弁護士 篠原義仁

□1
 公害弁連は、2000年9月22日「司法改革問題の意見書」を公表し、以後、継続的にこの問題を追求してきた。ちなみに公害弁連意見書は、①国・公共事業相手の裁判についての問題点、②差止裁判をめぐる問題点、③「カネと時間のかかる」裁判の問題点を実践的に分析し、第1に「現行制度の民主的改革」に係る提言を、第2に「迅速かつ公正な裁判の実現」に係る提言をそれぞれ行った。
 公害弁連は、その提言の実現をめざして「司法に国民の風を吹かせよう」実行委員会(略称「風の会」)の設立に関与し、以後事務局団体の一翼を担って、公害環境団体、消費者(訴訟)団体、女性団体と協力、共同して、シンポジウム、学習会、司法改革審議会及び司法改革推進本部への申入行動を行い、各種要求をもり込んだ署名、とりわけ最近では全国連絡会とも協力して弁護士報酬敗訴者負担に反対する署名に力を注いできた。

□2
 2001年12月1日に司法制度改革推進法に基づき司法改革推進本部が発足し、司法改革は第二ラウンドに入り、2003年には司法試験法改正法をはじめとする諸法の立法化作業が進行し、その斗いは第三ラウンドに入ろうとしている。新自由主義、規制緩和路線に基づく「司法改革」の途をたどるのか、それとも憲法と民主主義、基本的人権に忠実な裁判と裁判制度の実現、すなわち真に民主的な司法改革を実現するのか、本年はそのために重要な年となっている。
 現在、推進本部には10の検討会がおかれ、その検討が進んでいるが、全体としては司法改革審「最終意見書」の枠内に抑えようとする動向が強まっており、そのなかで国民の要求に添った司法改革を実現することは焦眉の課題となっている。
 こうしたなかで昨年秋から年末にかけて新仲裁法制に対し、改悪阻止の斗いが精力的に取組まれ、公害弁連も「風の会」としてこれに取り組んだ。新仲裁法については労働契約、消費者契約など経済的弱者・強者の関係にあるものをも含めて包括的に取り扱おうとした検討会の討議に対し、関係諸団体が抗議と反対の意思を素早く表明し、その結果、これら契約については特則を設けさせて落着させることができる見通しとなった。
 また、弁護士報酬敗訴者負担導入の企図に対しては、全国連絡会を中心に全国から20万近くの署名が集約され、諸団体が、個別に、あるいは共同して導入反対の申入行動を組織し奮闘しつづけている。昨年11月28日の検討会の本格的討議に先立ち、日弁連は従前の方向性を軌道修正し、明確に導入反対の方針を掲げ11月集会を成功させた。
 全国の諸団体は、こうした日弁連の対応以前から、国民の裁判を受ける権利を奪う弁護士報酬敗訴者負担制度反対の一点での共同行動を組織し、地道にそして堅実にその斗いを推進してきた。
 この課題については本年1月29日に検討会が再開され、ここ数カ月が大きなヤマ場となっている。
 こうしたなかで「弁護士報酬の敗訴者負担制度に反対する連絡会」は、事件関係者、法律家諸団体に呼びかけ、1月29日に司法改革推進本部へ向けてのデモ行進と国会内集会を企画し、導入阻止の取組みを強めることとしている。これには東京を中心とする関東はもとより、仙台、大阪、名古屋等々からの参加はもちろん、参加団体の幅も労働組合、民主団体に止まらず、労働、公害環境、消費者訴訟、オンブズマン関係団体、税金訴訟、医療過誤、違憲訴訟諸団体等々この問題に反対し、その取り組みをつづけてきた多くの戦線からの参加が見込まれている。
 公害弁連も当然この取組みに参加することとし、導入反対の成果をかちとるべく奮闘することとしている。

□3
 この課題での公害弁連の基本方針は、2000年9月22日意見書に詳述してあるが、国・公共事業を相手とする裁判、行政訴訟制度の改革のあり方について私見を交え以下のとおり、前記意見書を補充することとする。
第1.総論的提言
1.最高裁裁判官の任命手続への国民の参加と最高裁裁判官の国民審査の民主化を図る。
