【1】 基調報告
第3 公害弁連の今後の方向と発展について
−公害被害者の早期救済、公害根絶とともに、新たな環境問題への取り組みの強化を目指して−
1 公害被害者の早期救済と公害根絶のたたかいの更なる前進を
川崎市や東京都に創設されたぜん息患者を対象とする医療費救済制度は、患者・支援者らの運動により多くの患者を救済しつつあるが、未だこの制度を申請していない患者を申請させる運動を広げるとともに、大阪、埼玉、千葉、その他の自治体にも医療費救済制度を波及させる必要がある。さらに、総会記念シンポジウムのテーマとなっている「新たな大気汚染被害者救済制度」を国に法制化させることが大きな目標である。
ノーモア・ミナマタ訴訟では、政府・与党・加害企業チッソが与党PTの救済案とチッソの分社化により、未救済患者の切り捨てと安上がりの解決とチッソの責任逃れを図っている。このような策動に断固反対し、早期に裁判に勝利して、関西訴訟最高裁判決をもとにした司法救済制度を確立するため、ノーモア・ミナマタ訴訟を強力に推進していく。
薬害イレッサ訴訟では、今年結審を迎えることになるため、訴訟を進めることは勿論のこと、勝利判決に向けて運動を高めていくことが必要である。既に734名にものぼる副作用死が出ているにもかかわらず、未だイレッサの使用が続けられているので、これを規制し、さらに抗ガン剤による副作用死被害救済制度を作り、医薬品承認制度のあり方の見直しを求めていく。カネミ油症新認定訴訟では早期に勝利判決を勝ち取り、新認定被害者の真の救済を目指す。
アスベスト訴訟では、泉南アスベスト国賠が今秋にも結審、来春にも判決を迎えることから、公正判決30万署名をやり上げて勝利判決を勝ち取ることが必要であり、判決を梃子にしたアスベスト被害の全面的な救済を求める運動を推進していく。
最後に基地騒音訴訟では、最も激烈な騒音に悩まされている新嘉手納基地訴訟では、最高裁に対し身体的被害を認めさせ、また普天間基地訴訟では、日米政府が基地移転の約束を履行しない現状において、ともに夜間早朝の飛行差止を求めていく。大規模な新々訴訟を提起した厚木基地訴訟、小松基地訴訟、さらに新たな訴訟を目指して準備会を立ち上げた横田基地訴訟では、嘉手納や普天間とも協力して、基地騒音問題の解決を目指して差止請求、将来請求、制度要求の新たな展開を追及する。さらに、米軍再編により騒音の激化が予想される岩国基地で始まる基地騒音訴訟に対し、すべての訴訟団、弁護団が結集して協力していく。
2 大型公共事業等による環境破壊を止めさせる取り組みの強化を
100年に1度と言われる世界的な不況の中、不況からの脱却を名目の下に環境破壊の無駄な公共事業が増大するおそれがある。大型公共事業に反対して環境を守り、再生するたたかいが粘り強く取り組まれている。
先ずは、今年こそ諫早湾潮受堤防の排水門の開門を実現して、諫早湾、更には宝の海である有明海を再生させ、漁民や沿岸の人々の暮らしを取り戻すため全力を尽す。
川辺川ダムに対するダム計画を完全に打ち砕き、やま・かわの自然を破壊から守り切る。さらに、全国に無駄なダム計画の中止を求める運動を広げていく。
高尾山では、崩れ易い地盤にもかかわらずトンネルの先進掘削が始まっているが、すでに一部崩落や地下水への影響を見られる状態であり、本体の工事差止訴訟や裏高尾・高尾山の事業認定取消訴訟を通じて、国等が道路建設の必要性を説く「交通需要予測」や「費用便益マニュアル」の誤りを明らかにして、訴訟の勝利を目指す。さらに、広島国道2号線訴訟、大阪第2京阪道路公害調停事件、西東京市計画3・2・6号線建設差止訴訟等の全国の道路反対運動と連携し、大気汚染裁判の運動とも協力し合って、高尾山の自然や住民らの生活環境をはじめ、全国の道路沿道住民の生活を守るたたかいを繰り広げていく。すでに自動車生産台数は減少に転じ、地球温暖化防止のためにCO2削減が地球全体の課題となっているときに、道路特定財源によって税金をつぎ込んで無駄な大型道路を建設する従来の政策を止めさせ、車依存社会からの転換が図られるべきである。
今年は、環境影響評価法(アセス法)施行後10年目の見直し時期を迎えて作業が進められている。しかし、アセス法の施行にもかかわらず、良好な生活環境、自然環境が破壊され、生物の多様性の保全にとって危機的な状況が生じている。アセス法の改正にあたっては、対象事業を拡大させ、アセス審査会等の第三者機関による審査で信頼性を確保し、情報公開を踏まえた市民参加を図り、団体訴訟の導入を含む争訟手続を拡大かつ容易にし、事後監視手続を定めるなど、実効性あるアセスメント制度の実現を図るべきである。そのためには、「事業アセス」だけでは十分ではなく、「戦略的環境アセスメント(SEA)」の導入が必要がある。
