【2】 各地裁判のたたかいの報告(イタイイタイ病)
全面解決に向け歩を進める1年間
イタイイタイ病訴訟原告弁護団
事務局長 青島明生
1 全体の状況
完全勝訴判決後勝ち取った公害防止協定をテコに,被害住民は,(1)発生源対策,(2)患者救済,(3)汚染土壌復元の各分野の課題で取り組みを進めてきた。
復元工事は,2009(平成21,以下西暦の上2桁を省略。)年で完了し,換地処分と採土地の復旧も11年に終了見込みで,永年の復元事業がいよいよ終結することになる。
発生源対策も,神通川のカドミウム濃度は自然界値に近づいてきた。神岡鉱業には,この間操業変更に伴う連絡・同意について誓約書に反する行為もみられたが反省の表明・改善が行われ,昨年の全体立入調査でも自然界値実現をあらためて約束した。上流に神岡がある限り再汚染防止の監視活動を継続する必要があり,そのための坑道維持,六郎工場地下やダム湖底の高濃度カドミウム問題もあるが,現時点で解決水準到達が見込める。
これらに対して健康被害救済関係では,医学研究は継続しているものの,患者認定・要観判定・カドミウム腎症の救済の各面で環境省・富山県に消極性がある。残された被害者の数はそう多くはなく,三井からの補償を含めた解決に途をつける必要がある。
これらに加え,カドミ被害をくり返さないために,被害と住民運動の歴史を記録し,世界に発信するためのカドミウム被害総合センター(資料館)の設置について働きかけてきたが,昨年の総括会議では,竹内県議をはじめとする各議員から,清流会館で行われている事業を引き継ぎ発展させるものとして今後も超党派の議員団で実現に取り組むとの力強い挨拶を頂いた。今後は,被害者団体が行うべき事業,資料館に引き継ぐ事業,行政に担ってもらう事業の整理を,被害者組織のあり方も含め検討して進めていく必要がある。
昨年来,運動を引き継ぐ若手弁護士の活動を描いたテレビ番組(NHK教育,総合),資料整理の際発見された被害者の手紙をきっかけとしたカドミウム被害の現状についての鎌田慧氏のレポート(NHK総合。関東を除く全国)があいついで放映され,この3月7日には「そのとき歴史が動いた」でも取り上げられ,世論の盛り上がりが期待できる。今年一気にこれら諸課題を進展させる必要がある。
2 発生源対策
(1) 危機管理体制
04年の大量降雨時の濁水溢流と重油流出事故から住民は危機管理体制の抜本的見直しを求めた。会社は昨年大規模な改善工事を内容とする改善対策を立て,この工事が昨年竣工したが,今後この工事の効果をチェックする必要がある。
(2) カドミ以外の物質について
05年10月取り交わした「確認書」で会社は,「高原川及び神通川の重金属濃度を自然界レベルに戻し,これを維持する」としており,カドミ以外の物質についても排出量削減計画の策定を求めたところ,会社は,カドミ,亜鉛,鉛,砒素,マンガンなど15成分について岐阜県に報告しているが,今後3年間の環境マネイジメントシステムの中で削減をうたっていきたいと回答した。特にヒ素とコバルトについては高濃度であり,そのデータを毎年の住民への報告書に記載することとなった。今後具体的な排出量削減計画を策定させる必要がある。
(3) 変更工事等
05年11月から茂住坑内で「天然ガス高圧貯蔵実証テスト工事」が実施されたが,環境への影響が懸念されるにもかかわらず,被害団体に事前連絡がされなかった。全体立入の質疑の中でこれを指摘して会社に抗議をし,会社はこれを陳謝し,今後事前連絡を徹底することを約束した。
(4) 六郎工場(北電水路)について
六郎工場地下土壌中のカドミ回収のため,会社は02年〜05年に,調査用,地下水の流下方向の解析目的等合計25本のボーリングを実施したが,住民側の抜本的改善策の要求に対して,バリア井戸工法なる手法を計画実行していく方針を打ち出した。実際にうまく回収できるかは不明であり,今後の結果を十分検証していく必要がある。
(5) 坑道の維持について
廃止鉱山内の坑道の維持・管理は発生源監視に不可欠である。会社も主要幹線坑道,通気用立坑及び水系統のチェック用の坑道は将来にわたって維持・管理すると確約している。現在そのための基礎データを収集しているが,今後,対象となる坑道を具体的に確定していくよう会社と交渉を継続する。
(6) 一部原材料の酸化鉱への転換とその影響
会社は住民の同意のうえで原料として酸化鉱の投入を開始した。FS炉で焼却するため新たな排煙の監視対象として注意していく必要があるが,本年度の投入量は少量のため,この結果だけで安全性を評価をすることはできない。酸化鉱のカドミ含有量は少ないが,今後,投入量が増加した際にどのような結果になるかを監視する必要がある。
