~コペンハーゲンが人類の未来を決める~
弁護士 早川光俊
COP14/CMP4の課題と結果
2008年12月1日から12日、ポーランドのポズナニ(Poznan)で、「第14回気候変動枠組条約締約国会議(COP14)」、「第4回京都議定書締約国会合(CMP4)」が開催された。
今回のCOP14/CMP4の課題は、本年12月にコペンハーゲンで開催されるCOP15/CMP5での2013年以降の削減目標と制度枠組みの合意に向けて、議論を整理し、交渉の土台となるテキストと交渉スケジュールを策定し、着実に交渉を前進させることであった。そのためには、2013年以降の削減目標に直結する中期目標について、日本などの先進国が2020年までに、90年比で25~40%削減を目指す意思を示すことが必要であった。
また、世界を覆う金融危機のなかで、交渉を前進させることができるかどうかも、隠れた大きな課題になっていた。
会議の結果は、前回のバリでのCOP13/CMP3から後退もしなかったが、一歩も前に進むことができず、期待されたコペンハーゲン(COP15/CMP5)に向けた前向きのメッセージを出すことはできなかった。その意味では期待を裏切ったというほかない。
並行する6つの会議
今回の会議は、COP14や CMP4に加えて、①第29回科学的・技術的助言に関する補助機関会合(SBSTA 29)、②第29回実施に関する補助機関会合(SBI 29)、③条約の下での長期的協力の行動のための第4回特別作業グループ(AWG-LCA 4)、④京都議定書の下での附属書Ⅰ国の更なる約束に関する第6回特別作業グループ(AWG-KP 6)の6つの会議が並行して開催された。なかでも注目されたのは、③のAWG-LCAと④のAWG-KPである。
AWG-LCAは、昨年12月にバリで開催されたCOP13で設置されたプロセスで、条約の長期にわたる効果的で持続的な協力行動の構築することを責務としており、今年のコペンハーゲンのCOP15までに責務を完了させることになっている。このAWG-LCAでは、「長期的協力行動のための共通のビジョン(Shared Vision)」と、「緩和」、「適応」、「技術」、「資金」の4つのテーマ(ビルディングブロック)について議論されている。
AWG-KPは、2013年以降の附属書Ⅰ国の約束(削減義務)を検討するために、2005年のCMP1で設置された作業グループで、2013年以降の先進国の削減目標について議論されている。
こうした会議での実質的な交渉テーマは、できるだけ緩やかな目標や制度にしたい一部の先進国も含めてより高い削減目標に合意できるか、さらに途上国、とりわけ中国やインドなどの排出量の多い途上国にも何らかの抑制行動を約束させることができるかにある。先進国側は主要な途上国に抑制行動を取らせようとし、途上国側はできるだけ具体的な抑制約束はせずに、「適応」、「技術移転」や「資金」などの実をとろうとする。こうした思惑が、あらゆる場面で、途上国と先進国との意見の違いや対立として現れる。
会議の結果
AWG-LCAでの決定(最終合意文書)は、これまでの経緯が記述されているだけで、実質的な内容も、新たなメッセージもない。
AWG-KPの決定(最終合意文書)も、注目されていた世界全体の温室効果ガス排出のピークアウトや2050年半減目標、附属書Ⅰ国の2020年目標についての記述は、バリでの決定とまったく同じになってしまった。「2020年には1990年レベルから25~40%削減する必要がある」とのIPCC第4次評価報告書第3作業グループの知見について、AWG-KPの当初の議長の提案は、「AWG-KPは、こうしたIPCCの知見を踏まえた(should be informed)削減目標とすることに合意する」とされていたが、最終的な決定では、バリとまったく同じ「こうした削減数値を認識し(recognized )」と弱められてしまった。
作業計画も、AWG-LCAとAWG-KPともに、3月末から開催されるAWG-LCA5とAWG-KP7のあとに、締約国などの意見を集約した交渉テキストが作られ、6月からのAWG-LCA6とAWG-KP8から実質的な交渉が始まることになっている。
今回のCOP14/CMP4の最大の任務が、交渉の土台となるテキストと作業計画を策定することであったことからすれば、COP14/CMP4が、その任務を果たしたといえないことは明らかである。追加的な会議の余地は残されているものの、半年の交渉で合意に至るには、よほど交渉のスピードをあげなければならない。
