有明海 公金支出差止住民訴訟
弁護士 塩澄哲也
1 干拓工事の終了時期と事業の終了時期は同じではない
諫早湾干拓工事は、深刻な漁業被害を生み出したまま、本年夏頃には終了しようとしている。しかし、諫早湾干拓事業は、土地改良法に基づく農地造成のためのものであり、たとえ干拓工事が終了したとしても、干拓農地で営農を希望する農業者に対して、干拓農地を割り当て(「配分」)なければ事業は終了しない。また、干拓農地の配分だけでなく、干拓工事によって作られた潮受堤防や調整池の管理を誰がどういう負担割合で行うのかを決めなければ事業は終了しない。
2 事業終了に向けて農水省が抱える大きな矛盾
土地改良事業である諫早湾干拓事業の事業目的は優良農地造成にある。しかし、優良農地造成という事業目的には全く合理性がない。事業目的に合理性がないということは、干拓工事が終了しても、干拓農地で営農する農業者がまともに集まらないことからみて明らかである。ここに大きな矛盾がある。
この矛盾を隠蔽するために、農水省は長崎県とともに、次のような手を打ってきた。まず、(1)干拓農地は、直接に農業者に配分するのではなく、長崎県が100%出資している県農業振興公社(以下「公社」という)に一括して配分する、(2)その配分負担金約53億円は長崎県が公金を支出して賄う、(3)その上で、公社には一括配分を受けた干拓農地を格安で農業者にリースさせ、さらに農業者に対しては長崎県が至れり尽くせりの支援を約束して農業者を集める、というものである。
また、調整池の水質問題も深刻である。調整池の水質は保全目標を達成する見込みすらない。このままでは20年間で5500億円の巨費を投入してもなお水質が改善しない岡山県の児島湖の二の舞になる可能性がある。調整池についても、長崎県や諫早市がかなりの財政負担を強いられることは明らかである。
3 干拓農地リース事業への公金支出差止訴訟の提起
我々弁護団は、佐賀地裁において、諫早湾干拓事業を差し止めるべく裁判を進めてきたが、訴訟の目的を事業差止から潮受堤防撤去に変更し、工事が終了しても戦い続けることができる枠組みを確保した。
同時に、事業終了に向け農水省が抱える矛盾にくさびを打ち込むべく、昨年8月に干拓農地リース事業への長崎県の公金支出を差し止める新たな訴訟を長崎地裁に提訴した。
論点は大きくいって2つある。第一の論点は3つの土地改良法違反である。
つまり、(1)そもそも公社に一括して全ての干拓農地を配分することは許されない、(2)実績もなく体制も整っていない公社は農水省の内部基準にすら合致していないので配分を受ける資格がない、(3)公社はダミーで、実際には土地改良法上配分を受けられない長崎県が配分を受けるに等しいから脱法行為であるというものである。
第二の論点は、地方自治法や地方財政法の「最少の経費で最大の効果」原則に違反しているというものである。(1)そもそも営農の可能性はないのであるから、無理に営農を成功させようとすると、長崎県は際限のない支援をしなければならなくなる、(2)仮に干拓農地での営農が成功するとしたら、それは県下の他の農業者を切り捨てることに繋がる、(3)過去の干拓事例で、当初の予定通りに営農がうまくいった例は一つもなく、また、各干拓地の地方自治体が多大な出費を余儀なくされている現状にあるから、長崎県が、諫早湾干拓農地だけは例外であるということを証明しない限り、長崎県の厳しい財政事情の中で、最少の経費・最大の効果の検討を尽くしたことにはならない、などというものである。
4 公金支出差止訴訟提起後の状況
長崎県は、公社が干拓農地を一括取得して農業者にリースすることを何が何でも推し進めるべく、今年の3月に、公社が農林公庫から50億円を超える農地取得経費を借り入れ、これに対して長崎県が損失補償をするということ(以下「本件スキーム」という)を明らかにし、県議会でも同意された。
しかし、本件スキームでは、公社の長崎県に対する元金の返済が開始するのは、離農者が出ず、滞納なくリース料収入があるという前提に立ったとしても、25年先からであること(それまでは農林公庫と長崎県への利息の支払いにしか充てられない)、25年先の元金支払いが開始されるかどうかについても現実味がないこと、公社は、返済原資について、リース料の値上げや公社事務経費の削減、あるいは、干拓農地の売却によって捻出するしかないが、いずれの方法も採用できないことなどを、我々は準備書面で明らかにした。
我々の指摘に対して、長崎県は、何と4ヶ月も経たないうちに、負担の軽減について新たに国との間で協議中であることを理由に、反論書面の提出を延期した。
我々が新たなスキームを調査したところ、従来、農林公庫から約2%の利率で借り入れる予定であったものを、その6分の5については、無利子で全国土地改良資金協会から借り入れるということが判明した(品目横断的経営安定対策等支援事業による6分の5の無利子融資制度)。
しかし、この新たなスキームに対しても、本件のようなケースには適用の余地はなく、仮に適用するのであればそれは目的外流用に他ならないこと、貸付から回収完了に至るまで100年を要し、従前のスキームの問題点を全く解消できていないことが判明したので、我々は、早速7月30日の期日で上記の点を指摘した。
9月10日の次回期日で結審するのはほぼ確実であり、我々弁護団は、年内に長崎地裁で勝訴判決を勝ち取り、佐賀地裁での勝利につなげていきたいと考えている。
※ 本紙で写真に誤りがありました。謹んでお詫び申し上げます。