巻頭言
「公害被害の救済と根絶に向けた日中弁護士交流会」に参加して
代表委員 弁護士 中島 晃
1 今年3月28日、大阪で、「第一回公害被害の救済と根絶に向けた日中弁護士交流会」が開催され、私は公害弁連を代表して、日本での公害裁判の経験について報告を行った。
中国は、いま改革・解放の名のもとに、日本の60年代での高度経済成長を上回るテンポで、急速な経済発展を遂げている。しかし、その一方で、深刻な環境破壊と激甚な公害被害を生んできている。こうした公害問題をひきおこしている点でも、中国はいま、日本の60年代と全く同じ様相を呈しているということができる。こうした状況のもとで、中国で律師と呼ばれる弁護士たちが、まだ少数ではあるが、被害の救済と公害の防止に向けて、献身的に裁判に取り組み、少なからぬ成果を上げてきている。
今回の日中弁護士交流会は、王燦発律師(中国政法大教授)など中国の弁護士が、日本での公害裁判の経験を学び、これを中国での公害裁判に生かしていこうと考えて開かれたものである。
2 私は、当日、「日本の弁護士と被害者達は、公害被害救済と被害防止のためにどのように闘ってきたか」をテーマに、大要次のような報告を行った。
(1)1960年代後半から始まった日本での公害裁判の本格的展開は、被害者のたたかいを敗北から勝利へと大きく転換することになった。しかし、そのたたかいの前史には、足尾鉱毒事件にみられる、苦難の歴史をきざんだ被害者の歩みがあった。
(2)公害裁判に向けた取り組みの課題として、公害被害の救済と根絶に意欲と情熱を燃やした弁護士をいかに幅広く結集するかということと、医師や研究者との共同の取り組みを進めて、被害者の掘り起こしをどのように進めるかということが重要である。
(3)弁護団は被害者救済のための法理論の構築に取り組み、疫学的因果関係の活用、民法719条を活用した共同不法行為責任の追及、予見義務の高度化と汚悪水論の展開、被害者全員の一律平等救済のための包括的一律請求等の法理論を構築してきた。
(4)公害裁判に取り組むため、全国各地の弁護団による共同の研究活動を積み重ね、また医師、科学者、研究者を組織して、共同の研究調査に取り組むとともに、被害者との団結・共同の取り組みを強化し、広範な国民世論の形成のために支援運動の拡大・強化をすすめてきた。
(5)公害裁判で勝利するための条件として、「公害裁判は被害に始まり被害に終わる」といわれているが、それは弁護団が被害者の苦しみを真剣に受けとめ、ともに涙を流すことに始まり、被害者が法廷の内外で被害の深刻さを訴え、それが裁判官の心をとらえ、国民世論をゆり動かすことである。
(6)日本では、公害裁判で被害者が勝利をしたことが、公害防止のための法律制度を改善・整備するうえで、大きな原動力となり、また公害健康被害補償法の制定など被害救済のための制度をつくる重要な契機となった。
以上のほか、公害裁判に取り組むための費用や判決をうけて行われる加害企業との直接交渉や国に対する働きかけ等の判決行動の重要性についても報告した。
3 私の以上のような報告に対して、中国側の弁護士から、次のような質問が出され、活発な意見交換がなされた。
(1)日本では公害裁判に多数の弁護士が取り組み、大きな弁護団が結成されているが、それはどうしてか。中国では、金もうけに走る弁護士も多く、公害裁判に取り組む弁護士が少数にとどまっている。こうした状況を変えるにはどうしたらいいか。
(2)日本では、包括的一律請求ということで裁判所でかなり高額な慰藉料が認められているが、そのことについてもう少し詳しく説明してほしい。中国では、公害裁判でも個別の被害を一つ一つ立証して、はじめて損害賠償が認められる。
このため、なかなか慰藉料などで高額の賠償を認めさせることが困難である。
中国の法律制度についていうと、不法行為に関しては、日本の民法とほぼ同じ規定がもうけられており、そのうえ、中国の最高裁判所は、日本の不法行為に関する判例理論をもとに、具体的な解釈基準を下級裁判所に通達として示している。
したがって、公害被害の救済に関する法律制度そのものは、中国の法律が日本と比較して特におくれているというわけではない。問題は、こうした制度を活用して、被害の救済と根絶に向けた取り組みをいかに強めていくか、どれだけ多くの弁護士が公害問題に取り組み、積極的な役割をはたしていくかであり、中国はいま、公害裁判に取り組む弁護士の組織化とその力量を強化していく発展過程にあるということができる。
日本での公害裁判の取り組みは、世界の公害環境問題の歴史のなかでも、稀有な経験であり、非常に貴重な意義をもっているということができる。とりわけ、中国や韓国をはじめとするアジアの国々に、日本での公害裁判の取り組みの経験と教訓を伝えていくことは、きわめて重要であり、緊急の課題でもある。
こうした日本での公害裁判の取り組みの経験を日本国内の若い世代にしっかりと伝えていくこと、アジアの国々をはじめ、世界の人々に広げていくことは、これからの公害弁連の重要な役割であると考える。