公害弁連第35回総会議案書
2006.3.18  大阪
イタイイタイ病 重大な課題に取り組んだ1年間
イタイイタイ病訴訟原告弁護団 事務局長 弁護士 青島明生


 1972年8月の完全勝訴判決後の交渉で勝ち取った公害防止協定をテコに、被害住民は30年以上にわたり、発生源対策、患者救済、汚染土壌復元の3分野の課題に取り組んできた。昨年は、発生源対策では、会社の危機管理対策問題と操業形態の変化に伴うあらたな合意の締結などの動きがあった。復元では、あと数年で汚染地全体の復元完成が望める中、これまで計画が立たなかった市街化区域内汚染田の復元実施が決まる進展があった。これらに対して患者救済分野では、相変わらず富山県・環境省は患者・要観切り捨てのイ病隠しの姿勢を変えないので、是正を求めて審査請求手続に取り組んでいる。

第1 発生源対策
1 排水改善計画について
 一昨年の大量降雨時の濁水の底設暗渠への溢流、高原川へ重油流出事故が発生し会社の危機管理体制の脆弱性が露呈した。その抜本的見直しを求めてきたところ、会社は昨年4月、六郎の亜鉛電解工場水を廃止し8排水口から7排水口への排水口の削減、鉱山病院跡での総合調整池の新設、非常増水時の和佐保堆積場行流水路の設置等約10億円をかける大規模改善工事等「重油漏洩事故再発防止対策と排水改善」対策を取りまとめ、工事に着手し本年の夏までに完成の予定である。
2 六郎工場(北電水路)について
 六郎工場地下に貯留している大量のカドミウムについて、会社はカドミ回収強化のため02年に7本、04年に9本の調査ボーリングを実施し、昨年9月には、地下水流下方向解析目的の9本の追加ボーリングを実施し、山腹トンネル下底部からの集水用坑道の掘削や遮断壁の設置等の基礎データを収集・解析したいとした。しかし、ボーリングだけでは抜本的対策にならないので、抜本的対策を求めている。
3 廃止鉱山の坑道の維持について
 発生源監視に不可欠な廃止鉱山の坑道の維持・管理について、会社は主要幹線坑道,通気用竪坑及び水系統チェック用の坑道(以下「チェック用坑道」と言う。)を将来にわたり維持・管理すると確約し、基礎データ収集調査をしている。昨年の全体立入調査の際にもチェック用坑道の維持管理を確認したが必ずしも十分とは言えない実情なので、対象となる坑道の具体的確定を求めていく。
4 原材料の一部転換に伴う無公害実現合意の締結
 輸入鉱を原料として亜鉛精錬事業を行ってきた会社は、昨年2月に酸化鉱を原料の一部として利用したいとの意向を打ち出し、住民側は検討の結果同意したが、新たな排煙の監視対象として今後注意をする必要がある。
 この酸化鉱への同意の際会社との間で昨年10月6日に、会社が
ア 無公害企業を実現するため環境保全を経営の最優先課題として取り組む
イ 高原川及び神通川の重金属濃度を自然界レベルに戻して維持する
ウ 将来他の廃棄物リサイクル原料を受け入れる場合には事前に説明し同意を得る
ことなどを内容とする合意書を締結した。
 これは、岐阜県が,「酸化鉱」を産業廃棄物とみて焙焼炉への投入をその焼却処理であると判断し、地元住民団体の書面による同意書を求めたものとみられるが、これまで文書化されていなかったり,口約束や決意表明ともとれる合意を明文化することを決め、全体立入調査の際問題提起後交渉して取り交わしたもので、明文化は大きな成果である。
5 新たなリサイクル業に対する監視
 会社は05年1月から小型シールドバッテリー処理設備の試験を開始した。04年1月からはリチウム電池からのコバルト回収実証規模試験が開始されていることからも、カドミ以外の鉛やコバルト濃度などの重金属も監視する必要がある。
6 排煙関係
  煙灰からのカドミ抽出率の向上と鉛銀残渣中のカドミ濃度の軽減を求めてきているが、煙灰Cd濃度は、ストック煙灰投入の条件であった1500ppm以下で推移してきたので住民側の同意のもとにストック煙灰投入が開始された。現在も1450ppm程度で推移し条件は守られているが、このレベルでは抽出率を向上させるのは困難なようである。しかし、引き続き改善・工夫を求めていく。
7 植栽関係
  銅平地区での植栽・道路付け工事の事業計画は出来ているが昨年の台風で道路が崩落したため進展しなかった。復旧の見通しは立ったが事業の遅れが懸念される。栃洞露天掘り跡地の裸地の植栽は徐々に進んでいるが露天掘り雨水対策は不十分であり早急の排水路の整備が必要である。
8 総括
  重油流失事故を契機に神岡鉱業が抜本的な漏洩等防止対策を採り,実施に移しているのは評価できる。この対策の成果を監視していく必要がある。また、神岡鉱業のリサイクル業の操業にあたり一般廃棄物処理業は行わない旨言明させるとともに,今後のリサイクル事業の展開について被害住民の同意を取りつける必要性を確認させたことは成果であり,将来にわたって活かさなければならない。さらに、会社は将来とも維持管理すべき坑道を決定するための基礎作業として坑道の水質調査を行っているが、これを推進し廃止鉱山内部の清濁分離と水質チェック体制の確立がここ数年の重要課題である。また、六郎工場地下の汚染についてどのような対策を採らせるのか方針を決定すべき時期にきている。さらに、鉛,亜鉛,ヒ素等重金属にも目を配る発生源対策を考えていかなければならない。

