公害弁連第36回総会議案書
2007.3.21  東京
【1】 基調報告
第1  公害・環境をめぐる情勢
1  政治的社会的情勢
 2006年度は,自民・公明の与党が一昨年の衆議院議員選挙で圧倒的な多数を占めるといった政治的状況の中で,9月には小泉内閣が総辞職し,安倍普三が第90代の内閣総理大臣に指名された。安倍政権は,小泉政権に輪をかけた保守的政策を遂行し,12月15日には「美しい国」の美名のもとに「愛国心」を掲げた教育基本法の「改正」を強行したうえ,防衛庁の防衛省への昇格法案まで成立させ,「戦争のできる国家」へ,また一歩進めた。さらに,安倍首相が公約に掲げた憲法「改正」に向けて,第164回通常国会において自民党及び民主党の議員がそれぞれの国民投票法案を議員立法として提出し,1月25日衆議院の憲法調査特別委員会に付託された。安倍内閣は,スキャンダルを起こした本間税政審議会会長・佐田行革大臣の辞任や柳沢厚労大臣の失言問題などで,支持率が急降下しているものの,これまでの強引な国会運営からみて国民投票法案の成立も危惧されるところである。
 また,日米両国政府は,2005年10月29日に日米安全保障協議委員会で米軍及び自衛隊の再編について合意し,沖縄県名護市のキャンプ・シュワーブにヘリコプター基地を新設して普天間基地部隊を移転する,神奈川県キャンプ座間に陸軍の司令部を移転する,東京都横田基地に自衛隊航空総隊司令部を移転するなど,米軍・自衛隊の共同作戦行動に向けての体制作りが進められようとしている。これに対し,米軍基地を抱える地元の自治体や住民らの反対にあって日米政府の思惑どおりに事は進んでいないものの,横田基地に米13空軍の分遣隊が派遣されるなど,米軍再編計画に基づく具体的な動きが始まっている。
 一方,社会的状況としては,小泉政権から引き継がれた「構造改革」や「規制緩和」の路線によって,生活保護世帯が100万世帯を超え,ワーキングプアと呼ばれる人々が増加するなど,国民の所得格差が増大している。安倍政権としても格差の拡大を無視できず,形だけは「再チャレンジ推進計画」と唱えているものの,実際には法人税の減税など大企業優先の政治を改めず,三大都市圏の環状道路整備,京浜・名古屋・阪神の「スーパー中枢港湾」等の大型公共事業は,予算を大幅に増額させている。
 また既に不要となった農地造成を目的とする諌早湾干拓事業や建設根拠を失ったダム建設についても建設が中止されず,せっかく「脱ダム宣言」をしてダム事業を中止した長野県も,知事の交代とともにダム建設の再開を表明している。政・財・官の癒着のもとに構造的に行なわれてきた公共事業では「談合」が日常化し,福島・和歌山・宮崎の三県知事が相次いで逮捕されたのをはじめ,防衛施設庁,国交省,農水省等々,談合の記事が紙面に載らない日がないほど,根の深い問題となっている。
2  わが国の公害・環境破壊の現状
 わが国の大気汚染,騒音,水質汚濁,廃棄物問題,温暖化問題などの公害・環境破壊の現状は,次のとおりであり,その特徴的な状況を指摘する。
 第一に,都市部を中心とする窒素酸化物(NOx)や浮遊粒子状物質(SPM)の汚染は,依然として深刻である。
 全国の有効測定局の2004年度のNO2年平均値は,一般局0.015ppm,自排局0.028ppmとほぼ横ばいの傾向にある。
 また,2004年度に環境基準が達成されなかった測定局の分布をみると,自排局は自動車NOx・PM法の対策地域のうち三重県を除く7都府県(埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県,愛知県,大阪府及び兵庫県)に加え,石川県,岡山県,山口県,福岡県,長崎県の各12県にも分布している。
