公害弁連第36回総会議案書
2007.3.21  東京
【2】 各地裁判のたたかいの報告(ダム・干拓問題)
〔1〕 40年目,激動の1年
川辺川利水訴訟弁護団
事務局長  森 徳和

1  40年目を迎えた川辺川ダム計画
 川辺川ダム建設計画は,球磨川の氾濫による洪水被害が流域の熊本県人吉市に続発したことを受けて,1966(昭和41)年7月,旧建設省が発表した。当初,最大支流の川辺川に治水目的のダムを建設する計画であったが,その後農業用水を確保する利水事業や発電も加わり,多目的ダムに変更された。
 2006(平成18)年,川辺川ダム建設計画は,計画発表から40年目の決戦の年を迎えたが,計画をめぐって目まぐるしい動きがあった。
2  頓挫した新利水計画
(1)  水源絞り込みと事前協議の中断
 九州農政局は,2005(平成17)年12月,新たに見直しを加えたダム案と非ダム案を関係団体に提示した。
 (ダム案)(非ダム案)
対象面積1263ha1263ha
総事業費490億350億
維持管理費(年間)9000万円1億4900万円
通水開始年度2017年度2012年度

 九州農政局は,2006(平成18)年春までにいずれかの案に絞り込み,2007(平成19)年度の概算要求が固まる8月までに新利水計画をまとめる方針を表明し,1月に始まった事前協議では,非ダム案の対象面積が広がったこと(従来1263ha),非ダム案の年間維持管理費が増加したこと(従来1億3000万円)をめぐり議論が集中した。ダム案と非ダム案の年間維持管理費の差額については,国・熊本県が助成して対等にする考えを示したが,その助成期間は未定とされ,関係農家の最大の関心事である水代(費用負担)は不透明であった。そのため,案の絞り込み作業は難航した。
 3月6日,熊本県は,事態収拾を図るため,上記2案とは別にダム予定地下流の川辺川からポンプで直接取水する独自案(以下「県案」という)を農水省に示した。ところが,関係市町村は,県案の説明を拒絶し,「門前払い」するという対応に出た。これを受けて,ダム推進農家で組織する川辺川地区開発青年同志会(以下「同志会」という)は,事前協議に欠席する方針を打ち出し,ダム推進を旗振り役を務める福永浩介人吉市長(以下「福永市長」という)も事前協議を欠席したため,県案を議論する機会もないまま協議は延期された。
 このような状況のもと,熊本県,熊本県議会及び川辺川総合土地改良事業組合(以下「事業組合」という)は,農水省に「国営川辺川土地改良事業に関する要望」を提出し,同省において新たな利水計画を速やかに提示することを求めた。また,川辺川ダム建設促進協議会(会長福永市長/以下「促進協議会」という)と事業組合は,人吉市で約1200人を集めて総決起集会を開催し,川辺川ダム建設を訴えた。
(2)  事前協議の再開と熊本県(総合調整役)の迷走
 5月31日,農水省は,川辺川ダムの水没予定地に存在するチッソ発電所の用水路から取水する新たな利水計画案(以下「農水新案」という)を熊本県,関係市町村に提示した。
(農水新案)
対象面積1263ha
総事業費360億
維持管理費(年間)1億0200万円
通水開始年度最も早い地域は2011年度
最終的に2013年

