弁護士 広田次男
1. 6地裁のペース
2004年11月利根川流域の関東6地裁に一斉提訴した八ッ場ダム住民訴訟は予想通りそのペースは6地裁によって大きくバラけた。
担当裁判官が弁護団の背中に油火をかけるようにして、審理を急がせた東京地裁は2008年11月25日に結審し、判決は「追って指定」となっている。
担当裁判長の転勤が予想される水戸は本年1月21日に結審し、同様に判決日は「追って指定」となった。 前橋は1月23日に結審し、判決日は6月26日と指定された。
千葉は一部の証拠採否および証拠調べが残り、埼玉は人証申請の段階に、宇都宮がいわば「一周遅れ」の状況で人証申請の準備段階にある。
2. 6地裁の目的
6地裁ともに八ッ場ダムの建設差止を目的としているが、6地裁(正しくは、1都5県)の治水・利水の状況は内容に於いて、相当の差異があり従ってその主張・立証も相当に異ならざるを得なかった。
しかし、「6地裁のどこかでレンガ1個分だけ勝てば」八ッ場ダムの建設は阻止されるから、原告弁護団は6地裁を決してバラバラには考えていないのである。
「一周遅れ」の宇都宮の裁判は他の地裁にはない争点を有し、証拠としても有力な「隠し玉」を有しているので、原告弁護団の期待は大きなものがある。
統一弁護団では昨年後半から結審を控えた3地裁のための最終準備書面作りに全力を挙げて取り組み、「友情と信頼」を基調にした会議を重ねて精魂を尽くした最終準備書面を作り上げた。(希望者には、1部1,000円にて領布)
その骨子の概略を述べる事により、3地裁での判決を目前にした我弁護団の理論的到達点を紹介する。
3. 八ッ場ダム訴訟の論点と到達点
(1) 財務会計行為
6地裁ともに、被告は住民訴訟の対象である財務会計行為の限定論を展開した。
いわく「住民訴訟の対象は、支出手続の違法性に限定される」、「ダム建設は国が決定したものであり、自治体の権限事項ではない」とした。
この論点での敗北は、裁判がここで終わってしまう事を意味する。
そこで、過去の判例を豊富に引用・分析すると共に、地方自治法だけでなく地方財政法の解釈を深く展開し「自治体は国の下請・負担金支出機関ではなく、自治体の公金支出については独自の判断に基づいて行うべきであり、本件では八ッ場ダム建設への公金支出の違法性は明らかであるから、支出を拒否すべきであった」旨を、攻勢的に展開した。
従って以下の論点は、その違法性の内容である。
(2) 治水-違法性その1 治水の利益は全くない
基準点に於ける「基本高水、毎秒2万2,000立方メートル」これらが、八ッ場ダムの出発点である。
ところが、文書送付嘱託、調査嘱託の結果、「昭和24年時の改修計画では、カスリーン台風による基本高水は、1万7,000立方メートルとされていた事」「現在の国交省関東地方整備局の計算では、1万6,750立方メートルとされている事」などの事実が次々と判明した。
更に、証人尋問に於いて国交省の役人の口から、「基本高水についての考え方は様々であり、2万2,000立方メートル、1万7,000立方メートルといった数字が様々である事は、少しもおかしくない」旨の証言があり、県職員は、「八ッ場ダムはカスリーン台風とは関係ありません」と証言した。
2008年(H20)6月6日付衆議院議長あて、政府答弁書は、「カスリーン台風洪水に於ける八ッ場ダムの治水効果はゼロである」旨の回答をなした。
1952年の計画策定以来、国は、「カスリーン台風時の基本高水は2万2,000立方メートル」と言い続け、それによる被害は「34兆」と喧伝し「だから八ッ場ダムは必要」としてきたのである。
原告らが、「八ッ場ダムは、建設費1兆円なんてチャチな金の問題ではない。この国の民主主義の原点の問題である」と強調する由縁である。
(3) 利水-違法性その2 水余りは明らか
各都県の水需要予想は全て「右肩上がり」である。
しかし、実状との乖離が著しいために各都県とも水需予測の下方修正を続けている。
下方修正を重ねても重ねても、実際の使用量は需要予測をはるかに下廻り続けている。
証人尋問の行われた東京、水戸、千葉、前橋の各地法廷に証人喚問された各都県の職員は、各都県作成の水需要予測を下方修正し続けている資料を突きつけられて、各自治体が過大な水需要予測を続けてきた理由について鋭い質問を受けた。
全ての職員に共通して感じられた事は、「なんとか言い逃れたい」「一刻も早く反対尋問から解放されたい」との想いであった。
誇りを持って「八ッ場ダム建設により住民の生命を守る」という気概を込めた証言ないしは、「八ツ場ダムの必要性」を積極的に説明せんとする証言は全くなかった。
(4) 環境-違法性その3
ダム建設予定地周辺には、植物は135科1,032種、水生生物は6科7種、ほ乳類は15科23種、鳥類は37科140種、爬虫類は3科5種、両生類は4科5種、陸上昆虫類は97科1,273種が生息する多様な動植物の宝庫である。
他方、文化財保護法による国の名勝に指定されいる吾妻渓谷の美しさは多くの観光客を集めている。
ダムはこれらの全てを破壊する。
2008年(H20)11月4日前橋地方裁判所は、「現地進行協議」と称して事実上の現場検証を行った。
当日は快晴に恵まれ、艶やかな紅葉を身に纏った吾妻渓谷自らが、その存在をもって「ダム建設反対」を主張していた。
同行した被告弁護士も、「きれいですね」と思わず口にしていたと伝えられる。
(5) 危険性-違法性その4
危険性の内容は2つあった。
ダム湖周辺の地すべりと、ダムサイトの地盤の危険性である。
地すべりについての論点であるが、その危険性についての内容はあまりに専門性が高く、本稿での紹介は不可能である。
ダムサイト周辺の基礎岩盤の危険性については、国会に於ける議論でも政府は以下のように認めていた事が判明した。
① 昭和45年6月10日衆議院・地方行政委員会に於ける文化庁文化財保護部長の答弁、「ダムの一番力がかかる部分にそういう断層があるという事は、ダムが非常に不安定である、不安であるということであります。」
② 昭和46年2月22日衆議院予算委員会第5分科会に於ける、上記同部長の答弁、「(ダム建設予定)地点は必ずしも地質的に適当ではないという結論が出ました。」
4. まとめ
これだけの主張と書証を重ね、証人尋問に於いて圧勝していれば通常の民事裁判であれば、「大丈夫だと思うよ」と依頼者を安心させる所である。
しかし、言うまでもなく本件は、国交省のドテッ腹に風穴を開ける裁判である。
安易な勝利は最初から考えていない、腹を固めた原告団弁護団の頑張りは、瞠目すべきもので、各地裁法廷は4年間に亘り傍聴人を集め続け、法廷後の説明集会も必ず行われてきた。
また年に1度の全体集会には、毎回百を超える人々を集め続けた。
勝っても負けても控訴審は確実である。
未だ斗いは続く。
続けるだけのエネルギーもある。