自動車NOx・PM法に基づく対策地域全体における環境基準達成局の割合は,2004年度には81.1%(自排局)と近年改善傾向がみられるが,年平均値は,近年ほぼ横ばいながら緩やかな改善傾向がみられる。
 一方,SPMについてみると,全国の有効測定局の2004年度年平均値は,一般局0.025mg/m3,自排局0.031mg/m3と前年度に比べて改善し,近年緩やかな減少傾向がみられる。SPM環境基準の達成率(長期的評価)については,2004年度は,一般局98.5%,自排局96.1%となっており,環境基準を達成していない測定局は,全国18都道県に及んでいる。
 第二に,近年長期暴露による健康影響が懸念されている有害大気汚染物質についてみれば,2004年度でベンゼンについては,月1回以上の頻度で1年間にわたって測定した418地点の測定結果で,環境基準値の超過割合は,5.5%であった。
 第三に,自動車騒音の情況については,2004年の自動車騒音の常時監視の結果によると,全国2,663千戸の住居等を対象に行なった評価では,昼間または夜間で環境基準を超過したのは496千戸(19%)で,このうち,幹線交通を担う道路に近接する空間にある1,109千戸のうち昼間または夜間で環境基準を超過した住居等は325千戸(29%)であった。
 第四に,航空機騒音に係る環境基準の達成状況は,全般的に改善の傾向にあるものの,ここ数年は横ばいとなっており,2003年度においては測定地点の約27%の地点で達成していない。
 第五に,水環境について,2004年度における有機汚濁の環境基準(河川ではBOD,湖沼と海域ではCOD)の達成率が河川89.8%,湖沼50.9%,海域75.5%であり,特に,湖沼,内湾,内海などの閉鎖性水域で依然として達成率が低くなっている。また,地下水では,2004年度に調査対象井戸の7.8%において環境基準を超過する項目がみられた。施肥,家畜排泄物,生活排水等が原因と見られる硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素の環境基準超過率が5.5%と他の項目に比較して最も高くなっている。
  一方,市街地等の土壌汚染については,近年,工場跡地の再開発・売却の増加等に伴い,土壌汚染事例の判明件数が増加している。都道府県や土壌汚染対策法の政令市が把握している調査の結果では,2003年度に新たに土壌の汚染に係わる環境基準又は土壌汚染対策法の指定基準を超える汚染が判明した事例は349件となっており,汚染物質別にみると,鉛,砒素,六価クロム,ふっ素,総水銀,全シアンなどに加え,金属の脱脂洗浄や溶剤として使われるトリクロロエチレン,テトラクロロエチレンによる事例が多くみられる。
 第六に,現代の大量生産,大量消費,大量廃棄型の社会経済活動の仕組みを根本から見直し,循環型社会の構築を目指しているものの,廃棄物問題は依然として深刻の状況にある。2003年の一般廃棄物の総排出量は,年間5,161万トン,国民1人1日当たり1,106グラムで,焼却などした後の最終処分量は845万トンにのぼっている。産業廃棄物の総排出量は,2003年度に約4億1200万トンで,最終処分量は約3,000万トンである。また,最終処分場の残余年数は,2004年4月時点で全国平均6.1年で,依然として厳しい状況にある。
 最後に,地球温暖化問題に関連して,2004年度の温室効果ガス総排出量は,13億5500万トン(CO2 換算)で,京都議定書の規定による基準(1990年)の総排出量(12億5500万トン)に比べて8.0%上回っている。温室効果ガスの主要な物質であるCO2についてみると,2004年度の排出量は12億7900万トン,一人当たりの排出量は10.02トンであり,1990年度に比べて総排出量で12.3%,一人当たりの排出量では8.7%増加している。部門別にみると,産業部門からの排出量は4億6600万トン(1990年度に比べて3.4%減少),運輸部門からの排出量は2億6200万トン(同20.3%増加),業務その他部門からの排出量は2億2700万トン(同37.9%増加),家庭部門の排出量は1億6800万トン(同31.5%増加)であった。