(7) 排煙関係
本年度の専門立入の際の会社の説明によれば,ストック煙灰の投入は余り進んでいない。煙灰カドミ濃度は,ストック煙灰投入の条件であった1500ppm以下を維持しているが,カドミ抽出率向上について,引き続き改善・工夫を求めていく。
昨年の専門立ち入りにおいて,炉頂から大量の溶鉱炉内ガスの漏れが発見された。今後も監視する必要がある。作業環境でのカドミ濃度が非常に高い点も注意が必要である。
(8) 植栽関係
廃坑山表面からのカドミ溶出を防ぐために緑化に取り組んでいるが,銅平地区での植栽・道路付け工事は,台風や雪解け時の道路崩落の影響で進展しなかった。道路復旧の見通しは立っておらず,事業の遅れが懸念される。
(9) 露天掘関係
雨水対策は不十分であり,早急の排水路等の整備が必要である。会社は,一定の工事を実施したが,引き続き監視していく必要がある。
3 患者救済・医学研究関係
(1) 患者・要観の現状(2006年11月末現在)
@ 認定患者総数191名うち生存者数4名,新規認定者3名
A 要観判定総数334名うち生存者数1名,新規判定者0名
※これまでの年度別認判定者数は別表のとおり
>> イ病患者認定・要観察者判定年次別一覧表 (本稿末へ移動)
(2) 06年認判定の状況
06年は3回の認定審査会が開かれ,3名が新たにイ病患者に認定され,1名が不認定とされた。他方要観判定は相変わらず本年度もなかった。
認定された人はいずれも骨生検または剖検によるものである。イ病の骨病変は短期間に発症するものではないことを考えると,本来であればそれ以前にX線検査や血液・尿検査を総合して認定されるべきであり,病理検査を経なければ認定されないという大きな問題がある。この改善を求め,認定申請,不服審査手続,県への申し入れ活動に取り組んでいく必要がある。
(3) 不服審査請求関係
03年6月と9月に不認定とされた4人の方について,異議申立棄却を経て現在審査請求が継続している。うち1人は生前X線写真上右尺骨に骨改変層が認められる人,残り3人は剖検で骨軟化症と診断されている人である。X線所見と生化学所見をもとにした総合的判断による生検・剖検なしの認定,病理所見についての機械的な基準当て嵌めの改善が争点である。
先行の2件については,一昨年11月,昨年5月及び11月の3回当地で口頭審理を行った後12月に結審した。今後書類のやりとりがあり,審査長の任期である本年12月までに決定が出される予定である。
審理の中で,審査長は,県に対して,具体的な中身を言わないで「総合的に判断した」というの説明では足りない,患者側の補佐人として出席した元県認定審査会委員の発言を守秘義務を理由に封じようとしたことに対しても,「本来認定審査会の議事録が公開されていてもよいほどであり,患者のプライバシー以外は,守秘義務違反の問題は無いと考える」,請求人側が認定審査会の議事録・録音テープの提出を求めたことに対して廃棄したと説明したとする県に対して,現在残っている資料などから認定審査会での議論の具体的な状況を可能な限り再現して提出するように指示するなど積極的に事実を解明しようという姿勢が見られた。
なお,後行の2名の案件は未だ審理体も決まっていない。昨06年6月の公害被害者総行動の際に審査会事務局を訪ね,担当委員の早期確定と公開口頭審理の日程確保を要請した。
(4) イタイイタイ病セミナー
06年11月22日(金),富山県民会館において,神通川流域カドミ被団協主催,富山県及び富山市後援で,第25回が開催され,被害地域住民,学者,弁護団員など,会場を満員とする約130名が参加した。
昨年のイ病セミナーでは,イ病訴訟弁護団の中では最も早くからイ病問題に取り組まれた弁護士の一人であり,イ病訴訟控訴審においては武内重五郎教授に対する反対尋問を成功させ,イ病訴訟を「完全勝利」に導いた立役者である松波淳一元弁護士(近藤忠孝現イ病弁護団長曰く「イ病裁判の戦友であり同志」)の講演が行われた。イ病セミナーにおいて弁護士が講演するのは今回が初めてである。
松波氏は,「カドミウム中毒の過去・現在・未来−イタイイタイ病を中心として−」と題しOHPによるスライドを多数示されながら,イタイイタイ病の発生とその救済の歴史を(1)三井神岡鉱山の歴史,(2)農業被害とイ病,(3)イ病の原因究明・研究,(4)訴訟へ,(5)イ病訴訟の完全勝利と誓約書・協定書,(6)「巻き返し」とそれへの反撃,(7)イ病不認定問題と不服審査,(8)現在のカドミ汚染,(9)今後の課題,の項目にわたり詳細に講演された。その内容はセミナー講演録にまとめられて研究者,弁護団,希望する被害住民に配布される予定である。