第2 イタイイタイ病関係
1 認定問題
 05年11月末現在の認判定者数は次のとおりである。
(1) 認定患者総数 188名
 うち生存者数   2名
 新規認定者    0名
(2) 要観判定総数 334名
 うち生存者数   2名
 新規判定者    0名
 この間2度認定審査会が開催された。05年7月18日の認定審査会では2名の要観察者については引き続き要観察者とされ,住健精密検診受診者(144名)からの新たな要観判定はなかった。その後旧大沢野町と旧婦中町の女性2名が認定申請し,06年1月 8日の認定審査会で2名とも生化学所見とX線所見等では骨軟化症が認められないとし、生検の結果を待つため留保とされた。
2 不服審査請求
 剖検の病理所見で骨軟化症が認められてる3名(うち1名はその後認定)と上腕骨の湾曲や離断等X線上骨軟化症の所見が認められる1名が、03年6月15日(2名)、9月14日と10月1日に不認定とされ、異義申立も棄却されたため、同年10月16日に2名、翌04年1月17日に2名公害健康被害補償不服審査会に審査請求を申し立て、弁明書・反論書など書面のやりとりが行われていたが、先の2名について昨年11月16日,17日富山県民会館で第1回公開口頭審理が行われた。
 審査請求は87年に取り組まれて以来である。前回は吉木法の有効性を認めさせ認定基準の見直しに成功したが、今回の審査請求では,X線所見や生化学所見の適正な評価に基づく骨軟化症の総合的判断方法を確立し,生検・剖検なしで認定されるように改めさせ,生検・剖検病理所見の機械的な基準当てはめの非科学性を明らかにし、認定行政を正すこと、また、要観の段階を経ないで"いきなり認定"される不自然な事態の原因である消極的要観判定を改めさせることが目標である。
 口頭審理では、処分庁側が不認定判断の概要を説明し,請求人側が求釈明を行った。認定条件の充足を請求人側が証明すべきだとする処分庁の意見を退け、審査庁は、処分庁・請求人双方の自由な遣り取りを聞いた上で判断したいと審理を進めた。このなかで、剖検用の骨を4部位で取りながら,骨軟化症判定の3パラメーターの数値を1部位でしか取っていない事実が判明するなど不十分な認定審理が明らかにされた。今後さらに求釈明を行い、研究者を補佐人として処分庁側説明の非医学性を浮き彫りにしていく予定である。
3 第24回イタイイタイ病セミナー
 05年11月18日前々日からのイ病不服審査口頭審理に引き続き,富山県民会館においてイ病セミナーが開催された。  今年のセミナーでは,これまでのイ病研究の総括的な報告を目的として,長年にわたりイ病の研究をされてきた千葉大学大学院医学部研究院教授の能川浩二氏の「イタイイタイ病研究の原点と今後の課題」,多数のイ病患者を解剖されてきた富山医科薬科大学(現富山大学)名誉教授の北川正信氏の「イタイイタイ病の病理形態」の各講演が行われ、被害地域住民,学者,イ病弁護団所属弁護士など,県民会館304号室を満員とする約130名が参加した。
 講演の中で能川教授は、カドミウムによる腎臓の近位尿細管機能障害はカドミウム暴露を止めても進行すること、神通川及び梯川流域の調査で米中カドミウム濃度が高いほど腎障害の発生率が高いという「量−反応関係」がみられ、カドミウム暴露による腎障害患者は生命予後が悪化していること、今後は,@神通川流域以外のカドミウム汚染地において,イ病患者を認定すること,A腎障害を健康被害として認定すること,B米中カドミウム濃度の許容値を設定することが特に重要であるとされた。また、北川名誉教授は、他の病気では見られないいくつかの特徴を説明され、病理診断によってイ病が特異的に判断できること、富山県以外でもイ病と認められる病理診断例があることを報告された。
4 イ病研究
 本年2月24日例年通り総合研究班の報告会があり,イ病関係は水俣病と一体となって発表・評価がされた。北川先生が評価委員に就任したが,能川先生,城戸先生,対馬の研究をしている長崎大学グループが外されたが問題である。三井の寄付講座のある慈恵医大所属の委員が多い。研究内容は基礎研究ばかりで、中にはイ病研究者間では解決済での課題を行う者もあり,行政に反映するような内容はない。以前2日だったが1日とされ全体的に研究が縮小しているように見られる。環境保険レポートは,刊行が、これまでの(財)日本公衆衛生協会から独立法人日本環境再生機構事務局に、毎年発行が3年間の研究期間ごとになり、住民が研究の成果を運動に反映させることが困難となっている。