3  公害・環境をめぐる注目すべき動き
(1)  まず,東京大気汚染裁判が全面解決を目指して正に正念場を迎えている。東京高裁は,9月28日第一次訴訟控訴審の結審に際し,「判決のみでは解決できない種々の問題を含んでいる。裁判所としては,できる限り早く,抜本的,最終的な解決を図りたい。」と解決勧告をした。原告団・弁護団は,(1)謝罪,(2)損害賠償の支払,(3)東京都の医療費救済制度,(4)公害防止策,(5)継続的協議機関の設置という5項目の全面解決要求を立てている。このうち,医療費救済制度については,川崎公害裁判の原告団・弁護団・支援団体は,川崎市に全市域のぜん息患者を対象とする医療費救済条例を制定させ,本年1月1日から施行しているが,これが大きなインパクトを与え,東京都は,川崎市の制度を一歩進め,都内に居住する全年齢・全地域の気管支ぜん息患者について,自己負担分を全額補償する救済制度案を裁判所に提出し,被告メーカーも東京都の提案を受け入れる回答をしている。そこで,現在は,被告メーカーに対して「謝罪」と「損害賠償の支払」を認めさせる行動が連日のように闘われている。大気汚染公害裁判を引き継いでいる唯一の訴訟となった東京大気裁判では,(1)自動車メーカーを被告とし,(2)面的汚染,(3)未認定患者といった新たな課題を抱えて闘われてきたが,対自動車メーカーや面的汚染の主張が認められなかった第一審判決を乗り越え,全面解決までもう一歩のところまできている。
 既に勝利和解を勝ち取っている西淀川,川崎,尼崎,名古屋では,和解条項に従い,国との連絡会が定期的に開催されている。このうち,尼崎の原告団・弁護団では,和解条項を誠実に履行しようとしない国・公団に対し,公調委にあっ旋の申立てを行ない,2003年6月26日にあっ旋合意をさせ,既に21回もの公開の「連絡会」による協議を重ね,昨年3月の交通量調査,同6月のロードプライジング試行を経て,本年からは大型車低減施策の具体的協議が開始される。このほか西淀川,川崎,名古屋の各原告団・弁護団でも国・公団との協議が重ねられており,究極の目的でもある公害防止・地域再生に向けた地味な取り組みが他の公害の運動においても注目されるところである。
(2)  次に,既に原告数が1100名を超えたノーモア・ミナマタ訴訟のたたかいが水俣病被害者の救済制度の確立のうえから重要である。水俣病問題は,1995年の政府解決策によって一旦は収束をみたが,2004年10月15日の関西訴訟最高裁判決によって,国・熊本県にも法的責任が認められるとともに,従来の行政認定基準と異なって感覚傷害だけで水俣病と診断できることが認められたことを契機に,水俣病の認定申請者が大幅に増加し,既に4855名にも及んでいる。ところが国は,最高裁の認定基準に合わせて行政認定基準を変えることを拒み,しっかりとした健康調査もしないまま,新保険手帳の公布といった安上がりの解決を図ろうとしている。このような国の姿勢に対し,医学者などが水俣病認定審査会委員になることを拒否する動きも起り,同審査会が開かれない状況に陥っている。この頑なな国の姿勢を変えさせるためには,早期かつ大量に水俣病被害者を救済する裁判上の仕組みを実現していく必要がある。
 また,カネミ油症裁判は,1987年最高裁で企業との和解が成立して終了したが,発症から30数年が経っても患者らの深刻な被害が続き,2004年4月に日弁連に対する人権救済の申し立てが行われた。昨年4月16日には,カネミ油症の全被害者団体が集合して「カネミ油症全被害者集会」が開催され,翌日には日弁連が国に対し立法措置をも含めた救済策をとるよう勧告した。このように,カネミ油症事件において,被害者らが国に対し被害者救済制度の確立を求める運動が急速に盛り上がっている。
