【1】 基調報告
第3 公害弁連の今後の方向と発展について
― 公害被害者の早期救済,公害根絶とともに,新たな環境問題への取組みの強化をめざして ―
1 公害被害者の早期救済と公害根絶のたたかいのさ らなる前進を
東京大気汚染裁判では,東京高裁の解決勧告を受けて,国・東京都・被告メーカーとの勝利和解に向けて,最大の取組みが行なわれている。川崎で先鞭をつけた医療費救済制度については,東京都と被告メーカーの費用負担による制度の創設がほぼ確定的となったが,被告メーカーに「謝罪」と「損害賠償」を認めさせることが焦点となっている。また,国・旧公団との公害防止対策,継続的協議機関の設置等をめぐる交渉も急務となっている。なお,川崎・東京と進んできた地方自治体による医療費救済制度については,他の地方自治体に波及させることが期待される。そのうえで,一切の努力を拒んでいる国に対し,医療費救済制度を法制化させることが目標となろう。
既に勝利和解を勝ち取った各地の大気裁判の原告団・弁護団は,国との「連絡会」を中心とする協議を通じて公害根絶のたたかいを行っている。尼崎では公調委のあっ旋合意により「大型車の交通量低減に向けた総合調査」が実施され,この結果をふまえた昨年6月のロードプライシングの試行(社会実験)では,国道43号線等の交通量削減に一定の効果があることが確認された。今後は,ロードプライシングの試行を,その対象車や地域を拡大して実行させ,またナンバープレート規制と一緒に行なうことにより一層の充実を図り,本格実施を目指す。この尼崎でのたたかいを突破口として,各地の連携を強め,大型車の交通量削減と道路建設の見直しに向けて,大きな運動にしていくことが重要である。
次に,水俣のたたかいでは,約1100名の原告によるノーモア・ミナマタ訴訟を強力に推進することにより,国に対し最高裁判決にそった認定基準の改定を迫っていくことが求められている。また,カネミについても全被害者を救済する制度を国に求めるたたかいを強める必要がある。
さらに,薬害のたたかいでは,薬害ヤコブで,確認書に基づく和解による個別救済が進められているが,加害企業の執拗な抵抗を廃して,未和解患者の早期救済を図るとともに,潜在患者の掘り起こしに取り組んでいく必要がある。また,薬害イレッサ訴訟では,イレッサの服用と急性肺障害に予見可能性があること,イレッサには医薬品としての有効性が認められないこと,「夢の新薬」という虚偽・誇大宣伝が被害を拡大させたことなどが明らかとなっており,今後の訴訟の早期解決に向けた取組みが必要である。
最後に,基地騒音問題では,新横田,厚木に続いて,小松3・4次の高裁判決がある。小松では身体的被害の立証を強化して夜間早朝飛行差止請求の突破口を開こうとしている。また,新嘉手納では,まず一審判決で認められなかったW値85未満の原告らに損害賠償を認容させることが必要であり,そのことがw値85未満の原告らで構成される普天間訴訟においては必要条件となっている。さらに,上告審に係属している新横田にとっては,高裁判決で初めて一部が認容された将来請求を死守する取り組みが行なわれている。そのうえ,全国の基地では,米軍・自衛隊の再編に伴って,騒音状況が大きく影響を受けるおそれがある。特に,自衛隊との共用基地となる横田基地は,軍民共用化も検討されており,騒音の増大が懸念される。また,厚木・嘉手納基地から米軍部隊が移駐する岩国基地や米軍の訓練が予定されている自衛隊基地では新たな騒音問題となる可能性がある。このように,米軍や自衛隊基地の騒音は,一部でやや減少傾向も見受けられるが,このまま減少を続けるとは予想されず,新横田・小松等では新たな訴訟への取組みが大きな課題となる。
2 公害弁連のたたかいの経験をふまえて,新たな取 組みの強化を
新たな環境破壊を発生させる巨大公共事業を阻止するたたかいが「やま・かわ・うみ・そら」を結んで強力に取り組まれている。
川辺川ダムをめぐるたたかいは,2003年5月の事業変更計画を取り消す福岡高裁の画期的判決以後も,ダム計画を諦めない国交省や地方自治体のダム賛成派との間に激しいせめぎ合いを行なっているが,ダム建設の是非は,利水計画に携わる関係農家,ダム計画による水没予定地の五木村住民,過去に水害被害を受けた流域住民,環境保全を唱える市民などの「住民決定」によりその成否を決すべきであり,国や地方自治体に対しダム建設の断念を迫る一層の取り組みが期待される。
