全国じん肺弁護団連絡会議
幹事長 山下登司夫

1  2008年の主な成果
 2008年は、じん肺患者の権利救済とじん肺の根絶を求める闘いにとって極めて大きな成果をあげることが出来た年であった。以下に、主な成果を報告しておく。

(1)  その一つは、西日本石炭じん肺訴訟・新北海道石炭じん肺訴訟・東日本石炭じん肺訴訟の引き続く勝利和解である。
 この訴訟は、国の規制権限の不行使の責任を認め、国に損害賠償を命じた画期的な筑豊じん肺訴訟最高裁判決(2004年4月27日)、北海道石炭じん肺訴訟における国との和解(札幌高裁・2004年12月28日)を受け、九州・北海道・常磐の各炭田の炭鉱で採炭作業等に従事した結果、療養を要する重症のじん肺に罹患した患者・遺族が原告となって、2005年に国を被告として提訴された。原告総数(患者単位)は2,000名を超えており、未だ賠償を受けられずに放置されてきた多くの炭鉱夫じん肺患者の存在が明らかになった。
 国は、筑豊じん肺訴訟の最高裁判決の判断基準(①昭和35年4月1日以降、炭鉱の坑内作業に従事していたこと、②じん肺死及び要療養患者であること、③除斥期間を経過していないこと)を満たしている原告について、順次和解を成立させる意思を表明した。しかし、管理2、3の合併症の患者については、合併症の認定日から除斥期間が進行するのではなく、管理2、3の管理区分決定のときから進行するとして、一定数の原告との和解を拒否した。国の理由は、「合併症の認定のときから除斥期間が進行するとの最高裁判決がない」というところにある。しかし、国の拒否理由は、粉じん職場を離れてからも進行するというじん肺の病理の特殊性を無視した主張であり、また、これまでのじん肺訴訟が勝ち取ってきた消滅時効、除斥の起算点に関する異質損害段階的発生論に真っ向から反するものである。訴訟においては、国が除斥を主張しない原告について、2006年3月から順次和解が成立し、上記除斥期間の起算点についての判断が、2007年8月1日福岡地裁で言渡された。判決は、合併症の原告の「除斥期間の起算点は合併症の認定日である」と判示し、国が和解を拒否していた原告全員が勝訴した。その後、国との間で精力的に和解協議を進め、控訴期限内に和解が成立した。この和解を契機に、さらに和解に弾みがつき、2008年には相当数の原告らが国との間で和解を成立させた。
 ところで、原告患者数が54名と比較的少ない東日本石炭じん肺訴訟は2008年7月に全面解決したが、原告数の多い西日本石炭じん肺訴訟と新北海道石炭じん肺訴訟は、未だ訴訟が係属している。とくに、新北海道石炭じん肺訴訟においては、国が一定数の原告について消滅時効を援用してきている。このような国の不当な対応は許されない。全国じん肺弁連としては、新北海道石炭じん肺訴訟の原告団・弁護団と団結し、時効差別のない和解解決を勝ち取るため奮闘する決意である。