講演終了後の質疑で,医師を目指している小学5年生の息子が,昨年5〜6月放送のNHKのイ病特集番組を見て,「イ病を勉強して作文コンクールに応募したい」と言い出し,夏休みに清流会館に勉強に来たが,「たくさんの人に本当のことを知ってもらいたいので,来年の9月までもっとイ病を勉強したい」との発言があり,出席者の感動を呼んだ。
(5) イタイイタイ病研究
イタイイタイ病の医学的研究は専ら環境省の委託業務として,2001年からは3年間を一区切りとして行われている。今年度は,04年から始まった区切りの最終年である。「平成16年度環境省委託業務結果報告書 イタイイタイ病及び慢性カドミウム中毒等に関する研究(重金属等の健康影響に関する総合研究)」(独立行政法人環境再生保全機構受託発行)に,(1)業務内容,(2)委託業務実施体制,1 推進委員会及び評価委員会,2 研究班,B研究班総会・研究発表会,(3)研究班の体制等詳しく記載されているので,参照されたい。
2004年度の研究結果報告書は公刊されているが,2005年度については,上記中間報告会で資料集として配布されていたので,今後製本されて公刊される見通しだが,やや遅い感がある。
本年の環境省交渉の際住民から,厚生省見解から40年間,医学研究が行われてきたが,カドミウムが原因であることが認められているだけで,そのほかのことについてははっきりわからない,と言い続けているが,唯一の被害者発生国として世界にカドミウム被害の実情を知らせていくべき日本の環境行政,医学研究が,こんな情けないことでいいのか,と問題提起されたが,このことを改めて提起しなければならないと考える。
4 その他の諸課題
(1) イタイイタイ病運動史研究会
イ病問題をめぐる住民運動と裁判闘争の歴史を学びながら,イ病問題をとりまく現在の課題を整理し今後の運動の在り方について考えていこうという目的で,03年11月に始まったイ病運動史研究会(「イ病勉強会」から改称)は,昨年7月まで計40回開催され,現在その取りまとめ作業に入っている。この取り組みは,NHKの番組(NHK総合の福祉チャンネル等)で昨年5月に放送され,地元の小学生をはじめ全国から多くの反響が寄せられた。小松イ対協名誉会長,江添副会長,高木良信副会長らが参加しているが,この貴重な証言を,イ病をめぐる諸問題の早期完全解決にむけた今後の運動に活かすべく,出版にむけた準備を進めている。
(2) カドミ被害総合センター(資料館)建設問題
全会派の賛成で可決された県議会決議後数年経過するが,知事選に合わせて候補者に見解を尋ねて両候補から回答が得られたり,市当局,県当局との折衝でも前向きの意向が示されたり,三井鉱山の経営環境も好調であり,情勢が好転していると見られるが,今後実現に向けどのような戦略・戦術ですすめていくか具体化を検討中である。
基本的には,現在清流会館で行われている活動,取り組みについて,全て引き継いで行くとともに,情報発信等国内外から求められている課題についてはより充実できるようなセンター(資料館)を実現するようにさらに,検討と取り組みを進めなければならない。
(3) 国内外からの清流会館の見学など
本年も地域から,また,国際的な関係者からの訪問があり,清流会館の事業の必要性が確認された。
イ病患者認定・要観察者判定年次別一覧表
西暦年 | 和暦年 | 認定患者 | 要観察者 |
認定 | 死亡 | 現在数 | 判定 | 要観察者解除内訳 |
患者認定 | 死亡 | 解除 | 計 | 現在数 |
1967 | 42 | 73 | 3 | 70 | 155 | 0 | 2 | 0 | 2 | 153 |
1968 | 43 | 44 | 12 | 102 | 33 | 19 | 2 | 29 | 50 | 136 |
1969 | 44 | 3 | 8 | 97 | 1 | 1 | 6 | 106 | 113 | 24 |
1970 | 45 | 4 | 4 | 97 | 2 | 2 | 5 | 15 | 22 | 4 |
1971 | 46 | 1 | 5 | 93 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 |
1972 | 47 | 0 | 11 | 82 | 138 | 0 | 5 | 0 | 5 | 138 |
1973 | 48 | 1 | 2 | 81 | 21 | 0 | 10 | 16 | 26 | 133 |
1974 | 49 | 3 | 12 | 72 | 7 | 2 | 6 | 9 | 17 | 123 |