第3 その他の課題
1 イ病運動史研究会
 イ病をめぐる住民運動と裁判闘争の歴史を学び,現在の課題を整理し、今後の運動の在り方を考える目的で,03年11月からイ病運動史研究会が定期的にもたれてきたが、3年目(開催回数33回)を迎えた。現在,小松イ対協名誉会長,江添副会長,高木良信副会長らが語る貴重な証言を多くの人に読んでもらうため書籍にまとめる作業を進めている。
2 カドミウム被害総合センター建設課題
 四大公害訴訟の現地のうち神通川流域のみ被害の教訓を伝える公共の施設がない。
 被害地住民は、イ病・発生源対策の取り組みの資料の収集・保存、医学研究、被害者・不安者への療養援助・保健指導、交流と学習・情報発信の拠点となる機能を持つカドミウム被害総合センターの建設を求め、02年富山県議会で全会派の賛成で建設促進の決議が採択された。しかし、県は調査にとどまり建設のための本格的な動きを取っていない。
 本年度も特段の進展はなかったが,市町村合併により被害地はすべて富山市となったことから,富山市議に認識を広げるために各会派に新聞等を配布し認識を持つよう要請した。
3 内外からの清流会館の見学など
 昨年,韓国KBS放送の取材があったが,本年は,MBCの取材があった。
 これは日本各地の公害被害地をめぐり,富山にも来たというものだが,アジア諸国の経済発展に伴って今後ますます当地に対する関心が高まってくる。最近中国でのイ病発生が報道されたが、この面での交流・情報提供が益々重要となってくる。その他神奈川大学法学部の講師・学生、大門町の議員・町長らも来館して正力喜之助団長の銅像に献花された。
4 弁護団員の逝去
 長年にわたり弁護団員として活動してきた榊原匠司,大野康平両団員が逝去され,8月6日偲ぶ会を行い,今後の活動の発展を誓った。

第4 汚染農地復元関係
1 概要
 地域指定面1,500.6ha(このうち、復元対象地が969.6ha・復元除外地が531ha)
 第1次復元面積91.2ha(84年度終了)、第2次面積441.5ha(04年度終了)、
 第3次面積436.9ha(現在継続中)。
 02年年5月には、富山県より現在実施中の第3次復元事業が当初の計画から4年遅れ08(平成20)年換地完了との見通しが示された。事業予算が02年年に下がって以降伸びておらず、一層精力的に予算を確保して事業を促進することが望まれる。
2 市街化区域内農地の復元について
 市街化区域内のカドミ汚染農地については、これまで復元除外地として汚染田のまま放置されてきた。しかし、いつまでも汚染米が生産されるべきではなく早期に汚染田を解消すべきであるとの住民側の要望の下に、02年年には県庁内の担当部局が集まってワーキンググループが設置された。そして昨年9月に県から、市街化区域復元の前提条件として「具体的な開発の見込みがない地域において」かつ「相当期間農地として利用する旨の誓約」が得られたものについては復元工事を実 施するとの考えが示された。今後これらの区域について具体的対策が進められることになった。
3 カドミ汚染米の政府買上げについて
 カドミウム汚染米(カドミウム濃度0.4ppm以上1.0ppm未満の米)は、これまで政府備蓄米として買上げられてきたが、食糧法の改正により昨年から政府の買入れが入札方式になったため、県で生産防止計画を作って結果的に生産された汚染米のみが全国米麦改良協会によって買い上げられることとなった。神通川流域のカドミ汚染米は、富山県が行っている客土等の恒久的対策が特認事業とされるため、すべて 米麦改良協会によって買上げられることになった。しかしこの制度は、CODEXの議論を踏まえた食品衛生法基準値改訂までの暫定的なものであるため制度として不安定なものであり、その意味においても一日も早く復元が完了されなければならない。