 (1) 行政からの司法権の独立を貫徹するためには、現行の最高裁裁判官の任命手続を改革し、国民参加の下の選任手続に改めることは必須となっている。
 (2) 同時に現行国民審査(情報公開の不十分性、○×を付さない場合の信任取扱の非民主性など)の方法を抜本的に改め、国民主権に依拠した制度と運用を確立することが必要である。
2.司法への官僚的統制を排除し、真に裁判の独立を確保するため裁判官会議の権限回復と活性化を図る。
  「下級審の裁判官が、最高裁はどうもこういう考えのようではなかろうか、というようなことを揣摩憶測され最高裁判所の判断を先取りする」(谷口正孝元最高裁判事「裁判について考える」)といった状況、裏返していえば最高裁に気がねした下級審判決の悪弊を除去するため、最高裁事務総局を頂点とする官僚的裁判統制は直ちに中止する必要がある。
3.「司法の常識」と「国民の常識」との乖離をなくすため、裁判官の市民的自由を保障する。
  「日独裁判官物語」(映画)における日独での裁判官のおかれた立場のコントラストをみれば明らかのとおり、裁判官にも憲法が保証した市民的自由の確立を図ることは、行政訴訟の公正さ、中立性からして必然のことである。
  青年法律家協会に所属する裁判官に対する任官・再任拒否問題、寺西裁判官懲戒問題に示された最高裁の対応は、きびしく批判され、改善される必要がある。
  ところで、大気汚染裁判で原告弁護団は各地で連携して、共同の証人、共同の証拠、共通の主張で対処した。これに対し、裁判所は企業のみを被告とした千葉川鉄、倉敷では、大気汚染物質と健康影響の因果関係を認め原告を勝訴させ、一方、国をも被告とした大阪西淀川、川崎(いずれも一次訴訟)でその因果関係を否定して、国への請求を棄却した。国に気がねした司法消極主義、行政追随主義は、健全な国民常識に反するものでその克服が強く求められている。
4.裁判統制につながる個別事例を取扱う裁判官合同・協議会は中止する必要がある。
  労働事件(官民問わず)、公害訴訟(国、公共事業相手の裁判)、水害訴訟その他の分野において裁判官合同・協議会が最高裁主導のもとに開催され、裁判の統制に連なっている。裁判官合同・協議会名の裁判統制は、行政訴訟における裁判の審理や判決につき国民の不信をかうもので直ちに中止することが要求されている。
5.判・検交流の制度を廃止する。
  行政訴訟における三者構造のなかで、裁判所と一方当事者を構成する訟務検事の交流が恒常化しているが、裁判の公正、中立の点で、また国民の司法への信頼をかちとるという点で直ちに中止される必要がある。私自身の経験した税金訴訟、水害訴訟(多摩川水害)、公害訴訟(川崎公害)においてもその弊害は明らかである。
第2.各論的提言
1.当事者適格、処分性の判断につき、その是正が必要である。
  行政訴訟における当事者適格、処分性の問題につき、現実の裁判にあっては厳格にすぎ公正さに欠け、国民の司法アクセスを阻害している。それを抜本的に改め、国民の提訴の権利を保証することが求められている。私自身、新横浜駅前開発に係る土地区画整理事業の裁判で、昭和41年最高裁判決、いわゆる青写真判決の壁を痛切に感じたところである。
2.裁判所の体制(人的、物的体制の拡充を含む)の改善を図る必要がある。
  行政訴訟にあっても、早期、公正判決が国民の基本的要求となっている。そのいみで、裁判所の人的体制、すなわち裁判官はもちろん、書記官以下の職員につき人的拡充をはかり(速記官制度は拡充こそ必要で、廃止、削減は論外)、それとの対応で物的体制も拡充することが必要となっている。
  但し、情報公開、立証責任の転換、証拠の偏在問題の抜本的改革がないなかで、「2年で判決」という拙速な迅速主義は絶対に認めることはできない。
3.国側指定代理人制度を見直し、改善を図る必要がある。
  判検交流の廃止は当然のこととして、訟務検事制度の見直しを図り、国側指定代理人も弁護士のみからの選任にするなど具体的改善を図る必要がある。