停滞した理由
今回の会議がこうした結果になったのは、なんと言っても日本、オーストラリアやロシアなどが、自らの中期目標を明らかにせず、バリ合意から先に進めることを拒んだからである。日本政府は、今回の会議でも何度も化石賞を受賞してしまった。
また、日本政府も含め、アメリカのオバマ政権の政策待ちの雰囲気が、こうした結果に影響を及ぼしたことは否定できない。オバマ氏は、11月5日のシカゴでの勝利演説で、我々は2つの戦争に直面しているとし、1つは危機に瀕する地球(地球温暖化問題)、1つは今世紀最大の金融危機だとした。そして、11月18日には、カリフォルニアで開催された気候変動に関する会議にビデオメッセージを寄せ、「温室効果ガス排出量を2020年までに1990年レベルに引き下げ、2050年までにさらに80%削減するために、連邦レベルで排出量取引(キャップ・アンド・トレード)制度を開始し、年次目標を定める」とし、「アメリカは再度、交渉に精力的に参加し、気候変動に関する国際協力の新しい時代をリード」し、「今後数ヵ月間」のうちに新らたな気候政策を打ち出すことを約束した。
こうしたオバマ政権の姿勢を如実に示したのが人事である。地球温暖化問題の大統領補佐官であるエネルギー/気候変動担当調整官を新設し、クリントン政権で8年間環境保護局(EPA)長官であったキャロル・ブラウナー氏を調整官に任命した。このブラウナー氏はブッシュ政権の環境政策を、史上最悪の環境行政と酷評していた人物である。また、エネルギー長官には1997年のノーベル物理学賞受賞者であるスティーブン・チュー氏を任命した。このチュー氏は、再生可能エネルギーの推進論者として知られ、ブッシュ政権は石炭と石油の代替エネルギー技術の開発に関心を持たず,地球気候変動問題にも関心を示さないと批判してきた人物である。また、環境保護局(EPA)長官には、ニュージャージー州環境保護局長であり、ニュージャージー州の温室効果ガス削減目標設定に尽力したリサ・ジャクソン氏を、大統領顧問の環境評議会議長には、ロサンゼルス市助役であり、カリフォルニア州の温室効果ガス削減法案成立にも寄与したナンシー・サトリー氏を任命した。チュー氏以外はいずれも女性で、年齢も40代から50代前半と若い。
2月18日に、オバマ政権の景気回復法案が成立したが、この景気回復法案はクリーンエネルギーへのかつてない規模の投資を中心としており、以下のような内容を持つものとなっている。
① 現在の3倍の710億ドルをクリーンエネルギープログラムに拠出し、同時にクリーンエネルギーへの200億ドルの減税を行う。(アメリカのNGOは、クリーンエネルギープログラムへの10億ドルの投資ごとに、インフラ投資に比べ5000人近い雇用を増やすと評価している。)
② 低収入の住宅への断熱補修に50億ドルを与え、100万戸を断熱し、直接間接に37万5千人の雇用を生み出す。この政策で、低収入家庭は年間のエネルギーコストを350ドル削減できるとされる。
③ 84億ドルを輸送プロジェクトへ、80億を高速鉄道に費やす。公共交通機関への投資10億ドルごとに2万人近い雇用が創出される。
④ 200億ドルをクリーンエネルギーの税金控除にあてる。信用収縮で滞っている投資を再び引き付けるために建設費用の30%までを融資する。
オバマ政権は、地球温暖化問題について、これまでのブッシュ政権とまったく異なる国際交渉へのスタンスや政策をとることが期待され、2013年以降の削減目標と制度枠組みの交渉にとって明るい材料である。しかし、それでも2020年目標は90年比0%という、IPCCが求める水準からはほど遠いことは認識しておく必要がある。COP14に参加したケリー上院議員(前回の民主党の大統領候補)は、ケリー議員自身は2020年により高い目標が必要だと考えており、米国内でもそうした意見は強いと発言していた。オバマ政権がより高い中期目標や政策を掲げることができるようにするためにも、オバマ政権の政策待ちではなく、国際交渉を先に進めることが必要である。
