弁護士 村上尚子

1  2002年10月に那覇裁判所沖縄支部に提起した本訴訟は、2008年1月31日に結審し、同年6月26日に判決が言い渡された。判決後、原告被告双方が控訴し、本訴訟は、現在福岡高等裁判所那覇支部に係属している。
2  住民の長い戦いを経て、6年目にして出された第一審判決についての概要を説明する。
(1)  健康被害の認定
 本判決に先立って、2005年2月に同じ那覇地方裁判所沖縄支部で新嘉手納基地爆音訴訟判決があった。その内容は、受任限度をW値85以上とし、W値85未満の地域については、受任限度内にあるとして爆音被害そのものを認めないという従来の裁判例の流れに逆行する不当なものであった。
 普天間基地の場合は、最大でもW値85未満までの地域しかないため、同裁判所がどのような判断をするのか注目されていたが、本判決では、受任限度をW値75以上とし、すべての原告396名について受任限度を超える被害が発生していることを認め、従前の爆音訴訟の水準と同じ判断をした。損害賠償については、W値75の地域で1日100円(月3,000円)、W地80の地域で1日200円(月6,000円)とし、総額1億4,672万3,202円というものである。
 また、騒音と健康被害の因果関係について判決は、やや踏み込んだ認定をした。すなわち、「原告らには、本件航空機騒音が原因となり、又はその原因の一つとなって、高血圧や頭痛、肩こり等のストレスによる身体的被害が生ずる危険性が相当程度あるということができる。」と積極的な認定をし、W値75以上の地域においても、このような状況下で生活していかなければならないことを精神的苦痛と認めた。この点は評価できよう。

(2)  低周波被害
 普天間基地での被害の特徴の一つは、ヘリコプターによる低周波被害である。これについて判決は、原告らの多くが航空機の低周波音により建具等のガタツキなどの影響を受けており、「イライラ感及び不快感の精神的苦痛を受けることも想定できる」としながらも、低周波の暴露状況や建具等の事情の相違により、原告全員が最低限受けている共通被害とまでは認定できないとした。また低周波音による不定愁訴の健康被害についても認定しなかった。W値という騒音基準は、短時間で飛行しうる固定翼機の可聴音のうるささを基準としたものであり、低周波成分が多く含まれ、持続時間も長いヘリ騒音についてはW値では評価しきれない被害が発生している。低周波音の被害の研究がそれほど進んでいないこともあり、裁判所は被害を認定しなかったが、住民の被害が顕著に発生しているのは事実である。弁護団は今後控訴審で引き続き低周波被害について訴えていく予定である。

(3)  墜落の恐怖
 弁護団は、多発する航空機の墜落に対する住民の恐怖についても訴えてきた。特に本訴訟係属中の2004年8月に沖国大にヘリが墜落した事故による現実的恐怖についても立証した。判決はこれらの墜落の恐怖について、復帰の日以降、普天間基地所属機の墜落等の事故が提訴時の2002年までに77件発生したことと上記沖国大での墜落事故の発生を引用して「原告らが本件航空機騒音による普天間飛行場を離発着する米軍機の墜落への不安感や恐怖感を感じているといえ、これが原告らの本件精神的被害を等しく増大させていると推認することができる」とした。裁判所が墜落の危険性と住民の恐怖を認定した点は評価できる。

(4)  飛行差止及び騒音測定請求
 原告ら住民のもっとも切実な要求は、「静かな夜を返せ」ということである。しかしながら、判決は、従来の航空機騒音に関する裁判例の傾向を踏襲し、夜間・早朝と昼間の一定レベル以上の騒音の差止請求を「第三者行為論」により棄却した。
 弁護団は、差止請求の予備的請求として、国には少なくとも騒音レベルを常時測定し、騒音による被害実態の把握に努めるべきという騒音測定義務があることも主張していたが、判決はこれをも棄却した。

(5)  その他、①危険への接近による免責、減額については、沖縄の地域的特殊性を理由に排斥②将来請求は却下③住宅防音工事減額について、1室の場合は10%、2室目以降はさらに5%ずつ(上限30%)の減額というものであり、これらは、従前の航空機爆音訴訟の判決を踏襲したものである。

3  福岡高等裁判所那覇支部での第一回口頭弁論は2009年4月23日の予定である。弁護団は、控訴審での勝利をめざし、現在、主張立証を準備している。