よみがえれ!有明海訴訟のたたかいでは,2005年に仮処分に関する福岡高裁,最高裁及び公調委の不当な決定,裁定が続いたが,その後本訴において約半年間に原告数を約3倍にする追加提訴を行ったり,購入者の見込みのない造成農地を一括して肩代わり購入する長崎県農業振興公社に対する長崎県の公金支払差止住民訴訟を提訴したり,諌早湾干拓事業を完成させないたたかいが続いているが,佐賀地裁の本訴の勝利を目指して有明海の異変に苦しむ漁民を支援し,有明海再生に向けたたたかいを強める必要がある。また,黒部川排砂ダム被害訴訟では,公調委による原因裁定において昨年10月に専門委員報告書が出されて,12月に結審したが,出し平排砂ダムと漁業被害の因果関係を認める裁定が期待される。
一方,環境破壊の道路建設反対のたたかいは,圏央道の高尾山・あきる野をはじめ,広島の国道2号線や名古屋環状2号線などで行われている。昨年公表された社会資本整備審議会道路分科会の「今後の道路政策の基本方向について」によると,国交省は,これまで以上に大都市圏を中心に大規模道路建設を推進しようとする意図が見て取れる。昨年12月に結審した裏高尾の圏央道工事差止請求訴訟では,今春にも判決がなされる。また,高尾山自体のトンネル工事等について昨年4月の事業認定を受けて翌5月に提訴された事業認定取消訴訟では,八王子城跡で発生した井戸や滝,沢の水涸れが高尾山でも発生する可能性が高く,高尾山自体の自然を守るためのたたかいがいよいよ本格化している。原告団・弁護団は,「やま・かわ・うみ・そらフェスティバル」など多彩の運動を展開してきたが,圏央道あきる野の最高裁での訴訟を含めて一層の支援と運動を強化する必要がある。
また,廃棄物問題をめぐっては,昨年2月鹿屋市の管理型処分場において差止認容の一審判決が出され,9ヵ月後には高裁判決でも勝利して建設計画を阻止することができ,新設の産業廃棄物処分場の差止については一定の目処が立った。今後は,市町村設置の一般廃棄物処理施設の設置・操業の阻止や既存の産業廃棄物処分場における危険物の全面撤去のたたかいが重要である。
2005年夏の「クボタショック」以来大きな社会問題となったアスベスト被害については,アスベスト救済法が制定されて昨年3月末に施行されたが,国や石綿関連企業の責任が不問に付され,「指定疾病」が中皮腫と肺がんに限定され,救済給付金が極めて低額に抑えられるなど,到底アスベスト被害の真の救済策とはならない。昨年5月に提訴された大阪・泉南地域アスベスト国賠訴訟は,初めて国を被告とし,工場の従業員以外の住民も含めて提訴した訴訟であり,これからも全国じん肺弁連とともに支援していく。また,これから多くの発生が予想されるアスベスト被害の救済と発生を防止する対策を確立するために,全国じん肺弁連と協力して取り組む必要がある。
3 実効性ある環境アセスメント制度の確立を
1997年6月現行の環境影響評価法(アセスメント法)が成立したが,これは「事業アセス」と言われるもので,事業実施を対象としたアセスメントであるため,「走り出したら止まらない」と言われる巨大公共事業をはじめとする大規模事業については,容易にこれを阻止することは困難である。戦略的環境アセスメント制度が導入されるならば,住民にも早期に事業計画が公表されることになり,大規模事業の変更や中止も可能になる。川辺川や有明海,道路建設に反対する運動などをみても,この制度の導入の必要性が明らかであり,東京都,埼玉県等の地方自治体では既に導入しているところもでている。このように,戦略的環境アセスメント制度の法制化を求める世論が大きくなり,環境省は,2007年2月26日,道路・ダム・発電所などの大規模事業の環境影響評価を計画段階で行なう「戦略的環境アセスメント(SEA)」のガイドライン案を,SEA総合研究会に示し,同研究会はこれをおおむね了承した。ガイドライン案に示された手続は,「まず事業者が計画の初期段階で,比較すべき位置や規模の複数案と評価の手法を検討し,環境保全の観点から住民や専門家の意見を把握する。