川崎公害裁判弁護団
弁護士 篠原義仁
1 医療費救済条例をめぐる取組み
(1) 1988年、財界と政府は「公害は終わった」として川崎区、幸区を含む全国41の公害指定地域を解除し、新たに発生する被害者の救済の道を閉ざした。しかし、解除後も自動車排ガス等により深刻な大気汚染が発生し、被害者は増え続けている。
この現実を真正面に受け止め、裁判運動を担ってきた患者会、弁護団、市民連絡会の三者は、川崎市交渉を通じ、1990年に川崎区、幸区を対象に公害補償法に準じた医療費救済制度を実現させた。次いで、昨年報告したとおり全市に被害者が発生している現状を踏まえ、道路の設置・管理責任の一端を担う川崎市に「成人ぜん息患者医療費助成条例」を2007年1月から実施させた。
昨年11月末現在で、「条例」認定患者は、2,159名を数え、さらに毎月50名~60名の新規認定が行われている。 その結果、現在川崎市には補償法患者に加えて、要綱による、呼吸器疾患患者(ぜん息に加え、慢性気管支炎、肺気腫などの補償法対象疾病と同一の4疾病を救済対象とし、患者の自己負担1割なし。しかし、本年3月末で要綱は失効し、成人ぜん息に係る条例患者に吸収される)1,155名と成人ぜん息・条例患者2,159名、以上合計で3,000名を優に超えるぜん息等の認定患者が存在し、今なお、大気汚染が改善されていない実態を呈している。
(2) 川崎の患者会、弁護団、市民連絡会は、自己負担なしの東京都条例に比較して弱点を有し、そして、それ以外の面でも補償法と比較して弱点のある、川崎市に係る、成人ぜん息患者の医療費救済条例に対し、①患者の医療費1割負担の撤廃②慢性気管支炎、肺気腫を救済対象疾病に加えること③画像診断(レントゲン)・在宅酸素等まで医療内容を拡大すること④認定に係る居住要件の3年から1年への短縮⑤PM2.5測定局の増設を求めて一昨年から5万名署名(「議会請願」署名)を展開し、昨年の段階で超過達成するに至った。
この署名運動と結合して、各種学習会、街頭宣伝を展開し、市議会対策、川崎市交渉をくり返し行い、市役所前宣伝行動(通年の斗いで、とくに議会開会中は毎週1回の宣伝)も旺盛に追及した。
そうした斗いのなかで、川崎市も前記要求項目との関係で2008年3月12日と6月27日の2度にわたり、環境省に対し、東京並みの「国からの財源拠出」を求める要請を行った。
しかし、国の反応は鈍く、国からの財源拠出は実現していない。
この点に関していうと、東京都条例は「大気汚染によるぜん息患者の救済」目的を明記して(第1条)その救済を図っているのに対し(従って、迂回作戦とはいえ「自立支援型公害予防事業」の枠組みから財源拠出)、川崎市条例にあっては、大気汚染に起因することをボカして「アレルギー対策」一般の救済対策を実行しているため、前記公害予防事業からの財源拠出とは矛盾をはらむところとなっている(平易にいえば「要請先は環境省でなく、厚労省でしよう」という問題)。
(3) こうしたなかで、川崎の運動は少しずつ川崎市を動かし始めている。
具体的には、医療(治療)内容のうち、画像診断の課題は、一時期、射程に入ってきたかのようにみえたが、川崎市の姿勢がまた一歩後退し、現在はその実現に向けてひきつづく交渉事項となる一方で、より費用が高い肺(呼吸)機能検査についてはその実現の見通しとなり、2~3月議会ではなく、6月市議会での条例改正となるが、川崎市もその意向を固める方向で調整に入っている。
居住要件の短縮の課題は、川崎市としてもその方向を確認しているが、「他都市からの(意識ある)流入」問題(殆んどその実例はない)につき、その資料を把握した上で改善する意向を示している。
他方、救済対象に慢性気管支炎を加える課題については、「大気汚染による被害者救済」を目的としている東京都条例で「なぜ落したのか」などと疑問を呈し、いったん、検討課題として合意した課題が難行のきざしをみせている。
ところで、PM2.5の環境基準の設定は、全国患者会と大気全国連とが連携してこの取り組みを強めているが、これと対応する川崎市での測定局の増設問題では、川崎市は、市議会答弁のなかで、平成21年度予算で2局(確定。但し、設置場所の特定はこれから)、平成22年度予算で2局(確定まで若干のつめが必要)を約束するに至った。 これに加えて、環境省が平成20年度予算で全国20ヵ所に測定局を設置することとの関係では、運動側の要求をうけて川崎市も環境省に設置希望を出し、その結果、川崎市内の高津区溝口の旧高津区役所庁舎にその設置が確定した。
斗いが徐々にではあるが、情勢を切り開き、行政を突き動かしている。
他方、2月上旬には要綱患者の条例患者への切り換え通知が送付され、「患者1割負担」の「改悪」の現実が要綱患者に突きつけられる。