3 公害弁連のたたかいの経験をふまえて、新たな取組みを
公害弁連は、全国の公害事件弁護団を糾合してその被害者・弁護団・支援者の団結の力で、約40年にわたって訴訟や全国公害被害者総行動をはじめとする運動を展開し、被害者の救済と公害の根絶を目指し遂行してきた。これまで、四大公害訴訟にはじまり、水汚染・大気汚染・騒音・薬害・予防接種・食品公害・廃棄物等の裁判をたたかってきたが、最近では、大型公共企業に対する訴訟が公害弁連の中心的な役割を果たしつつある。また、公害・環境訴訟の中には、自然保護や景観訴訟、肝炎訴訟など公害弁連に所属することなく、活発な活動によって成果を挙げる事件も増えてきた。公害弁連としては、積極的に加入弁護団を増やして、幅広い事件の弁護団を結集して、これまで培ってきた公害弁連のたたかいの経験を生かしていくとともに、他の公害・環境事件の弁護団とも一層協力関係を深めて、公害の根絶と被害者救済の目的達成に努力していく。2008年度では、大阪じん肺アスベスト弁護団と兵庫尼崎アスベスト弁護団が正式加盟をし、厚木基地爆音訴訟弁護団がオブザーバー参加をした。
アスベスト被害については、もともとじん肺とともに職業病と考えられてきたが、2005年の「クボタショック」以来の関心の高まりの中で、工場周辺の住民に対するアスベスト被害が確認され、公害事件として2006年5月に大阪・泉南アスベスト国賠訴訟、2007年に兵庫・尼崎アスベスト国賠訴訟が提起された。前述のように、大阪・泉南アスベスト訴訟は、今年中に結審される見通しであり、2008年5月、6月に提起された首都圏建設アスベスト訴訟や今後も予想される新たなアスベスト国賠訴訟の先陣を切って、アスベスト被害に対する国の責任を問う重要なたたかいとなる。そのため、公害弁連は、全国公害被害者総行動実行委員会とともに、首都圏建設アスベスト訴訟を推進しているじん肺弁連とも協力しつつ、勝利判決を目指して30万人署名等の大きな運動を展開し、アスベスト被害に対する国の責任を認めさせ、それを踏まえて国に対して「石綿新法」を被害に見合った救済規定を入れるように改正させ、さらには今後のアスベスト被害の防止施策の確定を求めていく。
4 公害地域再生の取り組みに前進を
昨年提訴40周年の記念集会を実施したイタイイタイ病訴訟では、加害企業であった神岡鉱業の社長が講演し、訴訟団・弁護団・学者らの協力のもとに、廃液処理をほぼ自然界のレベルにまで達成したことなどを報告した。農地復元の完了とともに、公害の根絶と地域再生という公害弁連の目的達成にあと一歩まで迫っている。また、大気汚染でも公害根絶と地域再生(まちづくり)の取り組みが行われている。先ず、環境省中央審議会への諮問にまで漕ぎ着けたPM2.5の環境基準の設定については、米国やWHO並みの厳しい環境基準の早期設定が当面の運動の目標となる。これを踏まえて、大気裁判の各原告団、弁護団は国との「連絡会」を通じて、ロードプライシング等による大型車削減方策の実施や道路沿線の環境改善を迫る運動を展開していかなければならない。なお、今年11月22日、23日に、「環境再生から地域づくりへ」をテーマに開催される日本環境会議尼崎大会にも積極的参加して、公害地域の再生にむけた取り組みを強化することが必要である。
5 地球環境問題、アジア諸国との交流の取り組みの強化
地球温暖化問題は、今年12月のコペンハーゲン会議(COP15、CMP5)において中期削減目標及び制度枠組の取決めを実現するために①大口排出源に対し削減目標を義務化させて、2012年にまで迫った現在の削減目標を達成させる、②日本政府に対し、IPCCが求める2020年に1990年比25%〜40%削減の中期削減目標を設定させるといった運動を強化していく必要がある。これまで同様に公害・地球懇談会を中心とした諸団体と協調しつつ、「MAKE the RULEキャンペーン実行委員会」とも連携して、大きな運動を組んでいく。
一方、輸入食糧の農薬汚染や黄砂、酸性雨など、中国をはじめとする隣国の環境汚染がわが国の環境にも直接に影響を及ぼしている。いまや一国のみで環境問題を解決することはできず、日・中・韓の三国、さらには東アジア全体の諸国とともに連携して環境問題について討議し、解決していくことが必要である。これまで公害弁連では、2回にわたって「日韓公害・環境シンポジウム」をソウルで開催したり、「公害被害の救済と根絶に向けた日中弁護士交流会」を大阪で行ってきたが、今年は、11月20日、21日に京都で開かれる「第9回アジア太平洋NGO環境会議」(APNEC−9)に協力して、アジアとの交流を深めていきたい。また、公害弁連では日本環境法律家連盟と協力して、韓国修習生による「日本の公害・環境訴訟」の研修を行ってきたが、今年も要請があれば例年通り実施する予定である。