関係都道府県や市町村に対しても検討状況を報告する。次に,それぞれの計画について環境影響評価を行い,結果を示した文書を作成。住民や専門家の意見を聞き,関係都道府県や市町村の意見を求める。さらに環境省も必要に応じて意見を述べることができる。」とされる。海外においてもEU加盟国27カ国中25カ国,米国・カナダ・中国・韓国も既に戦略的環境アセスメント制度を導入しており,OECD加盟国中この制度が法制化されていないのは,我が国だけである。無駄な環境破壊の大規模公共事業を中止させるためにも,戦略的環境アセスメント制度の法制化に向けて運動を進める必要がある。
4 公害地域再生の取組みの前進を
これまで公害弁連を担ってきたイタイイタイ病・水俣・新潟水俣や西淀川・川崎・倉敷・尼崎・名古屋などの大気汚染裁判の勝利和解後,それぞれの運動体は,新たな課題として公害地域再生に取り組んでいる。西淀川のあおぞら財団では,2006年3月に「西淀川・公害と環境資料館」を開館し,被害・裁判・運動等の資料収集や公開に取り組んだり,地元の運転事業者と連携してエコドライブ(環境にやさしい運転)事業を実施し,使用燃料の削減を図った。また,川崎では,原告団・支援団体が川崎市と話し合って,川崎駅広場や周辺交差点などの改良,駐輪場の増設や対策,「公害・環境・健康・まちづくりフェスタ」の開催などの取組みを行っている。
公害弁連としても,こうした活動の経験交流の場を設けることによって,地域再生の取組みの強化を図るとともに,これを通じて国や自治体に対する要求を整理して,全国公害被害者総行動などにつなげていくことが重要である。
5 アジア諸国との交流,地球環境問題での取組みの強化を
発展途上国,特にアジアでは,急激な工業化,自動車交通の増加,日本の公害輸出,各国の経済成長優先政策等により,深刻な被害が発生してきている。これに対し,各国では,環境保護,公害被害救済をめざす市民,法律家が立ち上がり,エネルギッシュな活動を展開している。
環境保護,公害被害救済を目指して立ち上がった各国の市民,法律家との連携をさらに広げ,深めていくことが求められている。この点で公害弁連は,2002年8月及び2005年8月の2回にわたって「日韓公害・環境シンポジウム」を,日本環境法律家連盟,グリーンコリア環境訴訟センター,韓国環境運動連合法律センター,「民主化のための弁護士の集い(民弁)」環境委員会などとの共催で開催してきた。また,2005年11月には,「第3回環境被害救済(環境紛争処理)日中国際ワークショップ」が開催され,公害弁連から参加した。2006年は,公害弁連主催の国際的なシンポジウムは実施しなかったが,2006年7月3日から10日間過去最多の韓国司法修習生(16名,研修所教官1名,グリーンコリア1名)が来日し,「日本の公害・環境訴訟」をテーマに大阪や東京で研修を受けた。これらの交流を通じて,ソウルで準備されている大気汚染訴訟への東京大気汚染弁護団からの情報提供や,日本における米軍基地問題の調査を目的に韓国から来日した環境運動団体への協力など,個々の弁護団における具体的な交流も行われた。今年は,8月24日,25日の日程で日中韓3カ国による公害被害救済等のワークショップの準備が進められており,公害弁連も様々な協力をしていくことが求められている。日・中・韓の法律家・市民の連帯はいよいよ深まりをみせており,今後3カ国の共同シンポジウムの開催と相互に関連する分野毎の個別の連帯強化に積極的に取り組んでいく必要がある。
一方,地球温暖化問題では,2006年11月のナイロビ会議(C0P12,COPMOP2)では,2013年以降の削減目標と制度設計が議論の対象となり,2013年以降の削減目標についての議論のプロセスが合意され,途上国を含む議定書の見直し作業が決まった。しかし,COP3の京都議定書では,2008年から2012年までの各年の温室効果ガスの排出量の平均を,1990年を基準として日本は6%削減することになっているが,2004年度の日本の温室効果ガスの総排出量は,1990年の総排出量に比べ,逆に8・0%も上回っている。今後,京都議定書の約束を遵守させるとともに,2013年以降のより高い削減目標の合意を目指して取組みを進める必要がある。