東京大気汚染公害裁判の全面解決にあたって

弁護団長 鶴見祐策

1  東京高裁の勧告から和解まで集中的に展開された大衆運動は,11年間の裁判闘争のまさに総仕上げの感があった。原告患者と支援者による裁判所と自動車メーカーを包囲する闘いには刮目させられた。高裁の所見には,この裁判に託した原告患者の思いにつき異例の言及がなされている。これも大衆的な運動の反映であろう。
  メーカーによる解決金の負担は少ない。メーカーは汚染の元凶である。その責任の重さと均衡を失する。それは誰しも思うに違いない。謝罪と賠償を求める原告には容認できるものではなかった。しかし,原告団は,全員の真剣で率直な討議を重ねて高裁の勧告を受け入れた。
  東京大気汚染公害裁判は,ディーゼル車の排気ガスによる呼吸器疾患に苦しむ大勢の人々が漏れなく等しく救済される医療費の助成制度が創設されること,国や東京都はもとより自動車メーカーも含めて公害防止対策の責任が将来に向かって全うされること,そして「東京に青い空きれいな空気」を取り戻し,健康で快適な生活環境を次の世代に引き継ぐことを願って提訴されたのである。
2  原告団は,公害被害補償法から排除され,呼吸器疾患に苛まれながら,重い医療費の負担に苦しんでいる大勢の未認定患者がいること,それらの人々が1日も早い医療費救済を待ち望んでいること,その現実に思いをいたしながら初心に立ち戻って,この和解受諾の決意をされたとのことである。その思想性の高さに敬服させられる。和解期日の終結にあたり高裁と地裁の裁判長からもとくに同様の発言がなされている。
  裁判闘争の掉尾を飾るにふさわしい見事な団結が示されたと思う。和解受諾の「苦渋の選択」は原告ではなく被告国,自動車メーカーらのものであった。
  この原告団の懸命の闘いに共感して熱烈な支援を最後まで寄せられた大勢の人々がおられる。物心ともに援助を惜しまなかった医療団体,民主団体,労働組合の存在も極めて大きい。弁護団もこれに貢献をしたと思う。
 原告を中心に支援と弁護士の団結が獲得し得た大きな成果であった。それが実感である。そして闘いに参加した皆に共通の誇りであろう。
3  もちろん今後の課題も多い。公害防止の多角的な対策や医療費助成のための連絡協議を新たな先例として成功させなければならない。
  とりあえず新しい救済制度の周知徹底が急務といえよう。制度の埒外におかれるぜん息患者が一人でもあってはならない。救済申請の必要を個別的に漏れなく知らせる必要がある。
  その際に新制度が行政による「恩恵」ではなく,原告患者たちが自らの利害にとらわれず命懸けで闘いとった「権利」であることも広く伝えることが必要と思う。