佐賀地裁の歴史的判決を受け、いまこそ、漁業と農業の両立に向けた開門を
2008年6月29日
よみがえれ!有明訴訟弁護団
6月27日、佐賀地方裁判所は、2,533名にものぼる有明海漁民と市民が、諫早湾干拓事業における潮受堤防の撤去もしくは排水門の開門を求めて提起した「よみがえれ!有明訴訟」において、判決確定から3年以内に開門し、以後、5年間にわたって開門を継続することを命じる画期的判決を言い渡した。
諫早湾干拓事業は、着工後まもなく諫早湾内において、1997年4月14日の潮受堤防閉め切り後は有明海全域において、深刻な環境破壊と漁業被害を発生させた。有明海全域にわたる広域かつ甚大な環境破壊は「有明海異変」と呼ばれ、これをもたらせた潮受堤防の閉め切りは「ギロチン」とまで称された。
諫早湾干拓事業がもたらせた「有明海異変」は、破壊された自然環境が、広大な泥干潟と浅海域がひろがり宝の海と呼ばれる国際的に重要な自然環境である点で、自然破壊が有明海全域におよび、長崎、佐賀、福岡、熊本の4県にまたがる広域さの点で、環境破壊の結果が、深刻な漁業不振を招き、苦境にあえぐ漁民のなかからは廃業者や自殺者が続出し、漁業を基盤にしてなりたってきた地域社会が丸ごと破壊されているという被害の深刻さの点で、我が国の歴史上、未曾有の環境破壊である。
そもそも、諫早湾干拓事業には、計画段階から事業の必要性を含めて多くの批判がよせられていた。諫早湾干拓事業が「有明海異変」の原因であるということは、漁民が日々の実感として指摘し、多くの研究者もこれを肯定する研究結果を発表した。
このようななかで、国は「有明海異変」の原因解明のため、いわゆるノリ第3者委員会を組織せざるをえなくなった。そのノリ第3者委員会は、調査の結果、「諫早湾干拓事業は重要な環境要因である流動および負荷を変化させ、諫早湾のみならず有明海全体の環境に影響を与えていることが想定される」とし、さらなる解明のための短期・中期・長期の開門調査を提言した。
ところが国は、漁民をはじめ多くの人々が期待したこの開門調査のうち短期開門調査だけを、しかもノリ第3者委員会の提言の規模をはるかに下回る小規模で実施しただけで、中長期の本格的な開門調査をサボタージュした。
そのため、漁業被害は累積的に拡大し、事業見直しによる有明海再生を求める漁民と国の紛争は激化の一途をたどっている。
今回の佐賀地裁判決は、「もはや立証妨害と同視できると言っても過言ではない」と中長期開門調査をサボタージュする国の責任を厳しく糾弾した。そのうえで、国に対し、開門に必要な準備期間を考慮し、判決確定から3年以内に開門し、中長期開門調査に必要な5年にわたる継続的な開門を命じた。さらに、「当裁判所としては、本判決を契機に、すみやかに中長期の開門調査が実施されて、その結果に基づき適切な施策が講じられることを願ってやまない」と異例の注文を付けている。
国は、司法権からの異例の注文を真摯に受け止め、文字通り「すみやかに」開門を実施すべきである。いたずらに控訴して紛争の解決を先送りしてはならない。
有明海では、現在、巨額の税金を投入して、覆砂事業などの再生事業が行われている。しかし、開門調査による真の原因究明がなされないままの対処療法は、当然のことながら、これまでに何らの成果も生んでいない。このような再生事業のあり方には、税金の無駄遣いを重ねるだけであるとの批判も寄せられている。
年々累積する被害は、もはや待ったなしのところまで漁民を追い込んでいる。有明海漁業が壊滅し、漁業の担い手がいなくなってからの対策では、遅きに失することは論をまたないところであろう。
わたしたちは、干拓農地において営農が開始されたいま、営農する41の農業経営体に対し、開門による漁民救済のための犠牲を強いることを、よしとするものではない。それどころか、開門を契機に、調整池に代わる農業用水の水源を確保することは、干拓農地の営農にとっても不可欠である。
調整池は、事業終了までに達成するとされていた農業用水利用のための環境基準を達成しないまま、営農が開始されている。この点については、佐賀地裁判決と同じ日に、環境省が発表した「諫早湾干拓事業環境影響評価レビューのフォローアップ報告書に対する環境省の見解」のなかで、より確実な水質保全対策や調整池からの排出水による海域への影響の把握について、厳しく指摘されているところであるが、現状では、確実に保全目標が達成される見通しはない。むしろ、岡山県の児島湾の例をみても明らかなように、長年、水質保全目標が達成されないまま、巨額の税金が投入され続けることが懸念されている。
また、近年、調整池で異常発生しているアオコには毒性があるとされており、食の安全性の見地からも、調整池の水を農業用水として使用することは好ましくない。
したがって、新たに可能な農業用水の水源を確保することは、干拓農地の営農にとって、今後、見通しのない調整池の水質対策のために巨額の税金を投入するよりも、はるかに得策であり、干拓農地の営農を真に成功させる途でもある。
漁民・市民の間からは、すでにこれまで、干拓農地にほど近い諫早中央浄化センター(下水処理施設)からの放流水の再利用、二反田川などの余剰水の利用、本明川河口域への堰の設置、ため池の設置など、調整池に依存しない農業用水の水源確保の方策が提案されている。下水処理施設からの放流水を農業用水として再利用することなどは、熊本市をはじめ全国で実施されているところである。
調整池に代わる農業用水の確保は、十分に可能である。
また、安全な開門方法については、研究者による「もぐり開門」の方法が提唱されている。防災との関係でも、今回の佐賀地裁の判決は、「本件潮受堤防が既に発揮している防災機能については新たな工事を施工すれば代替しうる」と指摘しているところである。
以上のとおり、開門には何の障害もなく、それどころか、代替農業用水を確保し、開門を実現することは、漁業と農業がともに栄える唯一の方策である。
これまで、我が国においては、公共事業による巨大開発事業は、いったん走り出したら止まらないと批判されてきた。「止まらない公共事業」の典型とされてきた諫早湾干拓事業において、事業終了後も実質的な見直しをもとめる開門命令の判決が司法の場において下された。
わたしたちは、判決にしたがった開門の実施により、有明海漁民の被害が救済され、有明海が真の再生へ向けて確実な一歩を踏み出し、同時に、干拓農地の農業者も安心して農業を営む条件を作り上げることを心から願う。それは関係する漁民、農民の利益にかなうのみならず、同時に、我が国の公共事業のあり方が、環境の世紀にふさわしいものへと転換するうえで、限りなく大きな意義をもっていると確信する。
今回の佐賀地裁判決を報じるすべてのマスコミが、判決を支持している。開門は、いまや国民的声である。
わたしたちは国に対し、いまこそ立ち止まり、面子にこだわることなく、振り返る勇気をもって、すみやかに開門を実施することを、強く求める。