4.証拠の偏在の是正を図り、迅速・公平な裁判を実現する必要がある。
  公害・薬害訴訟における、因果関係に係る証拠の偏在(ときに「偏在」を悪用し証拠を隠滅、改竄)、解雇・賃金差別事件における人事関係資料の証拠の偏在は、裁判の迅速化、公平化のために早急に改善される必要がある。
  税金裁判における、推計課税に係る税務署側の「立証」とそれを容認する裁判所の姿勢は訴訟当事者全員による真実の究明を拒むもので、裁判の迅速、公平に反するところとなっている。
  以上の実態を改善するために証拠開示制度の導入、情報開示義務の法定化、文書提出義務の範囲の拡大、公務文書に係る文書提出命令の拡充強化、証拠保全の要件の緩和が実現されなければならない。
5.迅速で充実した審理を目指して、1ないし4の実現を前提に早期かつ柔軟な審理計画の策定、集中証拠調べ、大量原告の個別立証の工夫が行なわれるべきである。
  くり返しいえば、前記1ないし4の実現がないところに迅速審理、訴訟促進のみが導入された場合の弊害は計りしれないことを銘記すべきである。
  なお、新横田基地公害訴訟判決(平14.5.30東京地裁八王子支部)は、多数原告の陳述書による「共通被害の立証」で十分とする原告の主張、立証に対し、裁判所は陳述書未提出につきその一事をもって報復的に証拠不十分としてその請求を棄却した。
  これは大量原告に係る裁判の立証方法の改善を拒否するもので、到底、公正、中立な判決とはいい難い。
  迅速、公平に名を借りた裁判の悪用はいささかもあってはならない。
6.国民の司法へのアクセスを保証するため法律扶助制度の拡充、提訴手数料(貼用印紙代)の低額・定額化、訴訟救助の基準額の引上げは必須となっている。
  法律扶助の拡充、訴訟救助の適用範囲の拡大は、国民いずれもが等しく裁判を受ける権利を保証するために早期の実現が要求されている。
  わが国の貼用印紙代は高額で、行政処分については一律95万円算定ではあるものの、損害賠償訴訟などにあっては一個人としても高額で、また、大規模集団訴訟にあっては訴訟遂行費用の高額化とあいまって国民の司法アクセスを阻害している。差止訴訟についていえば、従前差止対象行為を一件として数えたのに対し、原告一人を一件として捉え、印紙の高額化を図った運用改悪が行なわれたが、それは直ちに改善される必要がある。
  いずれにしても「カネと時間のかかる裁判」といわれる状況に対し、「カネ」が原因で司法へのアクセスを阻害することがあってはならない。
7.弁護士報酬の敗訴者負担は絶対に導入すべきではない。
  消費者訴訟、労働訴訟、住民訴訟、公害・環境訴訟、医療訴訟、PL訴訟、株主代表訴訟、議員定数配分違憲訴訟などあらゆる分野で、敗訴のリスクのなかで裁判が積み重ねられ、その結果、長い苦難の取組みのなかで徐々に成果をあげるに至っている。
  こうした政策形成訴訟にあっては弁護士報酬敗訴者負担の導入は、訴訟提訴自体を萎縮させる結果を招来する。
  大阪国際空港公害訴訟大阪高裁判決から尼崎公害裁判まで、苦節25年の取組みの結果、国民は再び差止の権利をとりもどした。この制度の導入のなかで25年の戦いが継続したかといえば、否定的な評価とならざるをえない。
  この制度導入は、あきらかにこの種裁判の封じ込めをねらうものにほかならない(大東水害訴訟最高裁判決後の、一連の水害訴訟の敗訴の連続の歴史をみても同様である)。各種行政訴訟の場合もこれまた同様である。従って、同制度の導入は絶対に許されない。

□4
 司法改革問題は、重ねて強調すれば立法化作業に入る本年が正念場となっている。
 公害闘争を通じ、現在の司法の病巣を実感し、その克服の必要性を痛感しているわれわれ公害弁連としても自らの位置する戦線分野において、そして弁護士会での取組みにおいて、さらには各所属法律家団体の斗いにおいて、真にあるべき司法改革の実現をめざして、困難が予想される斗いではあるが、奮闘しつづけることが期待されている。