チッソ分社化を許さない
〜与党案廃案への闘い
弁護士 板井俊介
1 加害者を救済する本末転倒の法案
現在、水俣病の原因企業であるチッソが、「分社化」することで水俣病に関する責任から法的にも解放されることを目論んでいる。
2009年3月13日、与党自民党及び公明党が衆議院に提出した「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案(以下「与党法案」という)は、その8条以下でチッソが分社化することを認めている。
この与党法案は、形こそ水俣病被害者の救済を謳ってはいるが、その実体はチッソを水俣病認定患者に対する賠償責任、未救済患者に対する賠償責任から完全に解放しようとするものであり、被害者救済の犠牲の上に成り立つ究極の加害者救済策にほかならない。まさに、本末転倒の法案である。
与党法案に対する批判は、近時発行した「チッソは水俣病被害者と地域に責任をもて!〜チッソ分社化批判〜(全国公害弁護団連絡会議編)」で行っているので、これを参照されたい。
2 加害者側による談合法案
2004年10月の水俣病関西訴訟最高裁判決で水俣病拡大の責任を断罪された国及び熊本県は、本来であれば、水俣病被害者に対して、すべての潜在患者に対する賠償責任を負うと共に、未だ手を挙げられずにいる多くの被害者の全てを探し出して救済すべき社会的責任を負っている。
ところが、国及び熊本県は、被害者を掘り起こす悉皆調査も行わないまま、平成7年に続く第二の政治解決策の実現を目論んだものの、加害企業チッソに政治解決策受け入れを拒まれた。そして、あろうことか、チッソの分社化要求をそのまま呑み込み、公健法上の地域指定の解除という文言まで付加して法案化した(第7条)。まさに、加害企業チッソと加害者である国及び熊本県が、それぞれに責任を回避しながら行った談合の結果できあがった法案が与党法案である。このような法案が患者救済を第一に考えた案であるとはおよそ考えがたい。
3 民主党案と世論の動向
一方で、本年4月17日、民主党も独自の法案を参議院に提出している。同案は、最高裁判決を尊重すると述べるものの、環境大臣による認定を旨とし、申請期限を5年とするもので「すべての被害者」を「恒久的」に救済するためのものとも言い切れない可能性を孕むものである。
また、日弁連も独自の法案を発表し、民主党案の不十分な点を浮き彫りにしている。
このような状況の下、多くのメディアは、これまでの水俣病問題の歴史に立ち返り、被害者の救済を中心に据えた議論が必要であるとの認識で一致しており、被害者救済の哲学に基づいた政策が必須との世論が高まっている。
もっとも、すでに議論の場は国会に移った。現状においては、政治解決策ではなく、法律によるチッソ分社化実現に走り出した政府が、民主党を取り込む動きに対して、いかに被害者自身が声を上げ、未だ名乗りを上げられない被害者が多数いるかを訴え、被害者切り捨てを許さない議論の土壌を作ることが最重要のテーマである。
なお、6月12日付け報道によると、同日行われた与野党協議において、与党側がチッソ分社化はそのままに、「地域指定解除」を法案から削除するという妥協案を提示した。しかし、チッソ分社化は被害者切り捨ての具現化であり、このような法案では本質的解決にならないことは勿論である。
この情勢を受け、今後とも東京と熊本、新潟を中心とした運動を展開しなければならない。各被害者団体及び弁護団、支援者各位におかれては、今後とも、叱咤激励を頂ければ幸いである。そして、ノーモア・ミナマタの言葉通り、すべての被害者が救済される制度構築の日まで頑張り抜く所存である。