ノーモア・ミナマタ国賠等訴訟弁護団
弁護士 中村輝久

1  情勢
 2005年10月3日、水俣病不知火患者会のうち先陣として50名の被害者がチッソ、国、熊本県を被告として、損害賠償を求め熊本地方裁判所に提訴した。二度と水俣病のような悲惨な公害を起こしてはならないとの思いから「ノーモア・ミナマタ」と名付けられたのである。
 2004年10月15日の水俣病関西訴訟最高裁判所判決は、水俣病の発生・拡大についての国及び熊本県の国賠責任を断罪し、行政認定制度で棄却された者の中にも水俣病被害者が存在することを明確にした。しかし、国(環境省)は、現在に至るまで行政認定基準を見直そうともせず、水俣病問題を解決する有効な施策を講じずに放置している状況である。平成20年12月末日現在、熊本・鹿児島両県で、6,222名(昨年より約500名増)の水俣病患者が公健法上の行政認定申請を行い、保険手帳申請者は、両県で22,491名(うち交付者数は19,843名)(昨年より約2,000名増)に達している。
 このような情勢の中、ようやく重い腰をあげざるを得なくなった与党は、与党水俣病問題プロジェクトチーム(与党PT、座長:園田博之衆議院議員)を立ち上げ、2007年10月26日、解決案を示した。しかし、この解決案は被害者の大量切り捨てを前提とするものであり到底受け入れがたいものである上、加害企業チッソの拒否もあって暗礁に乗り上げていた。
 行き詰まった与党PTは、救済案を拒否していたチッソを懐柔するため、チッソの積年の願いであった「分社化」を認める内容を盛り込んだ「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法」案を2009年3月の国会に提出しようとしている。しかし、この与党PT案が大量切り捨てを前提とするものである上、あろうことか加害企業の賠償責任を免じることを認める「分社化」を認める点で、決して実現を許してはならないものである。
 不知火患者会は、2009年1月16日水俣市内で開催した集会で、あらためて与党PTの安易な政治解決を断固拒否する決定をおこない、あくまで正当な補償を勝ち取るため「司法救済制度」の実現を目指すことを確認した。この方針を受け、ノーモア・ミナマタ国賠等訴訟の原告は、同年3月3日、第13陣原告108名が追加提訴をおこない仲間となった。この追加提訴により原告総数は1,650名となった。今後も追加提訴者は増加する見込みであり、これは、与党PTの救済策が受け入れがたいこと、まだまだ潜在的な被害者が多数残されていることを如実に示す現象となっている。

2  与党PT案の不当性及びチッソの分社化の不当性
 2009年3月6日、与党PTは、「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案」を正式に決定した。これに対し、同日、水俣病不知火患者会及びノーモア・ミナマタ原告団・弁護団は、この法案に強く反対する緊急声明を出した。その内容は以下のとおりである。

与党の水俣病問題に関する「特別措置法案」に
断固反対する緊急声明

 

2009年3月6日

 

水俣病不知火患者会 会長 大石利生
ノーモア・ミナマタ国賠等請求訴訟原告団 団長 大石利生
ノーモア・ミナマタ国賠等請求訴訟弁護団 団長 園田昭人
同                  近畿弁護団 団長 徳井義幸

 本日、与党水俣病問題プロジェクトチームは、「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の最終解決に関する特別措置法案」を正式に決定した。
 しかし、同特措法案は、「被害者救済」とは名ばかりで、水俣病被害者を切り捨て、加害企業チッソを救済することで水俣病問題を混乱させるものでしかない。
 まず第1に、同特措法案は「被害者大量切り捨て策」である。
 与党PTの方針は、2007年7月発表の「中間とりまとめ」等を見る限り、申請者の3人に1人しか救済しないものと評せざるをえない。この点に関する患者団体の批判に対し、与党は「救済を受けるべき人は救済する」と述べるのみでなんら説明しておらず、「3人に2人を切り捨てる」大量切り捨て方針であることはもはや明らかである。そもそも、「最終解決」と銘打っておきながら、国は未だに地元が要求する地域住民の健康調査も行っておらず、正確な被害者の実態把握ができていない。そうでありながら、3年の期限を切ってその後に現れた水俣病患者を一切救済しない本法案は、現在声を上げている患者の切り捨てに加え、未だ声を上げられないでいる潜在患者を完全に切り捨てるものである。
 第2に、同特措法案は「加害者救済のための幕引き策」である。
被害者補償を目的とする莫大な公的支援を受けた加害企業チッソが、分社化によってその被害者補償責任を免責されることになる。また、共同加害者である国・熊本県の責任もあいまいなまま、地域指定解除による幕引きが図られようとしている。
 第3に、同特措法案は「法治国家にあるまじき司法無視の無法」である。
行政認定の認定基準を見直さないまま、国の認定審査会をも利用して被害者を切り捨てようとするとともに、与党新救済策を前提にした本法案の救済内容も最高裁判決を無視して開き直っている。しかも、「救済措置」の対象者となるには、認定申請や訴訟提起を行う権利を放棄することが条件とされ、憲法で保障された裁判を受ける権利を侵害している。
 このような「被害者大量切り捨て策」「加害者救済のための幕引き策」「法治国家にあるまじき司法無視の無法」は、被害者としても絶対に受け入れられるものではないし、公害の原点とも言われる水俣病についてこのような法案の成立を許すことは、公害の歴史に悪しき前例を作ることになり、全ての公害被害者のためにも決して許されるものではない。
我々は、この法案の成立を決して許さず断固反対するものである。
 我々は、司法救済制度の早期確立に向けて引き続き力を尽くすことを、改めて決意するとともに、全ての水俣病被害者を救済するために、今こそ被害者たちが連帯して声を挙げることを呼び掛けるものである。

3  訴訟の進行と広がりについて
 ノーモア・ミナマタ国賠等訴訟は、2008年12月19日の期日までに3回にわたる高岡滋医師証人の主尋問を終えた。高岡滋医師は、第1陣50名についての診察状況を詳細に語り、50名すべての原告が水俣病であると診断した理由を力強く証言した。
 2009年1月30日には、高岡医師への被告側による反対尋問が始まり、同年3月13日、4月24日と予定されており、まさに審理は大詰めとなっている。
 また、2009年2月27日、水俣病不知火患者会近畿支部の会員12名らが国、熊本県、チッソを被告としてノーモア・ミナマタ国賠等近畿訴訟を大阪地方裁判所に提起した。これは、水俣病被害地域から近畿地方に移住していた被害者が多数取り残されていたことを示唆するものである。
 さらに、新潟県の新潟水俣病阿賀野患者会も、国と昭和電工に対する訴訟の提起を検討しているとのことである。
 このように、現在においても多数の被害者たちが訴訟に立ち上がっている現象は、与党PTが目論む安易な幕引きを被害者自身が断固拒否していることの現れ以外の何者でもない。
水俣病被害者が正当な補償を勝ち取り、真の意味で最終解決に至るためには、もはや司法による救済しか途は残されていないのである。
 私たちは、最高裁判所判決などを基本に据えて、水俣病被害者か否か及び補償内容を定め次々に救済していく制度、すなわち「司法救済制度」の確立を目指すものである。

4  今後の課題について
 司法救済制度の確立のためには、訴訟において圧倒的内容の勝訴判決を早期に得ること、与党PTによる救済法案の不当性、すべての被害者救済以前のチッソの分社化の不当性を力強く訴えていくこと、が必要である。
 私たちは、さらに一枚岩の団結を堅め、訴訟進行及び全国的な運動の展開に全力でのぞみ早期の解決を目指す決意である。