また、今回のCOP14/CMP4は、急速に悪化する金融危機のなかで会議が開催された。開会総会のスピーチで、ポーランドの首相は、「経済危機のために各国の気候変動との闘いが弱められてはならない」と述べ、各国からも同様の趣旨の発言が相次いだ。しかし、金融危機が今回のCOP14/CMP4に陰を落としていたことは間違いない。具体的には、COP最終盤の12月11日と12日に開催された欧州連合(EU)首脳会議で議論されることになっていた包括法制案に対し、ドイツ、イタリアやポーランドが、「景気を更に悪化させる」と反対していたことが、COP14/CMP4でEUのリーダーシップが弱まった要因と評価される。この包括法制案は、「2020年までに温室効果ガスの排出量を90年比で20%削減する」とのEUの削減目標を具体化するもので、①域内エネルギー消費量に占める風力、太陽光などの再生可能エネルギーの比率を20%に引き上げ、②自動車のCO2排出量を20~40%削減し、③排出量取引の排出枠の割り当てを現在の無償配分からの有償化(オークション方式)にする、などがその内容となっていた。12月12日、最終的に、排出枠の有料化のペースを、製造部門、電力部門や東欧諸国について一部緩和するなどで妥協が成立して合意したが、これまでEUの牽引車であったドイツが、金融危機を背景に対策に消極的な姿勢を示していたことは、陰に陽に、EUのCOP14/CMP4での交渉姿勢にも反映し、そのことが交渉の停滞のひとつの要因なった。
コペンハーゲンに向けて
~日本市民の課題
確かに、今回のCOP14/CMP4はバリから一歩も前に出ることはできず、本格的な交渉の開始は今年6月に先送りされるなど、期待を大きく裏切ったことは否定できない。
実質的な交渉開始は6月に先送りされ、未曾有の世界規模の金融危機が進行するなか、12月までの半年の交渉で、複雑で、しかも各国のエネルギー政策や利害が錯綜する交渉が合意に達することができるのかという懸念も払拭できない。
しかし、前述のオバマ米政権の地球温暖化問題への取り組みの決意だけでなく、米国内で州レベルでの対策が進んでいること、前述のようにEUが包括法制案に合意したこと、英国で気候変動法が成立したこと、COP14/CMP4直後の12月15日、オーストラリアが2020年までに温室効果ガス排出量を2000年比5%削減する中期目標を発表したこと、など明るい材料も多く出てきている。
また、途上国のなかから、自らも対策を実施するとの発言がいくつもされたことも明るい材料である。途上国のなかで強い発言力を持っているのは中国、インド、南アフリカ、ブラジル、インドネシアなどあるが、とくに南アフリカや韓国から建設的な提案が出されたり、メキシコが自ら長期目標を掲げたりしていた。
問題は日本である。削減目標のレベルはともかく、2020年の中期目標を決めていない主要国は日本とロシアくらいになってしまっている。日本政府は、現在、官邸の「地球温暖化問題に関する懇談会」の下に、福井俊彦前日本銀行総裁を座長とする「中期目標検討委員会」を設置し、今年3月末を目処に報告書をまとめ、6月までに2020年目標を政策的に決定するとしている。
検討されているシナリオは、以下のような90年比+7%から-25%までの6つのシナリオである。
① 既存技術の延長線上で機器・設備の効率を改善し、耐用年数で入れ替わりが進むケース・・・90年比+6%
② 諸外国の中期目標と限界削減費用が同等となるケース・・・90年比0~+7%
③ 強制的な手法によらず最先端の技術の最大導入ケース・・・90年比-4%
④ 先進国全体の-25%削減を先進国が、限界削減費用が同等で行うケース・・・90年比-1%~-12%
⑤ 先進国全体の-25%削減を先進国が、GDP当たりの対策費用が同等で行うケース・・・90年比-16%~-17%
⑥ 先進国がすべて-25%の削減を行うケース。
いま、私たち日本の市民に求められていることは、日本政府に一刻も早く、2013年以降の削減目標に直結する2020年目標を、IPCCが求める2020年に90年比25~40%削減の水準で決めさせることである。
京都議定書が合意されたCOP3への交渉会議でも、COP3の4ヶ月前に開催された交渉会議(AGBM7)で、日本とアメリカが削減目標数値を明らかにしていなかったため、AGBM議長から日本とアメリカが交渉を妨害していると名指しで批判されたことがある。
急速に進行する地球温暖化問題は、明らかに人類の未来がかかった問題である。コペンハーゲンは失敗の許されない会議であり、今年のコパンハーゲンに向けて、私たち日本市民の行動が求められている。