〔1〕 新横田基地公害訴訟高裁判決と今後のたたかい
新横田基地公害訴訟弁護団
1 はじめに
昨年11月30日,東京高等裁判所で新横田基地公害訴訟の国に対する控訴審判決が言い渡された。この裁判は,米軍横田基地を離発着する米軍機の騒音被害等に苦しむ周辺住民約6000人が,1996年から1998年にかけて提訴した裁判で,被害住民は,午後9時から翌朝7時までの飛行差し止め,過去及び将来の損害賠償の支払いを求めている。「新横田基地公害訴訟」という名称を用いているのは,1976年から1981年にかけて同様の要求を掲げて提訴した訴訟(旧訴訟)があるので,この訴訟と区別するためである。
昨年11月の東京高裁判決は,残念ながら住民の悲願である夜間早朝の飛行差し止めは認めなかったが,国に対し,うるささ指数を示すW値75以上の被害地域に居住する原告へ総額32億5000万円の賠償金の支払いを命じた。この中には,1年分ではあるが,基地公害訴訟ではじめて,口頭弁論終結後判決言い渡しまでの将来分の損害賠償の支払も含まれている。
2 将来の損害賠償請求について
航空機の騒音被害について,これまで将来の損害賠償請求を認めたものとしては,大阪国際空港公害訴訟の控訴審判決(大阪高裁昭和50年11月27日判決)がある。ただし,この判決は最高裁において否定されている(最高裁昭和56年12月16日判決)。こうした中で,東京高裁が基地公害訴訟としてはじめて,将来の損害賠償請求を認めたことは画期的といえます。東京高裁は,最高裁判決の判断枠組みを前提としながらも,基地騒音の実態を踏まえた事実認定をもとに,「既に認定した口頭弁論終結時までの横田飛行場周辺地域の騒音測定回数やW値の推移等に照らすと,口頭弁論終結後も,本判決の言渡日である平成17年11月30日までの8か月ないし1年間といった短期間については,口頭弁論終結時点に周辺住民が受けていた航空機騒音の程度に取り立てて変化が生じないことが推認され,受忍限度や損害額(慰謝料,弁護士費用)の評価を変更すべき事情も生じないから,終結後の損害の賠償を求めて再び訴えを提起しなければならないことによる原告らの負担にかんがみて,口頭弁論終結時について認められる損害賠償請求権と同内容の損害賠償請求権を認めるべきである。」とした。
また,口頭弁論終結後の転居等の事実に関しては,「口頭弁論終結後の原告らの居住地の変更といった請求権に影響のある事由は,請求異議の訴えによりその事実を証明して執行を阻止する負担を被告に課しても,格別不当とはいえない。」とし,将来の損害賠償請求を認めた場合に生じる問題に関する対応方法についても明確に判示している。
3 「危険への接近論」に対する判断
控訴審では,被害地域へ転入した原告について,「危険への接近論」による損害賠償の減免が認められるかが大きな争点となった。東京高裁は,この点について,「@原告らのうち騒音被害を受けることを積極的に容認する意図を持ってコンター内での居住を開始した者がいるとは認められないこと,Aコンター内に初めて転入した原告らや,コンター内に居住して騒音被害を受けた経験がありながらその後コンター内の離れた地域に住居を定めた原告らが,転入にあたって,転入先で日常的に被る騒音被害の程度及び影響を認識していたとは認められず,認識を有しなかったことに過失があったともいえないこと,B違法と評価される程の騒音による被害を受ける居住地で生活基盤を形成した原告らが,転居を経て元の居住地に戻ることや,近接地に転居することを避けるべき義務を負ういわれはないこと,C原告らが受ける騒音被害の深刻性・重大性,D本件訴訟で損害賠償請求の対象となっている騒音被害は,平成5年4月以降分であり,それまでに横田飛行場周辺住民が受けている騒音被害が違法な水準に達している旨の司法判断が2度にわたって確定したにもかかわらず,違法状態が解消されないままであること,Eこのような事情の下で,国民を騒音等の被害から守るべき責務を負う立場にある被告が,被害地域に転入した原告らの行動を理由に損害賠償義務の減免を主張することが不当であることを総合考慮すると,衡平の見地に照らし,本件において危険への接近の法理を適用して被告の損害賠償責任を否定又は減額することは,相当でないというべきである。」とし,「危険への接近論」を全面的に排斥した。
4 国の怠慢を明確に指摘
さらに,東京高裁は,判決の最後に,被害救済を放置してきた国に対し,「横田基地の騒音についても,最高裁判所において,受忍限度を超えて違法である旨の判断が示されて久しいにもかかわらず,騒音被害に対する補償のための制度すら未だに設けられず,救済を求めて再度の提訴を余儀なくされた原告がいる事実は,法治国家のありようから見て,異常の事態で,立法府は,適切な国防の維持の観点からも,怠慢の誹りを免れない。」,「中心的な法的論点については,既に最高裁判所の判断が示されていることを考慮すると,住民の提起する訴訟によるまでもないように,国による適切な措置が講じられるべき時期を迎えているのではあるまいか。」と判示し,国の姿勢を厳しく断罪した。
原告らは,差し止め請求を認めなかった点などで不満は残るものの,このたびの東京高裁判決は,基地公害の実態や国の対応の問題性を正面からとらえ,立法的な救済の必要性に言及するなど評価できる内容ととらえている。
5 今後のたたかい
この東京高裁判決に対し,国は将来の損害賠償を認めた点を不服とし上訴の申立を行った。原告住民も,国の上訴に対抗し,夜間早朝の被告差し止め部分に限定し上訴を提起しました。新横田基地公害訴訟のたたかいは,引き続き最高裁判所へ持ち越されることになった。原告住民は,東京高裁で勝ち取った将来の損害賠償請求を確定させるとともに,アメリカ合衆国に対する裁判を否定するのであれば,国に対する差し止め請求を否定した1993年2月25日の最高裁判決を変更するよう求めていく。
併せて,立法府の怠慢を指摘し国による適切な措置の必要性に言及した高裁判決を活かし,嘉手納,厚木,普天間,小松の各基地公害訴訟と連携し,行政的・立法的な音源対策や立法的な被害救済制度の確立を求め,新たに運動を進めていきたいと考えている。