 これを受けて,6月12日,3ヶ月ぶりに事前協議が再開され,熊本県は,農水新案を中心に取りまとめ作業を進めようとした。しかし,原告・弁護団は,農水新案は,ダムが完成した場合には湖水から取水する事実上のダム案にほかならないとしてその欺瞞性を追求した。また,矢上雅義相良村長(以下「矢上村長」という)は,村財政と事業費負担,国・熊本県による助成と水代(費用負担)との関係,既得水利権の取り扱いなど相良村独自に問題点を明らかにし,農水新案に対する疑問を表明した。
 7月14日に始まった事前協議は,翌15日未明まで続けられ,総合調整役を務める熊本県は,「農水省新案をもとに,所要の手続きに入っていかざるを得ないと整理する」と表明して事前協議を終了した。これに対して,事業組合の園田耕輔組合長は,県の判断は良かったと評価したが,矢上村長は,農水新案に一本化されたとの認識はないと表明し,原告・弁護団も,県が農水新案を指示すると判断しただけの話で,一本化されたとは思っていないとして,関係当事者の合意なき一本化を否定した。このように,熊本県の曖昧な整理が,更なる混迷を生む契機となった。
(3)  相良村の脱退宣言
 事業組合は,相良村に対して,農水新案による一本化の説得を試みたが,矢上村長は,村財政は非常に深刻な状況にあり,事業費負担に耐えられないとして一本化は受け入れられないと回答した。矢上村長は,7月末から始まった村民向けの事業説明会の席上で,土地改良事業に参加しない旨の意向を説明し,村民の理解を求めた。同月31日,矢上村長は,熊本県庁で会見し正式に事業不参加を表明した。
 潮谷義子熊本県知事(以下「潮谷知事」という)は,同日の定例会見において,「地元市町村の考え,(計画)案がまとまっていない中では,土地改良法の手続きに入れない」と述べ,2007(平成19)年度の政府予算案に川辺川利水事業を盛り込むのは困難との認識を示した。
 相良村議会では,9月22日,事業組合から同村が脱退することを求める意見書が賛成多数で採択され,矢上村長は,10月6日,事業組合に対して,脱退を伝える文書を提出した。
 九州農政局や熊本県は,利水事業を望む錦町など5市町村と協議を重ねているが,相良村抜きでは事業は成り立たないという声が大半を占め,解決の糸口を見いだせない状況に陥っている。
3  球磨川水系の河川整備基本方針
(1)  河川整備基本方針検討小委員会の発足
 国交省は,河川法に基づき球磨川水系の河川整備基本方針を策定するため,河川整備基本方針検討小委員会(以下「検討小委」という)を設置した。検討小委は,学識経験者や流域の主張で構成されるが,熊本県の潮谷知事及び福永市長が構成メンバーとして参加した。
 2006(平成18)年4月に開催された初会合で,潮谷知事は,9回にわたる住民討論集会で基本高水流量(豪雨時の最大流量)に関する見解がまとまらなかった経緯を踏まえ,基本高水流量や森林の保水力に関して幅広く議論するよう求めた。他方,福永市長は,水害の続発を訴えながら,流域首長は皆ダム建設を求めているとして基本方針の早期策定を促した。
 検討小委の近藤徹委員長(以下「近藤委員長」という)は,森林の保水力は大洪水の際には期待できないとして,人吉地点の基本高水流量を毎秒7000t,計画高水流量(河道で流下できる最大値)を毎秒4000tと決定した。近藤委員長は,12月の検討小委において,「川幅を広げ豪雨時の多量の水を流すには,人吉市で千数百世帯を移転させなければならない。他の方策はなく,球磨川には治水ダムが必要」と発言した。これに対して,潮谷知事は,「基本高水や計画高水の妥当性に納得できない」「40年前の計画を基にダムありきで議論している」と反発を強めている。
(2)  矢上村長のダム建設反対表明
 矢上村長は,11月7日,「球磨川,川辺川流域全体にとって,ダムによる治水は必要ない」として,川辺川ダム本体建設工事に反対する考えを初めて表明した。また,相良村議会は,同月17日,川辺川ダムによらない治水・利水の早期実現を求める国・熊本県あての意見書を賛成多数で採択した。
 この背景には,促進協議会が,10月10日の臨時総会において,川辺川ダムの建設目的から利水事業を分離することを国に求める決議を挙げ,足かせとなっている利水事業を切り離し,ダム建設を促進させる動きを見せたことがあった。
 また,同月開催された相良村合併50周年記念式典に,五木村の西村久徳村長を除く球磨郡内の市町村が欠席し,利水事業から撤退を表明した矢上村長に対する「面当て」を行ったという見方が広がったことも影響を及ぼした。周辺自治体が,相良村に対する圧力を強めたことが,逆に相良村をダム反対に走らせるという皮肉な結果に導いた。
 相良村では,12月17日,村内外から約2300人を集め,「この川にダムは似合わん」と題する反対集会を開催した。矢上村長は,集会のなかで,「河川改修などで治水はできる。ダムは川を汚し,観光や漁業に悪影響がある。清流を残すことは私たちの権利,義務だ」と参加者に訴えた。
(3)  ダム建設をめぐる新たな動き
 2007(平成19)年1月26日,国交省九州整備局は,九州農政局に対して,「川辺川ダムにおける新利水計画の取扱いについて(照会)」と題する書面を送り,新利水計画が川辺川に水源を依存するか否かについて回答を求めた。これに対して,九州農政局は,同月30日,「川辺川ダムにおける新利水計画の取扱いについて(回答)」と題する書面を九州整備局に送付し,「本事業については,川辺川ダムに水源を依存する利水計画として取りまとめることはない」と回答した。九州整備局の小原恒平局長は,同月31日の会見で,ダム建設の前提条件が変わるため基本計画は見直すとしつつも,「機能が1つ減ると言っても,規模が大幅に小さくなるとは単純に言えない」と述べて,あくまで多目的ダム計画を推進する姿勢を崩さなかった。
 2月14日に開催された検討小委において,近藤委員長は,ダムが出来ても環境への影響は少ないと国交省が説明したことに対して,複数の委員から環境悪化を懸念する声が上がったことを受けて,治水専用の「穴あきダム」の実現可能性を検討するよう国交省に求めた。「穴あきダム」は,長野県の村井仁知事が「脱ダム宣言」の転換を表明した際,治水対策として打ち出したことから注目を浴びていたが,川の流れを止めないように堤下部に穴を設け,増水時だけ貯水する構造となっている。現在全国で9ヶ所計画されているが,運用されているのは益田川ダム(島根県)だけである。新たに「穴あきダム」が提唱された背景には,河川環境への負荷を和らげるとともに,治水対策ダムの建設を実現するという一石二鳥の狙いがあると見られる。
 同月15日に会見した冬柴鉄三国交大臣は,「穴あきダム」の検討に関して,「基本方針の策定後,それに基づいて河川整備計画を立てる際に具体的検討がなされるものだ」と述べて,機が熟すれば検討のテーブルに載せる可能性を示唆した。これに対して,潮谷知事は,同月22日の定見会見で,「ダムの問題は,基本方針策定後の河川整備計画の中で論議すること。そこまで議論は尽くされていない」として,「穴あきダム」論議が先行することを牽制した。
4  おわりに
 川辺川ダム計画は,1966(昭和41)年に計画が公表されてから約40年が経過している。ダム建設に拘泥して,これ以上流域住民を翻弄することは許されない。
 大型公共事業は,利水計画に携わる関係農家のほか,ダム計画による水没予定地の五木村,過去に水害被害を受けた流域住民,環境保全を唱える市民など「住民決定」によりその成否を決定すべきである。
 本年4月には,統一地方選挙が実施されるが,川辺川ダムの建設問題を抱える人吉・球磨地方で県議選のほか人吉市長選などが実施される予定である。福永市長は,今回の選挙には出馬しない意向を既に表明しており,住民が選挙でどのような決定を下すかが,今後の川辺川ダム問題の行方を左右する。
 選挙を通じて住民意思を表明するという民主主義の基本原則に立ち返らなければならない。