高尾山天狗裁判弁護団
事務局長 弁護士 関島保雄
第1 圏央道事業認定と裁判の経過
1 はじめに
圏央道高尾山天狗裁判は3件の訴訟を抱えているが、これまで3回の判決(1審2回。控訴審1回)はいずれも原告住民の敗訴であった。 高尾山の豊かな自然と国史跡八王子城跡を圏央道トンネル工事やジャンクション、インターチェンジ工事から護る目的の裁判であったが、これまでの判決は、圏央道事業は公益性が高く、一方景観破壊や大気汚染、騒音被害は認めるが受忍限度以下であることから、工事差止めも事業認定取消も認めないというものであった。
この間、圏央道工事が進行し、八王子ジャンクションが完成し中央道から関越道が連結した。現在は高尾山トンネル工事の差し止めや事業認定取消が認められるかが中心争点である。
2 現在の圏央道の開通状況及び工事の状況
1996年3月埼玉県鶴ヶ島ジャンクションから青梅インターチェンジまで19.8km
2002年3月青梅インターチェンジから日の出インターチェンジまで8.7km
2005年3月日の出インターチェンジからあきる野インターチェンジ約2km
2007年6月23日あきる野インターチェンジから裏高尾ジャンクション間約9.2キロ合計約40kmが開通した。
現在裏高尾から高尾山トネンル及び八王子南インターチェンジ間の工事に着工している。高尾山トンネルの先進掘削(直径5メートル)は掘削中。
3 圏央道八王子地域の裁判の状況
(1) 圏央道工事差止訴訟(八王子城跡トンネルから裏高尾ジャンクション、高尾山トネンル工事及び八王子南インターチェンジ工事)
2000年10月25日 東京地裁八王子支部提訴。
原告総数人間1322名、自然物5(高尾山・八王子城跡・ブナ・ムササビ・オオタカ)、自然保護団体7団体。 自然物は訴え却下。
地裁での学者証人、小泉(高尾山の生態学)、鳥越(サウンドスケープ)、片方(景観)、鷹取(大気・騒音予測)、坂巻幸雄(地質)
2007年6月15日 東京地裁八王子支部で1審判決により請求棄却。
判決内容
オオタカの営巣放棄、御主殿の滝涸れなどの水脈破壊、景観破壊の事実を認めたが、これら被害は重大でないとし、一方では国の主張する圏央道の公益性公共性を認め、景観や自然生態系の被害につきゆゆしき事態であることを認めながらも、環境権・景観権を認めず原告等の差止め請求を棄却した。
控訴し、東京高裁第8民事部に控訴し係属中。
控訴の趣旨は以下の通り。
① 控訴人361名のうち差止請求は135人のみにした。印紙代高額なため。
② その他は賠償請求を追加請求した。
裏高尾住民28人 100万円
その他333人 10万円
③ 土地収用された場所以外のむさゝび党所有地にある高尾山トンネル工事用の仮設橋梁撤去の請求を追加請求した。これは土地の境界を巡る土地の所有権争い。
国は事後に遅れた請求で却下すべきと主張。裁判所の判断(2月24日の裁判で判断が出る可能性大)が注目。
証人審問の申請を行い今後の審理について2月24日の審理で証人の採用など方向が決まる予定。
(2) 圏央道八王子城跡トネンル・裏高尾ジャンクション事業認定・収用裁決取消訴訟。
2002年7月9日 東京地裁に事業認定取消請求訴訟提起 原告879名
2004年7月6日 東京地方裁判所に収用明渡裁決取消請求訴訟を提起し、事業認定取消請求訴訟と併合された。原告583名
学者証人 寺西俊一(公益性)、小泉武栄(生態学)、平松幸三(騒音)、坂巻幸雄(地質)
2005年5月31日 一審判決。東京地裁民事38部は請求棄却。
判決内容
