イタイイタイ病弁護団 前事務局長
弁護士 青島明生

Ⅰ  昨年の特徴
1  提訴40周年の集いの開催
 昨年はイタイイタイ病が公害病に認定され、また、訴訟を提訴して40周年にあたる年であった。これを記念して12月6日に富山県民会館で、提訴40周年の集い「カドミウム被害・イタイイタイ病対策-現時点での到達点と課題」と写真展「あの頃のイタイイタイ病・被害地の生活」を開催した。
 集いでは、近藤忠孝弁護団長が「イタイイタイ病裁判-運動の到達点と地球規模の公害根絶への展望」と題して弁護団結成前後の苦労から、無公害産業の輸出が展望できるまで発展してきたことが話された。また、初めて被害者団体の集まりに神岡鉱業株式会社の社長渋江隆雄代表取締役を招き、「無公害企業をめざして-今日までの取組と今後の課題-」と題する報告を受け、弁護団事務局が今後の課題を報告した。加害企業の社長が出席し、会社が一丸となって無公害企業を目指して工夫をこらし努力を重ねている状況・姿勢を報告したことは参加者の感銘を呼び、市民の関心を呼び、大きく報道された。

2  各種会議の開催とマスコミ報道
 3月に公害弁連の日中弁護士交流会、新医協学術集会、8月には日本環境学会の研究発表会、12月に上記提訴40周年の集いにあわせた公害被害者総行動実行委員会の合宿等イタイイタイ病の現状や教訓を学ぶ会議・企画が富山で持たれた。
 マスコミ・世論も、これらの取組を丁寧に報じたり、中国やアジアの汚染とからめた特集を組んだりし、清流会館訪問や、県内高校の学校新聞や大学のゼミ活動での取り上げなど、いつにない関心の高まりが見られた。

3  全体的な状況と今後の取り組み
 被害救済・回復の主要3分野のうち、①土壌復元事業については、1,500ヘクタールという広大な農地であったにもかかわらず、2011年についに完了する見込みである。②発生源対策については、神通川のカドミウム濃度はほぼ自然界値に近くなるという大きな成果を上げてきた。これに対して、③イタイイタイ病等健康被害の救済問題についてのみいくつかの課題が残っているという状況である。
 被害者団体・弁護団は、カドミウム被害資料館(総合センター)の実現、土壌復元事業の完結に伴うクリーン宣言等の企画や将来体制の検討を行うなど現在の状況から求められる課題の検討を着々と進めている。
 イタイイタイ病の認判定行政、カドミウム腎症の救済、医学研究など不十分な分野が一部あるものの、この間積極的に取り組んできた資料館(総合センター)建設に向けても特筆すべき動きがあり、腎症救済については一定の前進の可能性が見られた。
 その他、立入調査、各種研究会・学習会・説明会・対策会議も開催され継続的な取組が続いているが、今後は、各種40周年(勝利判決、立入調査開始=2011年)も続く。
 今後も神岡鉱業が上流にある限り継続的監視が必要であるが、改善状況を踏まえて必要とされる監視体制の規模・内容の検討が必要となるし、健康被害救済分野では今後も継続した取組みが必要である。これらに伴い、鉱対協・イ対協の被害者団体をどのような形態で存続させていくのかの検討も必要となる。
 復元事業の完結という節目も向かえ、世論の関心が高いうちに各分野での取り組みを強め、一挙に課題の実現・継続を達成したい。
 以下字数の関係から、各分野での今年の特徴を報告する。

Ⅱ  発生源対策
 基本的には、上記の通り神通川のカドミウム濃度は自然界値に近づいているが、なお、当面下記の課題がある。

1  六郎工場地下汚染問題
 六郎工場地下に貯留している大量のカドミウムについて、バリア井戸掘削により対処されてきたが流出防止策に過ぎないと評価されるところ、会社側は、使用原料の変更に伴い、最汚染部分の旧亜鉛電解工場の再利用計画を提案してきたので、これを機会に汚染土壌除去等を検討させた。その後会社側は、建屋内の作業上の支障、建屋基礎の弱体化等の理由で一部しか掘削できないとし、これに対して当方が地下トンネル掘削による汚染土除去と汚染水抜きを提案し、会社側は検討していたが、この間の経済変動等操業環境の激変により使用原料変更・旧工場再利用計画自体が撤回された。しかし、今後も抜本的な解決を求めていく。

2  その他
 発生源監視に不可欠な廃止鉱山内の坑道の維持・管理のための主要幹線坑道、通気用竪坑及び水系統チェック用の坑道の維持のため、逐次坑道調査を行い、基礎データを収集してきている。今後、これを元に、コンピューターグラフィックでの坑道と水の流れの把握が検討されている。
 植栽は、学者らの現地調査で順調な生育が分かったが、さらに継続していく。
 地震対策について、安全解析の行われた堆積場に次いで、工場施設についてのチェックを求めていく。
 カドミウム以外の有害な物質についても、05年10月の「確認書」で削減努力が約束され、今後「排出量削減計画」策定、監視・回収などの対策を実施させる必要がある。