1975 | 50 | 0 | 7 | 65 | 4 | 0 | 4 | 20 | 24 | 103 |
1976 | 51 | 0 | 6 | 59 | 5 | 0 | 2 | 3 | 5 | 103 |
1977 | 52 | 0 | 9 | 50 | 4 | 0 | 8 | 0 | 8 | 99 |
1978 | 53 | 1 | 1 | 50 | 4 | 1 | 6 | 6 | 13 | 90 |
1979 | 54 | 0 | 5 | 45 | 1 | 0 | 6 | 0 | 6 | 85 |
1980 | 55 | 1 | 4 | 42 | 3 | 1 | 9 | 10 | 20 | 68 |
1981 | 56 | 1 | 4 | 39 | 1 | 0<1> | 7 | 0 | 7 | 62 |
1982 | 57 | 0 | 5 | 34 | 4 | 0 | 8 | 0 | 8 | 58 |
1983 | 58 | 10 | 7 | 37 | 0 | 6<4> | 7 | 0 | 13 | 45 |
1984 | 59 | 1 | 6 | 32 | 1 | 1 | 7 | 0 | 8 | 38 |
1985 | 60 | 1 | 9 | 24 | 0 | 0 | 8 | 0 | 8 | 30 |
1986 | 61 | 4 | 7 | 21 | 1 | 1<3> | 7 | 0 | 8 | 23 |
1987 | 62 | 0 | 3 | 18 | 0 | 0 | 5 | 0 | 5 | 18 |
1988 | 63 | 1 | 2 | 17 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 18 |
1989 | 1 | 4 | 6 | 15 | 0 | 2<1> | 4 | 0 | 6 | 12 |
1990 | 2 | 1 | 4 | 12 | 0 | 0<1> | 2 | 0 | 2 | 10 |
1991 | 3 | 1 | 1 | 12 | 5 | 1 | 1 | 0 | 2 | 13 |
1992 | 4 | 5 | 6 | 11 | 5 | 1<3> | 2 | 0 | 3 | 15 |
1993 | 5 | 18 | 14 | 15 | 0 | 4<13> | 1 | 0 | 5 | 10 |
1994 | 6 | 3 | 4 | 14 | 2 | 3 | 0 | 0 | 3 | 9 |
1995 | 7 | 0 | 1 | 13 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 |
1996 | 8 | 0 | 2 | 11 | 1 | 0 | 5 | 0 | 5 | 5 |
1997 | 9 | 0 | 2 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 |
1998 | 10 | 2 | 2 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 |
1999 | 11 | 0 | 3 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 |
2000 | 12 | 1 | 1 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 |
2001 | 13 | 1 | 1 | 6 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 5 |
2002 | 14 | 1 | 3 | 4 | 1 | 0<1> | 2 | 0 | 2 | 4 |
2003 | 15 | 1 | 1 | 4 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 3 |
2004 | 16 | 1 | 2 | 3 | 0 | 0<1> | 1 | 0 | 1 | 2 |
2005 | 17 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 |
2006 | 18 | 3 | 1 | 4 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 |
合計 | 191 | 187 | 4 | 402 (334) | 47 (28) | 140 | 214 (146) | 401 | 1 |
注:( )は実数 < >は申請中死亡者 |