判決は事業認定・収用裁決取消請求訴訟(2002年7月提訴)について裏高尾地域の大気汚染・騒音被害の発生の危険性は認めながらも環境基準(騒音に関しては道路に面する地域の環境基準を適用して)以下であること、原告らが依頼した環境総合研究所の大気汚染と騒音被害の予測に関する調査に関しては科学性について信頼できないとし、地下水脈の低下の事実は有るが回復していることなどからその影響は大きくないとする一方、事業者の主張に追随して無批判に圏央道の公共性(都心の交通渋滞解消・多摩地域の交通渋滞解消・経済発展への寄与など)を認めて、原告らの請求を棄却する判決を言渡した。原告適格に関しては財産権を有しない原告適格を否定し請求を却下した。
東京高裁に控訴し、控訴人943人(うち自然保護団体7)
控訴審の証人尋問 奥西(地下水)、坂巻(地下水)、鷹取(大気・騒音予測)、多田(交通問題)
2008年6月19日 判決。控訴棄却。
判決内容
原告適格においては圏央道予定地に土地や立木など権利を有しない原告の当事者適格を否定した。大気汚染については国のアセスメントを追認し環境総合研究所の予測調査の科学性を認めようとしなかった。交通騒音被害は認めながらも、対策により環境基準を下回るから過大なものと言うことはいえないとした。工事による地下水への影響は一定程度認めながらも、その影響は深刻なものではないとした。圏央道の公益性・公共性については国の主張をまるごと鵜呑みにして認めた。
最高裁判所に上告及び上告受理申立。
上告人759名(自然保護団体7団体を含む)
第二小法廷に係属
2008年9月1日 上告理由書及び上告受理申立理由書提出。
現在月2階のペースで最高裁要請行動とビラ配りをしている。
(3) 圏央道高尾山トネンル・南浅川インターチェンジ事業認定取消請求訴訟。
2005年11月 事業認定差止請求訴訟を提起。東京地裁民事3部に係属。
原告265名 自然保護団体7団体
2006年5月15日 事業認定取消請求訴訟提起し併合審理。差止請求取下げ。
2008年3月13日 東京都収用委員会の収用裁決取消請求提訴。事業認定取消請求と併合審理。
2008年4月22日 奥西京都大学名誉教授、小泉東京学芸大学教授証人尋問。
6月24日 辰濃さん(元朝日新聞天声人語執筆者)、多田正(環境問題学者)、鷹取(環境総合研究所・環境問題研究者)証人尋問。
現在収用裁決の違法性の審理と公益性特に費用便益の算定根拠について糾弾し証人尋問を申請している。
第2 裁判での争点と立証
(1) 被害の発生
① 裏高尾の大気汚染被害の危険性
環境アセスは裏高尾のような複雑地形では非科学的で使えないプルーム・パフモデルを使い、裏高尾で二酸化窒素は 年平均濃度0.018ppm 日平均0.033ppmで環境基準以下だから問題ないとするが、原告らが委託した環境総合研究所が複雑地形を考慮した3次元流体モデルで予測をした結果、二酸化窒素は年平均値が環境基準の0.03ppm以上の被害地域が広範に予測できた。
環境アセスはSPMの予測もしていない。最近はPM2.5がむしろ問題と指摘されている。
② 裏高尾の騒音被害の危険性
起業者の環境アセスは裏高尾地域に「道路に面する地域」の緩和された環境基準を適用して環境基準以下(夜間50ホン以下)の夜間49ホンであるから問題ないとした。しかし、裏高尾地域に「道路に面する地域」の環境基準を適用すべきではなく住宅地の環境基準夜間40ホンを適応すべきである。そうすると環境基準を超える騒音被害が予測できる。
また環境総合研究所の予測では国が主張する「道路に面する地域」の夜間の屋外環境基準(Leq55dB)さえも超えるLeq55dBから60dBの騒音被害を受ける広範囲な原告住宅地が予測されている。これは本来裏高尾に適用すべき住宅地の夜間の屋外環境基準Leq45dBを大幅に超えるものである。峰尾章子宅の平成17年11月1日の夜間の調査結果では屋外Leq61デシベル、室内47デシベルと睡眠妨害が生じる深刻な被害が現に生じている。