Ⅲ  イタイイタイ病関係
1  イ病認定問題
(1)  患者・要観の現状(2008年12月末現在)
① 認定患者総数 195名 うち生存者数 6名  新規認定者 3名
② 要観判定総数 336名 うち生存者数 1名  新規判定者 0名
 毎年の状況の推移は後記一覧表の通り。

イ病患者認定・要観察者判定年次別一覧表
西暦年 和暦年 認定患者 要観察者
認定 死亡 現在数 判定 要観察者解除内訳
患者認定 死亡 解除 現在数
1967 42 73 3 70 155 0 2 0 2 153
1968 43 44 12 102 33 19 2 29 50 136
1969 44 3 8 97 1 1 6 106 113 24
1970 45 4 4 97 2 2 5 15 22 4
1971 46 1 5 93 1 0 0 0 0 5
1972 47 0 11 82 138 0 5 0 5 138
1973 48 1 2 81 21 0 10 16 26 133
1974 49 3 12 72 7 2 6 9 17 123
1975 50 0 7 65 4 0 4 20 24 103
1976 51 0 6 59 5 0 2 3 5 103
1977 52 0 9 50 4 0 8 0 8 99
1978 53 1 1 50 4 1 6 6 13 90
1979 54 0 5 45 1 0 6 0 6 85
1980 55 1 4 42 3 1 9 10 20 68
1981 56 1 4 39 1 0(1) 7 0 7 62
1982 57 0 5 34 4 0 8 0 8 58
1983 58 10 7 37 0 6(4) 7 0 13 45
1984 59 1 6 32 1 1 7 0 8 38
1985 60 1 9 24 0 0 8 0 8 30
1986 61 4 7 21 1 1(3) 7 0 8 23
1987 62 0 3 18 0 0 5 0 5 18
1988 63 1 2 17 1 1 0 0 1 18
1989 1 4 6 15 0 2(1) 4 0 6 12
1990 2 1 4 12 0 0(1) 2 0 2 10
1991 3 1 1 12 5 1 1 0 2 13
1992 4 5 6 11 5 1(3) 2 0 3 15
1993 5 18 14 15 0 4(13) 1 0 5 10
1994 6 3 4 14 2 3 0 0 3 9
1995 7 0 1 13 0 0 0 0 0 9
1996 8 0 2 11 1 0 5 0 5 5
1997 9 0 2 9 0 0 0 0 0 5
1998 10 2 2 9 0 0 0 0 0 5
1999 11 0 3 6 0 0 0 0 0 5
2000 12 1 1 6 0 0 0 0 0 5
2001 13 1 1 6 1 1 0 0 1 5
2002 14 1 3 4 1 0(1) 2 0 2 4
2003 15 1 1 4 0 0 1 0 1 3
2004 16 1 2 3 0 0(1) 1 0 1 2
2005 17 0 1 2 0 0 0 0 0 2
2006 18 3 1 4 0 0 1 0 1 1
2007 19 1 0 5 2 1 0 0 1 2
2008 20 3 2 6 0 1 0 0 0 1
合計 195 189 6 404 49(28) 140 214 403 1
実数       336     146    
注:( )は申請中死亡者

(2)  2008年認判定の状況(07年12月~08年12月末)
 2008年は07年12月開催分を含め3回の認定審査会が開かれ、新たに4名の患者認定がなされた(要観判定はなし)。
 認定されたのは、①一昨年4月に要観判定とされた76歳の女性、②一昨年の住民健康調査の結果から8月に要観判定とされた74歳の女性、③作年2月死去され剖検された85歳の女性、④昨年3月初申請でX線所見で明確な骨所見があるとされた96歳の女性で、④は骨生検無しでの認定、①、②は認定前に要観判定がされており、いずれも評価できる。

2  審査請求関係
(1)  第2次不服審査請求の4症例と先行2名の経過
 03年6月2名と同年9月14日、同年10月1日各1名の不認定とされた計4人について、異議申立、審査請求を行ってきた。先行していた2症例については、昨年報告した通りであるが、この審理で認定審査会が議事録を作成していなかったことに対して不服審査会が採決で作成を要請した。これをうけ、県は議事録を作成する運用に改めた。
 そこで、08年の新規認定患者の認定審査会議事録を情報公開請求したところ、個人情報を理由にほぼ全面にマスキングされたものしか開示されなかった。そこで、遺族から個人情報開示請求をする手続を準備している。

