岩国基地爆音訴訟
同訴訟弁護団事務局長
弁護士 田畑元久
岩国は、戦前・戦後一貫して、基地の町であり続け、市民は、航空機騒音、危険な飛行や墜落の恐怖、凶悪犯罪、産業発展・街づくりの阻害などに苦しみながらも、国との正面からの対決を避け、本格的に基地の有り様を巡る訴訟は闘われなかった。
1968年に九州大学に板付基地所属のファントム戦闘機が墜落した事件を受け、同型機が配備される岩国基地周辺住民から墜落の危険の回避や騒音軽減のために「滑走路の沖合移転」を求める声があがり、それがいつしか市民の「悲願」とまで言われるようになり、運動が続いた。
その声に応えるとのふれこみで、1997年より滑走路を沖合に1キロメートル移設するために213ヘクタールを埋め立てる事業が始まった。
この事業は、別の角度からみれば、広島湾の魚の産卵場と言われる広大な藻場を破壊してしまうだけでなく、面積が1.4倍に拡大し、様々な機能も強化される、「基地機能強化」の事業とも言え、極東最大級の最新鋭基地になることにより、さらなる被害・危険の呼び込みの虞も指摘されていた。実際、近年判明したところでは、事業開始当時に、国・県・市の実務担当者間で、空母艦載機の夜間離発着訓練の受け入れを示唆する文書まで秘密裡に交わされており、事業の真の目的は市民に隠されていた。
そして、SACO合意に基づく空中給油機部隊の移駐受け入れ等、物分かりのいい対応を続ける岩国市民を与し易しと見た国は、2005年10月、横須賀を母港とする米空母艦載機を厚木基地から岩国基地に移駐させる案を、住民に打診すらなく、米国との「米軍再編中間報告」(「二プラス二」)で合意してしまった。これに市民が2006年3月に住民投票で基地強化に反対の意思表示で答えると、国は、同年12月には、空中給油機部隊の移駐受け入れの見返りとして約束済みの新市庁舎建設の補助金を、工事途中で交付しないと言い出す、卑劣な兵糧攻めに出て、市民を惑わせ、新市庁舎建設補助金と引換えに市長の首を移駐容認派にすげ替えさせた。
このように、国が米国の利益を優先し、平和で平穏な生活を送るという住民の基本的人権を守らず、自治体も国に追随するに至り、住民は、自らの人権は自らが闘いに立ち上がらなければ守れないことを自覚した。
まず、住民は、埋立工事に関して2008年1月に国が山口県に対してした、公有水面埋立承認の変更申請について、山口県が住民への縦覧や関係市町村長の意見聴取を省いて承認しようという動きに対し、それを差し止めることなどを求める行政訴訟を同年2月に原告18人で山口地裁に提起(後に変更が承認されたので承認取消に訴えを変更)し、現在も闘われている。
並行して、同年夏頃から、被害の根幹を告発する、爆音訴訟の準備を進めた。少人数の原告でならば、すぐにでも提訴できたが、長らく「基地との共存」の道を採ってきた岩国市民の中で、少人数の原告では孤立し迫害を受ける虞も懸念されたため、原告100人を目標に広範に声を掛けることにした。
これまでの全国各地の闘いの成果で爆音を違法と認められ易いW値75以上の地域の住民を対象に、町会単位で十数回にわたり、市議・弁護士・住民有志らが赴いて説明会を開いたが、住民の積年の恨みが噴出することが多く、予想以上の熱気に包まれることがしばしばであった。すると、噂が噂を呼び、運動に冷やかな住民が仕切る町会からも「うちに来ないのは不公平だ」と説明会開催要求が出るに至った。
その中で、まず、基地問題は政治問題でなく人権問題である、人権は多数決で否定できない、ということが理解されてきた。即ち、自民党や公明党を支持する人には爆音さえ心地いいという筈はなく、現に被っている、平穏な生活の妨害をどう思うのか、人権を踏みにじられ続けて未だ黙っているのか、ここが事の本質だ、ということ、また、仮に米軍を駐留させることが国益に叶うと国民の多数が判断したとしても、国全体の利益のために一部の住民の人権が侵害されていい筈がない、国が住民を守らないなら地方自治体が守る、自治体が守らないなら住民自ら権利を主張して守る、これが日本国憲法が想定する人権尊重の社会の基本だ、国を相手取って訴訟を起こしていいのだ、という理解も広がった。
対話の中で、さらに、これまで耐え難きを耐えてきた、現在の爆音に、我慢を止めて鋭い異議を突きつけることが、空母艦載機移駐や離発着訓練など更なる被害の抑止になるのだ、という政治力学への理解も広がった。
こうした対話が、説明会、住民同士で繰り広げられる中で、原告は大方の予想を超える476名に達し、「締め切りを知らなかった。自分にも参加させろ。」等の声も多く、年内に追加提訴を予定する。岩国市民は「ものを言う住民」に変身した。
国は、我々の運動を米国に説明して諌めるべきなのに、そうせずに、逆に、これまでの到達を切り崩そうと必死に反撃に出るものと予想される。最低限、先達の切り開いた道を守り、少しでも更なる成果を勝ち取るべく、油断せずに闘いたい。
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