③ 八王子城跡の地下水脈は35メートル低下し、現在も完全に水位は回復しておらず、文化財保護法で保護すべき御主殿の滝もトンネル工事前は涸れなかったのが何回も涸れている。八王子城跡の文化財及び高尾山の自然環境の破壊、オオタカの営巣放棄、裏高尾・高尾山の景観の破壊・裏高尾住民の生活の破壊。
④ 高尾山の豊かな自然生態系は八王子城跡トンネルの経験や同じ地層であること断層が多いことなどからトンネルによる地下水への影響は大きいこと。
(2) 被害は原告らの環境権・自然共有権及び人格権を侵害しているので、工事を差し止めるべきであるとする環境権・人格権侵害が認められるか。
(3) 起業者の公共の利益に対する反論
① 首都圏全体の交通円滑化に役立たない
圏央道は都心部の交通渋滞を解消できない。都心への1極集中を加速している現状を改善しない限り都心部の交通渋滞は解消されない。地域の交通の円滑化は既存の道路の改善で十分である。中央環状線、外郭環状が出来れば圏央道は迂回道路としての機能は小さく不要である。国は1日4万台以上の都心の通過交通が圏央道に迂回すると主張するが、国側の資料を分析すると圏央道全面開通でも都心の通過交通の内1日1万数千台程度しか利用せず都心の交通渋滞解消に役立たないこと、圏央道より都心に外郭環状、中央環状が計画され、中央環状は新宿線が完成し、都心環状の通過交通の7割を引き受けるから渋滞解消に機能することを首都高速自体が認めている。都心から遠くて迂回機能を果たさない圏央道まで必要ない。仮に1日4万台が迂回しても、都心の渋滞の原因は別であり都心環状の交通量が多少減少しても渋滞解消にはならないことを明らかにした。
② 安全な道路交通環境の確保は根拠にならない。
圏央道建設により地域の交通事故が減少するとの科学的な根拠はない。むしろ飲酒運転取締りの強化や既存の道路の通行改善こそ重要。圏央道が出来ることにより地域の交通需要を喚起し交通渋滞が深刻化する。
③ 地域間交流の拡大・産業活動の活性化に役立たない。
圏央道計画に基づく多摩地域の大型開発計画はバブル崩壊後ことごとく崩壊し白紙となっている。地域には圏央道を造る必要性もなくなった。
④ 沿道環境の保全に配慮していない。
緑豊かな環境が圏央道によりことごとく破壊し環境保全に配慮していない。
東京都の景観保護条例にある多摩丘陵地基本軸保護構想にも違反する。
⑤ 費用便益に関して国は圏央道八王子地域の事業に関してB/Cが八王子ジャンクションから青梅インター間で2.2、八王子ジャンクション海老名間で2.7と主張しているが、過大な便益の主張で根拠が無い。国は根拠となるデータを開示していないので、正当化の根拠が無い。
(4) 行政手続違反
① 環境影響評価手続の違法
裏高尾地区の大気汚染の予測手法が誤り、地下水脈破壊に対する調査が不十分で再度環境評価をすべきにもかかわらず行わないことは違法である。
② 文化財保護法違反
八王子城跡は文化財保護法の国史跡に指定されている。地下水低下や地下水脈破壊により御主殿の滝涸れ、城山川の沢涸れ、遺跡の破壊の危険性は文化財保護法違反。
③ 種の保存法違反
国内希少野生動植物に指定されているオオタカの営巣が八王子城跡で確認されたが工事を強行した結果、2002年春に営巣を放棄したのは種の保存法違反である。
④ 自然公園法違反
圏央道は明治の森・高尾国定公園及び都立高尾陣場自然公園内を通過する。
豊かな自然環境や生態系を破壊し自然公園法などに違反する。
⑤ 都市計画手続きにおいて住民の意見を無視した瑕疵が有り違法
⑥ 収用裁決手続きにおいて住民の意見を無視した瑕疵があり違法
高尾山トンネルの収用裁決では人事が不公平。土地の区域の認定も不十分。