公害弁連第35回総会議案書
2006.3.18  大阪
〔2〕 新嘉手納爆音訴訟報告
弁護士 西村 健


第1 はじめに  2005年2月17日、那覇地方裁判所沖縄支部において、新嘉手納爆音訴訟の判決が言渡された。W85未満の原告の損害賠償請求を棄却するという判決は、誰も想定していなかった(その場合の垂れ幕は用意していなかった)。判決直後、判決骨子を読むに連れ、原告団・弁護団の間で怒りがこみ上げてきたことは、未だ記憶に新しい。判決直後集会における損害賠償認容の判決報告が、不当判決弾劾へのシュプレヒコールに自然に変わっていった。また、その後、判決内容を詳細に検討し、控訴理由書を作成するに際し、その怒りが益々高まってきている。この判決は、従前の基地訴訟判決の流れに逆行するとともに、科学的調査結果などを理解せず、無視するものでもあった。
 以下、判決内容、控訴理由書の概要、控訴審に向けた戦いについて報告したい。

第2 判決内容の報告
概要
1 1審判決の結論は、@夜間早朝の飛行差止請求の棄却、A聴力損失を認めない、B健康被害を認めない、CW85以上の原告について損害賠償を認めるが、W85未満(W80あるいはW75)の原告についての損害賠償請求の棄却、D防音工事の実施による損害賠償金額の減額、E将来の損害賠償請求の棄却、F危険への接近の原則排斥などである。このうち、@からCについて、以下に概要を述べておく。
2 差止請求棄却
 従来の判決と同様に、いわゆる第三者行為論に則り、国に対する差止請求を棄却した。また、アメリカ合衆国に対する訴訟では、訴状送達すらせず、却下した。
3 聴力損失認めず
 沖縄県健康影響調査の結果、12症例の騒音性聴力損失者の存在が検出された。そのうち少なくとも4症例が原告であることが判明したので、1審では、その4名について原告本人尋問を実施した。しかし、1審判決は、「本件訴訟で原告本人尋問を実施した4症例に関する限りは、その診断の信用性は十分認められる」として、騒音性聴力損失であると認定するものの、残る8症例については聴力性騒音損失であると認定しなかった。
 この4症例について、原告団・弁護団は、その騒音性聴力損失が航空機騒音によること(個別的因果関係)を詳細に主張立証したにもかかわらず、1審判決は、「これらの騒音性聴力損失が本件飛行場を離発着する航空機騒音と関連性を有するとの疑いを払拭することは困難というべきである」としながらも、結局は、因果関係を否定した。また、嘉手納基地周辺における騒音性聴力損失の発症と嘉手納基地を離発着する航空機騒音との因果関係も集団的な観察により明らかにした(集団的因果関係)が、1審判決は、「沖縄県調査をもって、航空機騒音と騒音性聴力損失の間の法的因果関係を認めることはできない」と判示した。
4 健康被害認めず
 判決は、聴力損失以外の健康被害について、「本件飛行場の航空機騒音が原告らに対し各種の健康被害を生じさせているという客観的且つ高度の危険性があるとまでは認められない」と判断した。
5 損害賠償範囲の縮減
 判決は、曝露状況に関する「W値85以上の各区域と、W値80及び75の各区域の間には明確な相違が認められ、W値80及び75の各区域における航空機騒音の程度はいずれも減少しており、現状ではかなり低いと評価せざるを得ない」との判断などを前提に、W85未満の原告の損害賠償請求を棄却した。

第3 控訴理由書の概要
 原告団・弁護団は、2006年1月30日、控訴理由書を提出した。その概要は以下の通りである。
1 差止請求について
 国に対する差止請求を棄却したことについて、1審判決は、第三者行為論に全く言及していない大阪空港訴訟の大法廷判決を引用するという誤りを犯していた。そこには、はじめから、原告の訴えを退けるという結論ありきの姿勢で臨んでいたという裁判所の不当な態度が如実に現れている。
 また、吉村良一立命館大学教授の、国は、米軍と共同妨害者であり、原告らの権利の妨害状態を回復する義務と権利を有しているとの意見書について、1審判決は、その意見書の内容を全く理解せず、曲解して判断している。
 米軍について国内法が適用されることについては、1審判決は、領域主権原則、地位協定16条、3条3項、18条5項、航空法97条について誤った解釈をしている。
2 聴力損失について
 騒音性聴力損失と認定されなかった8症例の根拠の1つとして、1審判決は、問診が不十分であるとしている。しかし、それは論理的に誤りであり、また、十分な問診を行っている。むしろ、1審判決は、客観的で厳密な臨床診断経過を軽視している。
 個別的因果関係を否定したことについては、環境騒音に対する無理解、曝露認定における科学的根拠のなさ、ベトナム戦争当時の騒音の激しさ軽視、公衆衛生学に関する無理解、騒音曝露量の軽視、航空機騒音以外に聴力損失の原因がない事実(他要因排除)の無視などを指摘して1審判決を批判し、原告団・弁護団の主張が認められるべきであることを強調した。
 集団的因果関係を否定したことについては、地域集積性を否定したことの誤り、聴力に関するアンケート調査を否定した誤り、騒音曝露の実態に関する誤り、NITTS、NIPTSの推定に関する考察を無視した誤り、疫学的手法の当否に関する誤りに分けて1審判決を批判し、原告団・弁護団の主張が認められるべきであることを強調した。
3 健康被害について
 1審判決には、沖縄県健康影響調査の調査結果を正当に理解せず、また、無視していることを指摘し、正しく理解すれば、健康被害が認められる。また、1審判決は、因果関係について、極めて高度の立証責任を原告に課している点において、いわゆる東大ルンバールショック事件最高裁判決(昭和50年10月24日判決)に反している。
4 損害賠償範囲の縮減に関して
 損害賠償範囲の縮減の前提として、1審判決は、曝露状況の緩和を挙げている。しかし、この判断には、騒音認定の指標の誤り(環境省方式によるW値を用いることの誤り、平均方法の誤り、日別W値と環境基準値との比較の誤り)、判断手法の誤り(防衛施設庁方式によるW値の無視あるいは軽視、W85の地点と比較していることの誤り、限定された測定地点、低い値のみ重視し高い値を軽視している、パワー平均値の軽視、ピークレベルの無考慮、夜間早朝の騒音発生回数の軽視、傾向性判断の誤り、環境基準に関する誤った認識)がある。また、1審判決は、旧訴訟判決(住居地域ではW75についても損害賠償を認めた)の判断枠組みを無視し、各測定地点の騒音測定結果や検証結果に対して偏頗な評価をしている。
5 その他
 横田基地訴訟控訴審判決(東京高裁平成17年11月30日)は、防音工事による減額を、部屋数に関係なく一律10%にとどめ、また、将来請求も判決言渡日までの分を認めている。そこで、少なくとも、同様の判決となることを求めている。

第4 控訴審に向けて
 第1回口頭弁論期日が2006年3月28日午後2時0分と指定され、控訴審の新たな戦いが始まった。
 控訴審では、現在のところ、聴力損失など健康被害の実態、爆音と被害との因果関係、W80あるいは75地域の原告住民の被害立証その他を予定している。
 横田基地訴訟控訴審判決では、国の怠慢が強く意識されている。日本の中で、沖縄戦、そして、戦後の重い負担を負わされてきた沖縄に関する国の怠慢に対しては、より強い姿勢で臨むべきである。
 一連の基地騒音訴訟判決の流れに棹差す形になり、弁護団としては忸怩たる思いである。何とか、幅広く力強い応援をいただきながら、戦い抜きたい。