道理ない高尾山行政代執行
2008年11月18日、圏央道予定地である八王子市高尾町2513番地に設置され、高尾山の自然を守る運動のシンボル的存在となっていた木製デッキ(「和居和居デッキ」と呼称。)等が国土交通省の行政代執行により撤去された。これに先立って、処分の名宛人とされた自然保護団体「地権者の会・むさゝび党」は、東京地方裁判所民事第38部に、デッキ等の撤去命令及び代執行に対する執行停止を申し立てていたが、同部は11月14日にこれを却下する決定を言い渡し、「むさゝび党」の抗告も同月17日に、東京地方裁判所民事第23部によって棄却されていた。
境界について有効な反論ないまま
木製デッキ等が設置されていた場所は、高尾山トンネル工事の事業用地として国が買収したと称している場所である。しかし、「むさゝび党」などの調査によれば、同団体の構成員が共有する八王子市高尾町2513番地の一部であることが明らかになったため、デッキを設置し、文化行事等の舞台として活用してきたのである。その様子は「座り込みも『ソフト路線』落語・音楽ライブ…抗議団体が催し次々」(朝日新聞2008年3月20日付)などと報道もされ、高尾山の自然保護運動の象徴となっていた。
このように、問題は境界争いを根源とするものであったが、この点についての国土交通省の反論は、現地の地形に合致しない水路・里道を勝手に設定して、これをもとに境界を論じたり、航空写真に「道らしき形状のものが写っている」などという根拠薄弱な解釈のもとに里道を設定し、これをもとに境界を主張しようとするものであった。
国土交通省からは境界に関する有効な反論はなかったのである。
道路法を持ち出した異常事態
境界に争いがあることが明らかであるにもかかわらずデッキの撤去を強行したこと自体異常だが、デッキ撤去に関して道路法を持ち出して撤去命令を出しこれに応じないとして行政代執行法により撤去の代執行を行った極めて異常な事態である。
国土交通省の論法は、道路法91条2項によって道路法32条(道路の占用の許可)及び43条(道路に関する禁止行為)、71条(道路管理者等の監督処分)を準用して木製架台等の撤去命令を行い、その後行政代執行法に基づいて撤去戒告処分及び代執行令書通知処分を行うというものだった。
しかし、道路法91条2項は準用の要件として「道路区域が決定された後道路の供用が開始されるまでの間においても、道路管理者が当該区域について土地に関する権原を取得した後においては…」と規定している。
ところが、本件デッキの所在地の所有権を巡って、国土交通省と高尾町2513番の土地所有者は民事裁判で争っている。デッキ等は、「むさゝび党」の構成員らが所有している高尾町2513番の土地に所在しており、「道路管理者である国土交通大臣が当該区域についての土地に関する権原を取得した」といえる状況ではない。道路法32条1項及び43条は準用の基礎を欠く。本件のように、道路管理者の権原取得が争われている場合に道路法を適用して境界紛争を解決する手段として用いることは濫用であり違法である。
また、そもそも道路法32条は、道路の一般使用(一般交通の用に供すること)と特別使用(電柱、水菅等の設置場所の提供)との調整を図ることを趣旨(『改訂4版 道路法解説』・道路法令研究会編著)としており、土地所有権の争いがある場合に、物件等を除去する場面に適用すべきものではない。道路法43条も、「正当な権限又は正当な事由に基づかない」土石、竹木のたい積等を禁じるもの(同前)であって、本件のように土地所有権に基づくデッキの設置に適用すべきものではない。
行政代執行は、脱法的手法をつみ重ねた異常なものとなった。
名宛人も誤り
本件戒告処分及び代執行令書通知処分は「むさゝび党」を名宛人として行われた。
「むさゝび党」は権利能力無き社団であり、代執行の対象であるデッキ等の所有者ではない。所有者は「むさゝび党」の構成員である八王子市南浅川町2586番の土地所有者及び同市高尾町2513番の土地所有者全員473名であり、デッキ等はこれらの人々の共有物である。「むさゝび党代表」だけに代執行の戒告書及び代執行令書を送付しても、共有者全員には効力は及ばず、代執行は出来ないはずである。
しかし、「むさゝび党」の指摘にも関わらず、国土交通省は名宛人を改めようとはせず、代執行を強行した。
行政代執行が示したもの
以上のとおり、デッキに対する行政代執行は、何重にも異常なものであった。
そして、デッキは撤去されたが、これと引き替えに、自然の宝庫である高尾山をトンネルで貫こうとする事業の道理のなさが改めて示された。