定は,サボタージュしたものが勝ちと言わんばかりである。
 福岡高裁の決定や公調委の原因裁定のような自然科学的に厳格な証明を要求するならば,環境訴訟において,被害者側は常に不可能を強いられることとなってしまう。
 この一連の不当決定に対して,有明海沿岸では,漁民たちの怒りが爆発し,漁民原告の数は僅か半年の間に,それまでの3倍に膨れ上がり,現在,佐賀地裁では,2500名を越える原告が有明海の再生を目指して戦いを続けている。
3  学者証人尋問・現地進行協議
 佐賀地裁の本訴では,昨年1年間,学者証人尋問を行った。漁民側に立つ研究者は,次々に最新の研究成果に基づく証言を行い,諫早湾干拓と漁業被害の因果関係を明快にした。また,諫早湾と有明海を締め切る潮受堤防を開放する具体的な方法についても学者によるコンピューターシミュレーションを行い,有明海の再生に向けて大きな動きが見られた。これに対して,国はようや1名の証人を立てたものの,その証言は,到底,反対尋問に耐えうるものではなかった。
 2007年2月2日,寒風吹き荒ぶ有明海海上において佐賀地裁の進行協議を行った。大牟田市沖の海苔漁場を視察し,その後,潜水漁民が実際に海底に潜りタイラギを採取した。しかし,海底にはヘドロが堆積し,採取したタイラギも全て立ち枯れており,有明海が死の海になってしまったことを裁判所に大きく印象付ける結果となった。
4  公金支出差止の住民訴訟
 諫早湾干拓の目的は農地の造成である。しかし,諫早市では多くの農地が耕作放棄地となっており干拓農地の必要性がなく,実際に農家が入植する見込みもない。
 そこで,長崎県は,窮余の策として,干拓農地のリース計画を立ち上げた。すなわち,干拓農地を長崎県が100%出資した県農業振興公社に一括購入させ,この公社から,長崎県が至れり尽くせりの支援措置を講じて農業者に干拓農地をリースし,何とか営農をかたちだけでも開始させて,つじつまを合わせようとしているのである。そして,そのために莫大な税金が投入されようとしている。
 財政難にあえぐ長崎県政のなかで,ただでさえ長崎県民は暮らしや福祉を圧迫されている。有害無益な干拓事業のつじつま合わせのための際限のない違法な公金支出は,長崎県民の未来を閉ざす深刻な生活被害をもたらさざるを得ない。工事完成間際の諫干は,その矛盾を隠蔽するため,長崎県民の暮らしを犠牲にする新たな被害を生み出そうとしているのである。
 2006年8月,この違法な公金支出に怒った長崎県民が立ち上がり,公金支出差し止めの住民訴訟を長崎地裁に提起した。
 無駄で有害な公共事業の尻拭いのために,犠牲を強いられる長崎県民の怒りは収まらず,公金支出に反対する動きは,長崎県全体に広がりつつある。
5  今後の戦い
 今年は,佐賀地裁において,漁業被害に関する立証を予定している。各漁場,各漁種毎に,毎回毎回,漁民を尋問することで,今,有明海で起きている地獄的ともいえる漁業被害を法廷で明らかにする。佐賀地裁は,2008年1月に結審の予定である。
 また,長崎地裁における公金支出差止の住民訴訟も,2007年が正念場である。
 有明海の異変に苦しむ漁民と,無駄な公金の支出に犠牲を強いられる長崎県民は,ともに手を携え一致団結して,豊かな有明海がよみがえる日まで戦い続ける決意である。