(2)  後行2事件の経過
 後行2事件は、07年7月から4回の公開口頭審理が行われ、08年12月24日付で裁決が出された。1名は請求棄却、他の1名は不認定処分を取り消し、認定審査会での再度の審理を求めるものであった。
 今回は、前回の手続統制方式をとらず、認定申請者がイタイイタイ病か否か、とくに認定第4条件の「骨粗しょう症を伴う骨軟化症」のうち骨軟化症所見が認められるか否かについて、実体に立ち入って判断された。この点では評価できる。
 また、不認定取消事例は、不認定の4ヶ月後に行われた剖検結果を判断材料として用いるべきであるとし、これを否定してきた知事に対して、再度の判定を命じた。当然のことであるとはいえ積極的な意義が認められる。
 しかし、その他の点の判断では、認定条件を厳しく適用して骨軟化症の所見を否定した。一言で言えば、認定条件に完全に一致しない限りは認めないという、総合的判定のない機械的・形式的なもので、認定審査会と知事がとってきた態度と同じである。
 そもそも不服審査手続が、行政内部の自省的手続という限界はあるにしても、公害健康被害者を一人残らず救済するという公健法の趣旨に反し、自らの責務を放棄したものと言わざるを得ない。
 また、取り消して再審理を求めた裁決については、再審理ではなく不服審査会で判断することができたはずである。認定審査会は、これまでも、「一度不認定とした事件を…」、とメンツにこだわった過去があり、今回再審理しても認定することは期待できない。
 他の分野で成果・進捗がみられるのに、ひとり健康被害救済についてのみ、公害病認定から40年を過ぎても、いまだ被害者が納得できない認判定行政が続いていることは、被害の全面解決を望む県民全体にとって不幸なことである。今回の裁決を契機に、被害者救済を旨とし、認定申請者に納得のいく認・判定行政が実現されるよう望む。

3  カドミ腎症救済
 長年カドミウムによる腎臓障害(近位尿細管機能障害)をカドミ腎症として公害病認定を求めて取り組んできている。
 昨年は、労災病としてみた場合のカドミウム腎症の特徴とその労災としての扱いについての理解を深めるために、下記のとおりイタイイタイ病セミナーで、河野公一大阪医科大学衛生学公衆衛生学教教授に講演をいただいた。労災認定においては業務起因性が主要な問題で疾病性はあまり問題とされていない実情等貴重な報告を頂いた。また、厚労省に対して最近のカドミウム中毒関係の労災認定の実情について照会した。
 総行動での環境省交渉において、環境省は、企業側に負担を求めるためには、カドミ腎症の、非特異疾患性(他の原因でも腎臓障害が起こりうる)、腎機能異常の不可逆性の有無(カドミ摂取中止で機能が回復するかどうかわからない)、疾病性(機能異常であるとしても病気と言えるのか)の各問題をクリアーしなければならないので、なかなか難しい、と消極的ながらも初めて実質的な答弁をした。
 何らかの治療を要するとされるほど重篤な被害者は、多くて数十人にとどまる見込まれること、補償額も要観判定者に比べ相応の減額が予想されること、不可逆な程度に進行した患者に絞ることなど、企業との関係も含め解決の障害はそれほど高くないと考えられる。
今後救済を求める患者の範囲をどのように定めるか、その基準を検討し、県側から住健調査結果の情報提供を受け、全体像を出して交渉していく。

4  イタイイタイ病研究
(1)  第27回イタイイタイ病セミナー
 昨年10月6日(土)富山第一ホテルで開催され、被害地域住民など約150名が参加し、河野公一大阪医科大学衛生学公衆衛生学教授から職業曝露の場合のカドミウムの腎臓への影響について、また、神通川流域のカドミ被害を社会学の視点から調査されている藤川賢明治学院大学社会学部准教授からイタイイタイ病の住民運動の成果と特徴についての報告をいただいた。

(2)  イ病研究
 環境省委託による総合研究班の3年間1区切りとする研究の、本年は2年目の年で、中間年で注目すべき内容は見られなかったようであるが、これまでの研究成果を踏まえない効率の悪さがみられるとのことで、改善が求められる。

Ⅳ  その他の諸課題
1  イ病運動史研究会
 イ病問題をめぐる住民運動と裁判闘争の歴史を学びながらイ病問題をとりまく現在の課題を整理し今後の運動の在り方について考えていこうという目的で03年11月から40回にわたって開催されてきた。この研究会での小松会長等の貴重な証言を今後の運動に活かすべく、証言集として出版するため、現在、注、図表などの検討をしている。本年中の出版をめざしたい。

2  資料館(総合センター)建設問題
 この間県議会での全会派による建設陳情の可決、全会派の県議の参加する毎年総括会議での確認、富山市の県に対する次年度重点事業の要望事項化が行われてきたが、一昨年の総括会議で国レベルでの取り組みの必要性が指摘され、昨年公害被害者総行動で上京した際に県関係の全ての国会議員の事務所に要請を行い、今年1月には県選出国会議員を中心として環境大臣要請を行ってきた。
 これらの成果であると見られるが、県、国に一定の変化が見られ、石井知事は5月に記者会見でその必要性を認め、環境大臣も理念を提示することが重要など前向きの発言が見られ、今年の1月には環境省から委託された工業市場研究会が現地に来て資料の状況の調査を行った。地元の有力紙も社説で必要性を指摘した。
 関係者あげての取り組みが奏功し実現に向けて進み始めたと評価できる。
 今後は、住民側から具体的な内容を提示していく必要があり、現時点で考えられる①資料の収集、整理、保存、②情報発信・環境教育・公害環境の取り組みの交流、③地域住民の健康維持への貢献、④発生源監視等住民の取り組みの支援の機能を果たすために具体的にどのようなことが必要か検討を進めている。