よみがえれ 有明海!
小長井・大浦漁業再生請求事件

弁護士 山本哲朗(福岡県弁護士会)

1  はじめに
 「よみがえれ!有明海訴訟」は,巨大潮受け堤防によって締め切られ、破壊された有明海及び有明地域を再生させるために、2002年11月に佐賀地裁に提訴されました。諫早湾干拓工事が完了した現在でも、諫早湾の南北各排水門を常時開放することによって,有明海の環境を改善し、有明海の漁業を再生することを目指して訴訟を継続しており、本年6月27日に佐賀地裁判決を迎えることになっています。
 そのような中、長崎県の小長井漁協及び佐賀県で最も長崎に近い大浦地区の漁民が中心となり、長崎地裁に新たな裁判を起こしました。それが、「小長井・大浦漁業再生請求訴訟」です。今回の「小長井・大浦漁業再生請求訴訟」で注目すべきは長崎県諫早湾内で漁業をしていた漁協に所属する漁民の一部が原告となっていることです。
 彼らは、長らく本件事業の推進派であるとされてきました。不機嫌なジーンというTVドラマを覚えておられる方も多いと思います。
 しかし、彼らの漁場がまさに本件工事の現場となってしまったのですから、彼らは本件事業の着工当初から最も深刻な被害を受けていた漁民たちなのです。彼らに対して国は、堤防工事による漁業被害は小規模にとどまると約束して少額の漁業補償しか行わず、同時に、漁業だけでは生計を維持できなくなった彼らに国の事業を手伝わせてきたのです。
 もっとも堤防閉め切りから11年目が経過してなお、漁業環境は悪化の一途を辿り、国の約束は偽りだったことが明らかとなり、今ようやく有明海沿岸のすべての漁民が有明海における漁業再生を求め、心をひとつにして声をあげる時が来たのです。

2  環境悪化の拡大、漁業被害
 有明海異変と呼ばれる有明海一帯の深刻環境悪化は、豊かな生態系そのものを破壊し、重大な漁業被害を引き起こしています。
 特に、湾内で豊富に採れていた有明海特産のタイラギは工事開始直後の1991年から激減し、2年後には漁獲が全くゼロとなりました。かつては日本最高とも言われた有明産ノリの品質も、2000年12月からのかつてない規模の赤潮の発生に見舞われ大きく低下しました。エビ、カニ、イイダコなどの漁獲も激減し漁が成り立たなくなっており、かつての豊饒の海有明の面影はもはやありません。
 こうした中、多くの漁民たちの生活が行き詰まり、借金を抱えた自殺が激増しその数が数十名にも達するというおそろしい事態まで起きているのです。
 今回の提訴は、こうした厳しい状況下の漁民たちの漁民として生きたいという願いを込めた必死の訴えなのです。有明海を豊かな海に再生しなければ、漁民たちは最後のひとりになっても戦いつづけることは自明です。

3  失敗百選
 このような漁業被害を生んだ諫早湾干拓事業は、すでに文部科学省の外郭団体の科学技術振興機構(JST)がまとめた失敗百選(http://shippai.jst.go.jp/fkd/Search)に掲載されています。
 日本の行政はたしかに縦割りですが、他の省が中心となり進めている現在進行中の公共事業について他の省の外郭団体が失敗であったと断言することは稀であり、本件堤防工事がいかに大きな失敗だったかを物語っています。
 失敗百選の中の東京大学、國島正彦教授の文章の中に、「国はある時期に実施決定した公共事業であっても、社会経済条件の変化について的確に再評価を行うべきである。」「根本的施策を検討してではなく、一時しのぎで事態にあたることは、却って悪循環を招くことがある。」という記載がありますが、この通り、国は被害の現実に目をむけて根本的な対処すべきなのです。

4  開門は有明海をよみがえらせる唯一の道
 では、このような深刻な状況に陥っている有明海をよみがえらせることは可能なのでしょうか。
 このヒントになるのが、ごく短期間で終了してしまった堤防締め切りと漁業被害の因果関係を調査するために行われた開門調査です。この開門調査のあと、死滅していたはずのタイラギの漁獲があがったとか、天然のアサリが増えたといった漁民たちの喜びの報告が多数寄せられました。短期の開門でもこのように効果があるのですから、本格的な開門が実現できれば有明海の海が再生に向かうことは明らかでしょう。
 こうした開門への動きに対して、農水省は安全性が損なわれるとして頑なに反対してきました。ところが、先日、農水省、研究者、公共事業チェック議員の会(鳩山由紀夫幹事長)などを交えた勉強会の席で、安全な開門を実現するための技術的な問題点はお金と時間をかければクリアできるものであることが明らかになり、農水省の反対には理由がないこともわかりました。このように開門への展望は大きく開けています。
 それにもかかわらず、国や農水省が、これまで多くの公共事業に関する裁判で見せたような対応と同様、いつまでも不毛な闘いを続けてきていることには大きな疑問を持たざるをえません。

5  心ひとつに
 このような状況の中、今回の「小長井・大浦漁業再生請求訴訟」が提訴されたことは、非常に大きな意味を持っています。これまで本意ではないにもかかわらず推進派・反対派に分断されてきた漁民達が、今回の提訴によりようやく心をひとつにすることができ、ともに豊かな海を取り戻すために立ち上がったのです。
 さらに、潮受け堤防内の調整池の水質は悪化の一途を辿っており、今後豊かで安全な農産を進めていく上でも、あらたな農業用水確保のしくみを取り入れた有明海地域再生のためのプログラムが必要なのです。すなわち、干拓地及びその周辺で農業を営む者にとっても、開門による調整池の水質改善が必要なのです。
 こうした意味で、今や開門は、有明海沿岸の漁業者、農業者、そしてすべての生活者を含む市民が心ひとつにした願いであるといえるのです。
 たしかに、あいかわらず国は現実を直視せず、いつまでも不毛な抵抗し続けてはいますが、今まで隠されて手に入らなかった資料も少しずつ揃い始めており、遠くない将来判決で開門を命じる日が必ず来るでしょう。
 もっとも、止まらない公共事業による漁業崩壊、地域崩壊、そして有明海の外にまで広がる深刻な環境悪化を、これ以上放置しておくことは許されません。そのためには一刻も早い政治決断が必要なのです。
 私たちは、院内集会や勉強会を重ねるなど多方面への働きかけを強めており、決断を少しでも早めようと全力を尽くしていますので、ぜひともみなさまの熱いご支援を宜しくお願いしたいと思います。
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