アスベスト公害に対する国・企業の責任を問う

弁護士 八木和也

 昨年の5月8日、アスベストが原因で家族を亡くされた遺族ら4名が、神戸地裁に対し、クボタと国を相手に損害賠償を求める訴えを提起しました。
 被害者らは、いずれも中皮腫と呼ばれるアスベスト特有の癌で亡くなっており、かつ、職場でアスベストを使用した経歴を持たず、アスベスト工場周辺に居住歴又は勤務歴を有する方たちでした。
 アスベスト被害は、大きくは労災型と公害型の二つの類型に分かれるのですが、この裁判では、アスベスト公害という側面に対する国と企業の責任が問われることになりました。
 アスベストは、戦前(1940年)に実施された旧内務省所属の助川医師による調査の中で、人体に有害であることから速やかなる予防と対策が必要であるとの指摘がなされておりました。
 にもかかわらず、戦後わが国では、アスベストの産業的有用性のみが着目され、「魔法の鉱物」とみなして、官民あげてアスベスト社会の建設に邁進してきました。
 アスベストが使われている製品の名前をあげればきりがなく、水道管や自動車のブレーキ、船舶や工場プラント、学校の校舎や病院などの建物の他、身近なところではトースターやドライヤーなどにもアスベストが使われていました。
 他方で、戦後、アスベストの有害性に対する知見は深化をみせ、各国でアスベストが原因の肺がん及び中皮腫の発生が報告されるようになり、1960年には周辺住民にも中皮腫が発生するとの報告がなされ、1970年には、わが国でも、アスベストが原因の肺がん患者が報告されるなど、アスベストが人を死に至らしめるおそれのある「キラーダスト」という側面を併せ持つものであることが認識され始めました。
 そして、1972年には、WHOの国際がん研究機関(IARC)でアスベストの発癌性が認められ、これによりアスベストが癌原性を持つ極めて危険な鉱物であるとの知見が確立しました。
 こうして、国と企業は、産業的有用性を犠牲にしても尊い人命を守るためにアスベストの使用を禁止するという選択をするか、それとも人命には目をつむって経済成長至上主義を貫くのかという、いつもの選択を迫られました。
 言うまでもないことですが、国と企業は、あらゆる公害問題と同様、アスベスト問題でも「愚かな選択」をし、その後もこの「愚かな選択」を維持し続けました。
 つまり、国は、この相反する問題に対し、(1)アスベストの代替製品が開発され、その製品が一般的に普及すること (2)アスベストの在庫が一掃されてアスベスト企業が損害を被らないことの二点が完全に確認された段階でアスベストの使用を禁止し、それまでは注意をうながしつつも使用は続けさせるという選択をしたのです。
 具体的には、国は1971年に初めてアスベストの吹き付けのみを禁止し、それ以外の方法による使用を認め、大気への放出にはなんらの規制も施しませんでした。1989年になって、ようやく工場の敷地境界基準の設定を行いましたが、アスベストの使用そのものは認め続け、1995年になって、ようやく毒性が強いと言われる青石綿の使用が禁止され、それ以外の石綿にいたっては2004年になってからようやく使用禁止が実現しました。
 つまり、発癌性の知見確立から使用禁止まで実に32年もかかったということです。なお、1992年に、社会党がすべてのアスベストの使用を原則禁止する法律案を提出しましたが、与党はこれを廃案にしてしまいました。
 この結果、30年以上にもわたって、アスベスト工場からは大量の「キラーダスト」が大気中に放出され続け、なんらの罪もない周辺の住民がこの物質を吸い込み続け、数十年たったのちに癌を発症し、わずか数ヶ月の後に亡くなるという悲劇が続発する結果となりました。
 環境省の推計によると、2006年からの5年間で肺癌・中皮腫の死亡者数は1万5千人を超えると予想されており、また、村山武彦早稲田大学教授の推計によると、2000年からの40年間で中皮腫だけの死亡者が10万人に昇るとも予想されています。
 この裁判は、遺族らの被害回復はもちろん、今後も発生が避けられない多数の潜在的アスベスト公害被害者の完全なる救済を実現することに加え、国の経済優わたって、アスベスト工場からは大量の「キラーダスト」が大気中に放出され続け、なんらの罪もない周辺の住民がこの物質を吸い込み続け、数十年たったのちに癌を発症し、わずか数ヶ月の後に亡くなるという悲劇が続発する結果となりました。
 環境省の推計によると、2006年からの5年間で肺癌・中皮腫の死亡者数は先・人命軽視の政策を断罪することを目的にしております。
 全国じん肺訴訟、C型肝炎訴訟と、昨年から勝訴判決と世論を梃子にして政治を動かし、抜本的な解決を図るというダイナミックで歴史的な快挙が続いており、この勢いを維持するためにも、このアスベスト問題に対して全力で取り組んでいきたいと思います。
(このページの先頭に戻る)