小松基地騒音差止等訴訟事件
a 、 小松基地の騒音をめぐる訴訟は騒音被害に苦しむ人々を救済すると同時に、騒音の源すなわち在日米軍及び自衛隊の存在意義を明確に問う闘いでもあり、その意味で平和を求める闘いである。
b、騒音被害に苦しむ人たちにとって、損害賠償を認めるだけでは問題の根本的な解決にならないことを明らかにする。
c、 裁判闘争を続けるにあたって、少なくとも基地周辺住民等に対し前記の訴訟方針を明らかにした上で広く原告団を募る。3 一審での審理及び判決内容
右方針の下、騒音被害に苦しむ地域の人たちを対象にして、原告団募集の説明会を実施した結果、平成7年12月25日原告数1、653名で第三次訴訟、同8年5月21日原告数149名で第四次訴訟が提起され、両訴訟は併合されて審理された。
国の主張を要約すると、類似のこれまでの判決を無視するかのように、原告等の個別被害の主張・立証を求め、差止については民事不適法というものであった。一方、原告等は民事差止の適法性の結論についてはいまだ判例上定まっていないこと、原告等が主張する被害は一定のコンター内に居住するものに共通する最低限のものであること、又生活妨害のみならず身体被害が発生しており飛行差止が認められるべきこと、を主張・立証した。
一審判決は平成14年3月6日に言渡された。その内容は自衛隊機の離着陸によって基地周辺の住民等に会話、電話による通話、テレビ・ラジオ等の視聴、読書等の知的営み、家庭学習、休息などの日常生活の様々な活動を妨害されることによる多大な精神的苦痛及び騒音による不快感・圧迫感・恐怖感・不安感などを覚え、イライラする、怒りっぽくなる等の精神的・情緒的被害を認め、人格権侵害を認めた。しかし、原告等が訴えていた騒音による身体被害については否定した。
他方、民事訴訟による差止の適法性についてはこれを認めた。大阪国際空港訴訟最高裁判決、厚木基地一次訴訟最高裁判決の、離着陸のための管理作用が公権力の行使と一体の特殊のものであるとする「不可分一体論」を排し、法律の明確な根拠なしに周辺住民に騒音受忍義務その他の義務を課し得るのは困難であるとして、周辺住民の受忍義務の存在を否定し、防衛庁長官の行為の公権力性を否定し民事差止の適法性を認めた。
4 控訴審での審理
一審判決は民事差止の適法性及び損害賠償の請求を認めた点では評価しえたが、原告等が強く求めた身体的被害を否定し差止を認めない結論には不満が残った。
当然のことながら原・被告双方の控訴を受け、平成16年11月1日に第一回口頭弁論が開かれた。その後争点整理手続きを経た後、同17年10月13日に検証、同18年3月20日身体被害に関する医師の証人尋問、同年5月17日原告3名の本人尋問を経て同年10月2日に結審した。
控訴審における立証は(1)民事差止の適法性、(2)差止の要件である騒音による身体被害の存在に重点を置いた。差止の適法性が肯定されかつ身体的被害が認定されれば、論理的には差止が現実的な射程に入ってくるからである。かかる点から身体被害の有無について特に立証の重点をおいた。
まず、公害裁判において今や広く認められている疫学的因果関係に関して裁判所の正しい理解・認識を求めると同時に、一審結果をふまえた身体被害の医学調査を継続した。具体的には、身体被害の一例として小松基地周辺住民に睡眠被害が生じていることを医師の協力のもとで立証した。又、昼間の睡眠を必要とする夜間勤務者について昼間騒音による睡眠妨害とそれに伴う夜勤時の影響を調査した。調査の結果、住民らには自覚症状だけでなく、睡眠妨害による身体的症状が発現していることが明らかとなった。また、沖縄県の実施した平成7年から同10年にかけての航空機騒音による健康影響調査結果も証拠として提出した。
民事差止の適法性に関しては、追加立証として差し止め問題に造詣の深い立命館大学の吉村良一教授に意見書の作成を依頼、それを書証として提出した。
5 控訴審の判決内容
判決は騒音被害に関して「住民には受忍限度を超える被害が生じている」ことを認め、W値 以上の区域の騒音被害を認定。過去損害として約11億8800万円の支払いを命じた。将来請求については却下。危険への接近についてはこれを認めず、被害が広く知られるようになった以降の転入住民についても、それ以前の住民と変わらない賠償額を認め、一審より踏み込んだ判断を示した。
一方、差止に関しては、自衛隊機の飛行差止は「防衛庁長官に委ねられた権限の行使を求めることになり、民事上の請求として不適法」と判断。米軍機は、飛行場の使用を認めた日米安保条約と地位協定に米軍の活動を制約する定めがないことを理由とし「国は運行を規制できない」と結論した。
6 今後の対応
判決内容は必ずしも納得のいくものではなかったが、最高裁への上告については結論的には断念することで一致した。その理由としては(1)賠償に関しては現状で認められるほぼ最高の結果を得られたこと、(2)現在の最高裁では民事差止めの適法性の判断に期待できないこと、(3)新たな訴訟に向けてエネルギーを注ぐ方が良い、というものであった。
最初に述べたように、本件訴訟は基地騒音の救済を求めると同時に「静かで平和な空」の回復を願った平和の闘いでもある。小松という地方のかつ保守的な地域において、いかにして原告団・訴訟支援団を再構築するかという重い課題を背負いながら、平和を求める終わりなき新たな闘いが始まった、というのが現在の実体である。