【若手弁護士奮戦記】
ノーモア・ミナマタ訴訟弁護団に入って
弁護士 小野寺信勝
1 ノーモア・ミナマタ国賠等請求訴訟弁護団に加わって
2006年10月10日に熊本で弁護士登録をしてから早1年が過ぎました。
弁護士登録と同時にミナマタ国賠等請求訴訟弁護団に加わっていることから,弁護団としてこの訴訟に加入してからも1年が経過したことになります。水俣を巡る情勢は私にとってまさに複雑怪奇で,弁護団会議の議論について行くこともできなかったのですが,最近ようやく情勢が見え始めたところでしょうか。この1年を振り返ってみると,弁護団加入当初,いかに自分がこの裁判の困難さ,重みを実態よりも軽く考えていたかを痛感せざるを得ません。
関西水俣病最高裁判決が出され,チッソ・国・熊本県の責任が確定するとともに,病像についても新たな判断条件が示されたことから,最高裁判決後の本訴訟は,この判断を前提として解決できるものだと安易に考えていました。
しかし,その認識はいかに甘いものであるかがすぐに思い知らされることになりました。法廷での訴訟引き延ばしを図る被告らの態度や被害を矮小化しようとする国の施策の数々。むしろこの訴訟では司法救済制度を確立し最終解決を図らなければならないという困難でかつ最先端の訴訟であると認識を改めさせられました。
2 チッソに対する怒り
2007年11月19日,チッソは,与党PTが示した第二の政治解決案に対して,その費用負担を拒否しました。チッソは,株主の理解が得られない,後世につけをまわすことができない等と説明しました。さらには,チッソの悲願である分社化に意欲を示しています。チッソの姿勢からは加害者意識が微塵も感じられません。
私たちは,与党PT案では最終解決とはならないとして,その受入を正式に拒否することを表明していました。これまで地域集会や東京行動等で患者さんと行動をともにし,その被害を垣間見てきました。こうした被害に目をつぶり,自分たちの利益しか考えていないチッソの姿勢には,激しい怒りを感じずにはいられません。
3 全面解決のために
本訴訟の弁護団は,ほとんどが50期代(中でも57期以降がほとんど)という全国的にもかなり若い弁護団です。そのほとんどが水俣病裁判闘争の歴史を経験していません。
しかし,最終全面解決をするのは我々の活動如何にかかっています。そのためにも,互いに智恵を出し合い,時にはこれまでの水俣病裁判闘争に関わった方々からの激しい励ましを受けながらも,困難な情勢をどう打開すべきか真剣に議論し活動しています。まだまだ発展途上の弁護団ですが,暖かくも厳しい支援をお願いします。