(2)  二つ目は、全国トンネルじん肺根絶訴訟(根絶訴訟)の闘いである。国のトンネルじん肺防止対策を転換させる根絶訴訟の闘いについては、公害弁連の2008年議案書で報告しているところであるが、2008年にさらなる成果を勝ち取った。 
 根絶訴訟は、2006年7月~2007年3月にかけ東京・熊本・仙台・徳島・松山地裁と連弾で国の規制権限の不行使の責任を認める原告側勝訴の画期的な判決を勝ち取り、これらの勝利判決と、それまでに構築してきたじん肺根絶を求める100万署名の達成に象徴される大きな世論や現職国会議員537名の「トンネルじん肺根絶の賛同署名」に象徴される政治の力を武器に、国に対してトンネルじん肺防止政策の転換を求める大きな運動を展開し、2007年6月18日、国(厚労大臣、国交大臣、農水大臣、防衛施設庁長官)と原告団・弁護団との間で「トンネルじん肺防止対策に関する合意書」を締結し、全ての裁判所で和解を成立させ、国を被告とする根絶訴訟は全面勝利解決した。
 その後、原告団・弁護団は、「合意書」の「別紙」(じん肺対策を強化するための措置〔注〕)のうち、先ず粉じん障害防止規則(粉じん則)の改正内容について、数次にわたって厚労省と原告団・弁護団との間での意見交換が行なわれ、粉じん則の「改正要綱案」が作成された。厚労大臣は、労働政策審議会(労政審)に対し、「粉じん障害防止規則等の一部を改正する省令要綱案」についての諮問を行い、2007年10月22日、多数の原告団・弁護団が傍聴するなかで第7回労政審安全衛生分科会じん肺部会の審議が行なわれ、原案に沿った答申がなされることとなった。このじん肺部会の審議では、船山友衛原告団長が意見を述べた。労政審は、じん肺部会の意見を踏まえ、厚労大臣に対し、原案に沿った答申を行ない、2008年3月31日、粉じん則の改正が行なわれた。この粉じん則の改正は、トンネルじん肺防止の行政責任を負っている厚労省が、これまでのトンネルじん肺防止対策の転換を決断したものであり、トンネルじん肺の根絶へ向けて大きく一歩を踏み出す道筋をつけるものとして、高く評価をすることができる。また、厚労省が調査、研究をすることを約束した事項についても、委員会が設置され、調査、研究が開始されており、原告団・弁護団との意見交換が数度にわたって行なわれている。
 また、上記「別紙」のうち、国交省等が約束した、労働基準法32条を踏まえた「土木工事積算基準」(土木工事標準歩掛)の本年度中の見直しについても、数次にわたって国交省と原告団・弁護団との間での意見交換を経て、「1日当たりの作業時間は、8時間を基本(5日/週×8時間/日=40時間/週)として、週当たりの施工歩掛とし、積算を行なう」こととなり、2008年10月1日から改正「積算基準」で積算がなされている。尚、農水省も、国交省と同内容で「積算基準」の改定を行なっている。
 ところで、「合意書」の履行は、あくまでもトンネルじん肺根絶への出発点である。つまり、現在施工されている、また、将来施工されるであろうトンネル工事において、改正された粉じん則による新たな規制、改定された「積算基準」を確実に実施させていく必要がある。そのためには、原告団・建交労や弁護団が、じん肺防止対策の実施状況を監視していく活動を全国各地で展開していくことが不可欠である。根絶訴訟の闘いのなかで、長野県発注のトンネル建設工事において、「粉じん技術検討委員会」(原告団・弁護団のうち3名が委員として参加)の提言を踏まえて粉じん対策を実施することが発注条件とされ、一定の効果をあげている。原告団・建交労・弁護団は、この成果を踏まえ、全国各地でトンネル建設工事の監視活動を展開しているが、今後もこのような運動を継続して行なっていくことを決意している。ILOとWHOは、1995年4月に「2015年までに、労働衛生問題としてのじん肺を根絶すること」を掲げ、その目標を実現するための「国の実行計画」の策定を求めており、じん肺の根絶は国際世論にもなっている。原告団・建交労や弁護団は、今後とも、公共工事であるトンネル建設工事で働く労働者をじん肺に罹患させないよう、さらなる努力をする決意でいる。
 尚、根絶訴訟でトンネル建設工事の元請ゼネコンを被告とする原告については、第1陣訴訟が「先行訴訟」での東京地裁和解案と同内容で和解が成立しており、また、第2陣訴訟(東京・仙台・熊本・札幌地裁、原告患者数243名)も、2008年から順次和解が成立し、東京・仙台地裁は2009年3月末までに、熊本・札幌地裁も2009年5月頃までに、全員の和解が成立する予定になっている。それとともに、2008年11月27日、根絶第3陣訴訟(原告数154名)を東京地裁をはじめ全国11地裁に提訴した。ところで、トンネル建設工事現場を転々とするトンネル建設労働者の就労形態を見るとき、工事現場における各企業毎のじん肺防止努力に期待するだけでは極めて不十分であり、業界が一丸となって全てのトンネル建設労働者の就労を一元的に管理し、「健康管理」と「じん肺教育の徹底充実」をはかるシステムを確立することが不可欠である。また、不幸にしてじん肺に罹患した患者に対しては、ゼネコン業界が、裁判という負担を強いることなく、労災補償に上乗せして慰謝料を支払う新たな補償システム(トンネルじん肺基金)を創設すべきである。原告団・建交労・弁護団は、裁判内外でこの目的を実現するために全力を挙げて闘う決意である。 


(注) 国が、「合意書」第1項で約束した「じん肺対策を強化するための措置」(別紙)として掲げられた事項は、
(1)  粉じん障害防止規則(粉じん則)を改正し、
① 掘さく作業等における換気等の措置

② 粉じん発生源対策及び換気対策の効果を確認するため、「ずい道等建設工事における粉じん対策に関するガイドライン」(2000年度策定)方式による粉じん測定(ガイドラインの定める「粉じん濃度目標レベル」のあり方も検討する)