この時期に対応して、川崎では医療機関と協力して学習会を組織し、宣伝活動を強め、患者会の会員拡大と結合して、要綱患者問題を突破口にして前記請願署名内容の実現をめざして奮闘することが確認されている。
2 環境再生とまちづくり
(1) 2009年5月20日で、国和解から10年を数える。
2007年2月には、企業和解から数えて10年の区切りのなかで被害者救済制度の斗いと「環境再生とまちづくり」の取り組みを中間的に総括して、「よみがえれ青い空-川崎公害裁判からまりづくりへ」(花伝社)を出版した。 従って、この間の斗いの到達点は、この出版物に集約され、その後の2年の取り組みは、それにさらに上積みをはかるということで展開された。以下要約する。
(2) 国道15号線(いわゆる京浜第一国道)の道路構造対策、沿道対策、緑化対策は、昨年報告したとおりであるが、国交省関東地方整備局の「一応完了した」との回答には満足せず、その後も現地調査をくり返し、追加植樹の追及、とりわけ高木の追加植樹を要求し、二次、三次と追加植樹を実現させた(5万5千本の追加植樹と更なる追加植樹)。
また、中央分離帯の削減、それに伴う歩道幅の拡張に関連して生まれた、歩道とは別の自転車道は、その配置状況につき「使い勝手」が悪く、より利用の便に供されるための「改善」問題が、昨年秋の共同現地調査でようやく、国交省との間でも共通認識となり、 国交省もその改善をめざして公安委員会(所轄の警察署)との調整を開始した。
川崎公害裁判のモニュメント(記念碑)の設立については、患者会提供の、本谷勲邸の高野槇の移植が1年有余の養生期間を経てようやく完了し、その結果、その趣旨を記載した、表示板の設定につき、設置場所、表示内容が特定するに至った。
一方、国道15号、国道1号をはじめとする道路公害対策としての本事業が、川崎公害裁判の結果実現したことを示す記念碑(モニュメント)の設置については、その碑文の確定で期間を要したが、結論としては加藤満生弁護団長の揮毫による「碑文」が完成し、御影石で作ることを前提に(費用は国負担)、旧川崎警察署交差点付近に設置されることが確定した。
私たちは、2009年5月20日の和解10周年記念としてその式典(除幕式)を予定し、国交省とのつめを急いでいる(既に延引)。
尼崎につづきその実施を要求していた、大気汚染公害対策としての、大型車を市街地から臨海部へ誘導するための、①ロードプライシング②ナンバープレート規制③走行車線規制の課題については、昨年ようやくドライバーや運送業者へのアンケート調査が完了し、本年3月までにそのまとめの作業が完了するまでに至った。 その結果、①の具体的実行、②、③に関しての警察・公安委員会との調整・協議が喫緊の課題として提起されるところとなっている。
同時に、アンケート調査の内容にもなり、きわめて有効な迂回策となる臨海部に位置する一般道である国道357号線の整備の課題(東京・横浜側は完成。川崎部分のみ未完成。この道路建設については私たちは大気汚染対策上、よしとして反対していない。むしろ、道路建設の促進を要求している)が 、近々にもクローズアップされてくるところとなっている。
(3) 国道1号線(いわゆる京浜第二国道)の改善(道路拡幅を前提とせず、07年実施の方向別交通量調査に基づく、交差点構造等の改善)は、南河原公園周辺道路の改善(横断歩道の付け替え、見通しの改善のための諸改造工事、歩道上の障害物の除去と歩道・路地構造の改良)、幸区内一帯の沿道歩道の改善(障害物の除去、歩行に支障ある構造の改良、バス停留所周辺の改善、緑化対策の推進、接続している市道とリンクしての構造改良)、多摩川大橋に通ずる歩道の拡幅、緑化(私たちが反対した、道路拡幅のためのモデル地区として先行取得した土地の「有効」活用)が図られ、歩道幅の狭い多摩川大橋の歩道橋改良(有効幅員、現行1mを2.5mに拡幅)も橋脚の補強工事を進めるなかで上り線の工事が半ばを越え、ひきつづきの工事の続行と、その後の下り線側の工事の開始ということで、具体的な日時を明示して作業が行われている(それ以外の工事の詳細は昨年度報告参照)。 国道1号線の位置する幸区の取り組みで特筆すべことは、患者会とは別に地域住民の有志を募って地元住民組織(中核は、患者会、市民連絡会の事務局)を組織して取り組まれ、それをふまえて、沿道住民へのくり返しの全戸配布をするなかで、近年に至っては、沿道に位置する町内会、マンション自治会もその討議をもち寄り、会三役が私たちが企画した、横浜国道事務所との交渉(会場は、患者会事務所の会議室)にも参加し、さらには、国道事務所との現地調査にも参加するに至っていることである。
そうしたなかで、さすがに地元住民しかわからないような、キメ細かな要求も提起され、国道事務所交渉も、現地調査も、更に実践的な課題を追加して地域全体で環境をよくする取り組みとして、つづけられている。