公害弁連第38回総会議案書
2009.3.29  東京
【2】 各地裁判のたたかいの報告(ダム・干拓問題)
〔2〕 黒部川排砂被害訴訟 報告
黒部川排砂被害訴訟弁護団
弁護士 坂本義夫

第1  一審判決
 2008年11月26日、富山地裁は、関西電力株式会社に対し、黒部川河口東の海域で操業するワカメ栽培組合に対して約2,730万円を支払うよう命じる判決を言い渡した。

第2  事件の概要
1  本件は、関西電力が黒部川上流部に建設した「出し平ダム」から排出されたヘドロ等の有機物が海底に堆積し、黒部川河口以東の海域においてヒラメやワカメが獲れなくなったとして、同海域で操業する漁業者らが、排砂の差止めや損害賠償等を求めた訴訟である。
2  出し平ダムは、ダム湖底の土砂を排出(排砂)する機能を備えた全国的にも珍しいダムである。関西電力は、91年12月から08年7月までほぼ毎年のように計16回の排砂を行い、これまでに、東京ドーム5.5杯分にものぼる合計679万立方メートル(ただし関西電力発表値であり、実際はもっと多い)の土砂・ヘドロその他の有機物を排出してきた。なお、01年からは、国交省が下流に建設した排砂ゲート付の「宇奈月ダム」と連携して排砂を行っている。排出された有機物は、東向きの海流にのって黒部川河口以東の海域(被害海域)に流れて堆積し、海底を泥質化させた。
3  被害海域は、水深30〜40メートル以内の遠浅が黒部川河口から北へ1〜1.5キロメートル、東へ約15キロメートルにわたって帯のように続く場所であり、かつては全域にわたって砂地の好漁場であった。遠浅の先は急激に落ち込む谷となり、漁業者らはこれを「ヒラメの通り道」と呼んでいる。
 排砂による泥質化の影響を特に受けたのは、ヒラメなどの底物を対象魚とする「刺し網」漁業とワカメ養殖であった。刺し網漁業者はヒラメ、クルマエビ等の漁獲が激減して減収を余儀なくされ、ワカメ栽培組合は壊滅的打撃を受けて98年以降操業を休止している。
4  刺し網漁業者13名とワカメ栽培組合は、02年12月4日、関西電力を被告として、排砂の差止めと海底のヘドロ等の除去、損害賠償を求める訴訟を富山地裁に提起した。
 富山地裁は04年8月、排砂と漁業被害との因果関係を調査するため、公害等調整委員会(公調委)に原因裁定を嘱託した。これを受け公調委は07年3月、①刺し網漁業(魚類)の不漁は出し平ダムの排砂の影響によるものとは認められないが、②養殖ワカメの不漁は出し平ダムの排砂がワカメの生育環境を悪化させたことによるものである、とする原因裁定を行った。
 富山地裁は、公調委の裁定を是認する形で前述の判決をし、ワカメ栽培組合の損害賠償請求の一部は認めたが、排砂差止め・ヘドロ除去の請求と刺し網漁業者の損害賠償請求を棄却した。
5  なお、本件訴訟と表裏の関係にあり争点の1つにもなった重要問題として、富山県漁業協同組合連合会(県漁連)による関西電力からの漁業被害補償金受領問題がある。県漁連は、初回排砂直後の92年から数年間にわたり関西電力との間で漁業被害補償にかかる交渉を行って合意を得、96年に一時金として29億8,000万円!を受領し、95年以降毎年7,000万円の年金を関西電力から受領している(一時金と年金の総額は、08年までで39億6,000万円!)。
 このうち、漁業被害の補償に回されたのはわずか4億8,000万円にすぎず、県漁連は、その余の34億8,000万円について、「富山県全体の漁業振興対策費であり、排砂の被害補償金ではない」として、被害漁業者に支払おうとしない。そこで本件の原告らは、本件とは別に県漁連を相手として、受領金員の交付請求訴訟を行っている。

第3  判決の意義・評価
1  漁業行使権を正面から認めたこと
 本判決は、漁協が有する「漁業権」とは別に、個々の漁業者の「漁業行使権」(漁業を営む権利)を物権的権利として正面から認めた点で高く評価できる。
 これにより、まず、漁業権放棄に対する補償問題との峻別が図られた。
 例えば発電所等の温排水により漁業被害を被る海域においては、通常、漁協が漁業権を放棄し、その代償として電力会社から補償金を受領している。ここでは、個々の漁業者の損害填補については漁協内部における補償金の分配問題として処理されてしまう。
 本判決は、このような漁業権放棄の場合とは区別して、個々の漁業者の漁業行使権を認め、排砂を漁業行使権の侵害ととらえて不法行為責任・損害賠償請求を正面から認めたものである。
 次に、物権的権利としての漁業行使権を認めた点が重要である。
 物権的権利としての漁業行使権を認めたことで、損害賠償のみならず侵害行為の差止め・排除請求が基礎づけられることとなった(もっとも、結論的には排砂差止めもヘドロ除去も認めなかったが)。
2  因果関係を一部認めたこと
 次に、本判決は、養殖ワカメの不漁と排砂との間の因果関係を認めており、この点も評価できる。判決は、排砂により本件被害海域のうち水深20メートル以浅の浅海域に有機物が堆積し、それが海中に舞い上がりワカメに付着するなどしてワカメが減少・死滅したとした。
 このメカニズムが認められたことにより、他の海藻類への同様の悪影響さらには魚類への派生的な悪影響を立証する手がかりを得ることができた。
 また、排砂の影響を調査検討する組織として関西電力などが設置した「黒部川ダム排砂評価委員会」(評価委員会)は、これまで、排砂による悪影響はワカメも含めて「ない」と報告してきたが、本判決は、同委員会のこれまでの評価・報告が誤りであることを示すものともなった。

第4  判決の問題点
1  刺し網の漁獲減少との因果関係を認めなかったこと
 もっとも、判決は、水深20メートルから100メートル(中深海域)の底質の泥質化を認めず、ヒラメ等の漁獲減少(=刺し網漁業者の損害)と排砂との因果関係は認められないとした。
2  排砂の差止めを認めなかったこと
 また、判決は、排砂がワカメ栽培組合の漁業行使権を侵害していることを認めたにもかかわらず、排砂の差止めを認めなかった。判決は、その判断の理由としてワカメ栽培組合が操業を「廃止」したことを挙げ、黒部川出し平ダム排砂影響検討委員会(検討委員会。評価委員会の前身)の提言を尊重して排砂をしていく限り、排砂の差止めまでは必要ないと言う。
 しかし、ワカメ栽培組合は操業を「廃止」したのではなく「休止」しているのである。しかも操業できなくなった原因は排砂にあるのであるから、操業していないことは差止めを認めない理由にはならない。また、関西電力は検討委員会の提言に従ってこれまで排砂してきたと主張している。つまり同委員会の提言に従った排砂をしてきたにもかかわらず、浅海域が泥質化しワカメが不漁となったのである。同委員会の提言を尊重すれば排砂してもよいという裁判所の判断には、まったく理由がない。
3  ワカメ栽培組合の逸失利益を限定したこと
 また、ワカメ栽培組合の逸失利益を操業休止から5年分(03年まで)しか認めなかった点も問題である。

第5  控訴へ
 05年以降、被害海域(黒部川河口の東海域)ではあいかわらずヒラメの不漁が続いているのに対し、河口の西海域では記録的な豊漁となっている。このような顕著な差が生じる原因は、排砂しか考えられない。
 原告らは控訴した。関西電力も控訴しており、闘いの舞台は名古屋高裁金沢支部に移された。
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