(3)  環境破壊の大型公共事業見直しのたたかいは,2003年から2004年にかけて,川辺川利水訴訟控訴審判決,圏央道あきる野代執行停止決定,同土地収用裁決取消判決,諫早湾干拓工事差止め仮処分命令と,工事差止めを認める司法判断が続いたが,2005年になると川辺川を除くこれらの事件の上訴審や後続事件において一審の差止め判断を覆す司法判断がなされている。しかし,「よみがえれ!有明海」訴訟では,地元漁民らによる大量の追加提訴や長崎県公金支出差止住民訴訟を提起するなど,干拓事業を完了させない粘り強いたたかいが行われている。また,圏央道訴訟においては,最高裁に係属中のあきる野訴訟のほか,既にトンネル工事の行われている国史跡八王子城跡では,地下水の低下により文化財の御主殿の滝や城山川の水涸れといった被害等が発生する中,昨年12月25日に圏央道工事差止訴訟が結審した。また,高尾山自体のトンネル工事について昨年4月事業認定の告示がなされたが,これに対し翌5月事業認定取消請求訴訟が提起された。
 一方,川辺川では,2005年9月に国土交通省は,川辺川ダム建設に伴う漁業権や土地収用裁決申請を取り下げ,川辺川ダムの計画は白紙に戻った。その後も農水省やダム建設派の地方自治体ではダムの建設を諦めず,農水省による新利水計画が発表されたが,原告団・弁護団らのダム反対の運動により,この計画を頓挫させた。このように大型公共事業見直しのたたかいは,工事差止をめぐって大いなるせめぎ合いを続けている。
(4)  基地騒音公害に反対するたたかいについては,大量原告による新訴訟になってはじめての2005年11月の新横田基地訴訟,2006年7月の厚木基地訴訟の控訴審判決では,損害賠償請求の受忍限度をW値75の広い範囲にすること,国が損害賠償の減額や免責の理由として主張してきた「危険への接近」の法理が認められないことなど,これまで勝ち取ってきた成果がより強固なものとなった。これにより,W値85未満に居住する原告が敗訴してしまった新嘉手納基地訴訟やW値85未満の原告で構成する普天間基地訴訟にも大きく展望が開けた。小松基地3・4次訴訟の控訴審は昨年10月2日結審し,本年4月16日に判決される。新横田基地訴訟では,将来請求の一部認容部分と差止めを除いて過去の損害賠償については事実上確定したこともあり,新たな運動をどのように取組んでいくかが重要な課題となっている。とくに,米軍・自衛隊の再編が実質的に始まろうとしているなか,各基地の騒音状況も大きく変化する可能性があり,横田基地の軍民共用化の動きとともに,これら基地強化や騒音増大につながる動きに対する運動も重要となる。
(5)  石綿(アスベスト)被害については,古くからその危険性と被害が指摘されていたが,いわゆる職業病として全国じん肺弁護団による活動が行われていた。ところが,2006年6月のいわゆる「クボタショック」により,石綿被害が「産業史上,最大最悪の社会的被害」であることが明らかとなり,単に職業病としてだけではなく重大な公害でもあるとの認識のもとに取り組まなければならない。大阪・泉南地域では,長年石綿繊維産業が中小企業によって営まれてきたが,その石綿による被害は,単に工場内に止まらずその地域に広大な範囲に及んでいた。そこで,昨年5月大阪・泉南地域アスベスト国賠訴訟が提起された。これ以外にも全国じん肺弁連の所属弁護士が香川,神奈川等で訴訟を遂行し,また,労災事件として担当しているが,今後は石綿被害が一層顕著化し,多くの事件が発生することが予想され,公害弁連としても全国じん肺弁連と協力してこれに取り組んでいく必要がある。