③ 湿式さく岩機と防じんマスクの重畳的使用

④ 多量の粉じんが発生するコンクリート吹付け作業等について電動ファン付マスクの使用

⑤ 発破退避時間の確保

を本年度中に事業者に義務付ける。

(2)  切羽付近における粉じん濃度測定が的確・安全にできるように本年度中に調査、研究を開始し、その成果を粉じん則の改正に結びつける。
(3)  送気マスク(エアラインマスク)の実施に向けて本年度中に検討を開始する。
(4)  トンネル工事の長時間労働を改善するために、労働基準法32条を踏まえ、「土木工事積算基準」(土木工事標準歩掛)を本年度中に見直しをする。

というものである。


2  アスベスト被害の根絶を目指した新たな闘い
(1)  全国じん肺弁連は、これまでも石綿(アスベスト)被害者の権利救済を求めて企業(現ニチアス等)の加害責任を追及する訴訟を提起し、判決や和解で一定の成果を積み上げてきた。また、長野石綿じん肺訴訟では、国の責任(労働基準監督官の権限不行使)を追及する訴訟も提起したが、残念ながら敗訴した(同訴訟は、加害企業に勝訴し和解したため、一審で確定)。しかし、全国じん肺弁連のこれまでの闘いは、じん肺の一種である石綿肺の認定を受けた被災労働者の権利救済を求める闘いが中心であり、石綿被害全体に目を向けた闘いになっていなかった。
 ところが、2005年6月のいわゆる「クボタショック」は、石綿被害が今なお解決していない社会的問題であることだけでなく、今後数十年に亘って、わが国で暮らす誰しもが直面しなければならない、「産業史上、最大最悪の社会的災害」であることを私たちに思い知らせた。石綿は、耐火性、耐摩耗性等のすぐれた性質をもつ安価でかつ極めて有用な資源であるため、その製品はありとあらゆる製造現場で使用・生産され、建設資材を含む多くの製品として、国民生活のあらゆる場面に取り込まれている。わが国の石綿輸入量は、ピーク時の1974年には35万トン(全世界の総生産量の1割弱)を占め、今日までの総輸入量1,000万トン近くが「ストック」されている。そのため、製造、流通、消費、その後の廃棄に至る全ての過程において、被害をもたらしており、環境省の推計によれば、今後2010年までに中皮腫で6千人、肺ガンで9千人が死亡する可能性があると報道されている。完全なる対策が取られない限り、今後数十年以上にわたって石綿被害が発生し続けることは確実である。さすがに国も、石綿被害が大きな社会問題となることを沈静化させるため、2006年4月に「石綿による健康被害の救済に関する法律」(アスベスト新法)を制定させた。しかし、同法は、国や石綿関連大企業の責任を不問に付し、「指定疾病」を中皮腫と肺がんに限定するとともに、救済給付金も極めて低額に抑えられており、到底「労災補償の対象とならない、工場周辺住民、労働者の家族、一人親方、中小企業事業主等を隙間なく救済する」との制定目的から程遠いものとなっている。

(2)  現在、従前のじん肺訴訟の枠組みの中で訴訟を提起した、三菱重工長崎造船石綿じん肺第2陣訴訟(福岡高裁・2008年2月9日勝訴判決)、住友横須賀造船石綿じん肺第3陣訴訟(横浜地裁横須賀支部)、リゾートソリューション(エタパイ)石綿じん肺第1陣・第2陣訴訟(高松地裁・但し、第2陣訴訟は家族曝露による被害)、三菱重工下関造船石綿じん肺訴訟(山口地裁下関支部)が闘われている。
 それとともに、石綿紡織産業の集積地ともいえる大阪泉南で石綿関連疾患に罹患した患者・遺族(工場労働者と工場周辺の住民)が原告となって、大阪地裁に国賠訴訟を提起しており、本年中の結審を目指して闘われている。原告団・弁護団と支援組織は、「勝たせる会」を結成し、大阪地裁に宛てた30万署名に取り組んでいる。是非、多大なご支援をお願いしたい。また、建設作業に従事した結果、重篤な石綿関連疾患に罹患した患者・遺族が昨年5月東京地裁(原告患者数172名)に、昨年6月横浜地裁(原告患者数40名)に、それぞれ国とニチアス等の石綿含有建材製造メーカー46社を被告として訴訟を提起した。石綿関連疾患の予後は極めて悪く、この訴訟を提起する時点で既に約半数の原告が亡くなっているが、提訴後半年あまりで、東京原告では11名の方が、横浜原告では6名の方が亡くなられた。原告団・弁護団、そして原告等が加盟する東京土建等の首都圏の土建組合は、「待ったなし」の状況にあることを認識し、早期解決に向けて、制度改革、補償基金の創設等の要求を掲げ、アスベスト被害の救済と根絶に向けた大きな世論を構築するための運動(200万署名等)に取り組んでいる。詳しくは、別稿の佃弁護団事務局長の報告を参照されたい。