川崎公害裁判弁護団

1、現在の到達点と状況

 国との連絡会、川崎市との検討会を軸にこの1年の取組みも進行した。
 国和解後、すでに報告したとおり産業道路の車線削減工事、産業道路と高速横羽線の低騒音舗装工事、遮音壁の設置などは一歩前進し、産業道路での土壌脱硝装置、光触媒による脱硝実験も開始された。
 こうした一連の対策は、臨海部の一方が工場地帯、一方が住居地域という状況の下での取組みであった。
 臨海部より北の、住居地域、商業地域での諸課題、諸対策はどうなっているのか、この1年の取組みはある局面では前進し、ある局面ではひきつづく国の道路建設計画との関係できびしい対峙がつづいたものとなっている。

2、国道15号線

 国道15号線(いわゆる京浜第一国道)は、六郷大橋から横浜市境まで3km弱あるが、今、その2.5kmについて「リニューアル工事」と称して環境改善の諸対策が実施されようとしている。
 もともと一国は、道路幅員が50mあるなかで13mの中央分離帯、片側3車線(計6車線)の車道と4.5mの歩道、2mの植樹帯からなっている。これを道路幅員を変えずに13mの中央分離帯を6mに削減し、その削減部分を歩道側につけて、2.5mの自転車道を歩道と分離して新設し、車道と自転車道、自転車道と歩道との間に 植樹帯を設けて「緑豊かな」国道に造り変えよう、ということで道路整備が進行している。この提案は、国和解に基づく原告側提案として提起され、国も「道路幅員を変えず」にという枠組みの提案であったため、比較的スムーズにこの提案を受け入れ、昨年10月5日、その起工式が、関係地域団体とともに原告団、弁護団も参加して行なわれた。
 原告側提案は、専門家を交え数次にわたって案が練られ、11月18日には、試行錯誤という実験的要素と、住民意見の集約、検討という手法をくり返し行なうことを前提に当面する具体案として提起された。そこでは、中央分離帯(6m)を全体として計百メートル毎の4ブロックとして捉え、13種類320本の高木等(数値は例示)で彩る、「森のような」雑木林を形成するものとして提案された。しかも、4ブロックそれぞれに特色をもたせ、東京寄りは落葉樹を、横浜寄りは常緑広葉樹を多くする、中木、低木は市民に親しみのある花や実のあるものを折りまぜるなどとして提案された。また、市役所に近い稲毛公園周辺では稲毛神社の緑をもとり込んだ計画を立て、川崎中央郵便局側の緑と一体構造とし、ハローブリッジもとり込んだ面的環境施設帯の提案を行い、せせらぎや池を配置し、中央分離帯の構造とあいまって「鳥を呼び戻す空間」として提案された。
 この外、ポケットパークの設置、地域住民とりわけ公立学校を対象として憩いと文化的展示施設の設置など、緑を含めたこうした諸施設管理面の体制確立を前提として諸プランが立案されている。なお、こうした一連の施設のなかに、川崎公害裁判の結果、こうした諸対策の実現に至ったことにつき、しかるべき場所にその記念碑(碑文の工夫)を建立することも国との関係で約束されるに至っている。
 こうした計画を実現するためには、川崎市の参加を中核として、町内会、商店街、学校関係、PTA、環境団体をはじめとするボランティア組織との連携が必須と認識され(とくに将来的な管理の課題)、今、ワークショップ企画を軸に徐々にそのための取組みが進められている。
 2~3年後の正月の箱根駅伝で、川崎市内地域の「絵柄が変わった」と思われるように、を合言葉に元気ある活動が進められている。

3、国道1号線

 他方、同じ被告道路でありながら国道1号線(いわゆる京浜第二国道)問題では、厳しいたたかいが行なわれている。
 国は、川崎公害和解を実践するためと称して、二国に関しては交通渋滞対策としての道路拡幅を推進しようとしている(対象区間2.8km)。
 この拡幅計画は、とっくに忘れ去られていた51年前の都市計画決定を基礎に、2001年8月、国土交通省と川崎市が沿道環境整備計画の一環として発表したものである。環境改善を唱えながらその内容は「現在の23m道路を道路幅40.5m(歩道を含む)に拡幅」し、拡幅部分の一部に植樹帯を設置するというものである。ちなみに30mの拡幅は51年前の都市計画決定で、40.5mまでの拡幅は、沿道法を適用して沿道道路指定でやるというものであった。
 寝耳に水の発表をうけ、基本的な法律知識をもたない関係住民の間の動揺は大きかったが、原告団と川崎公害根絶市民連絡会は緊急に討議をし、川崎公害和解がその趣旨( 総量規制を中心とする自動車排ガス対策の完全実施)に反して悪用されていることに対し、地域学習会、地権者全戸訪問活動などをつうじて、問題の本質の解明を行なっていった。
 こうした取組みのなかで、原告団事務所を連絡先として(但し、実務の中心は市民連絡会)地権者を結集した「川崎国道1号線問題協議会」が結成された。協議会は、「国道1号沿線は公害激甚地域であり、道路拡幅は車を呼び込み、大気汚染を拡大する。川崎公害裁判の和解条項は、公害対策と環境改善の約束であって、住民追い出しの合意ではない」を基本に計画の撤回を求めたたかいを進めている。具体的には、国道1号線の拡幅計画の中止はもとより、環境改善、安全対策として現行片側3車線を2車線に削減し(注、横浜市地域内では若干自動車交通量が川崎市地域に比べて少ないことから2車線化完了)、1車線分を歩道の拡幅と緑地帯にすべしと要求し、現在進行中の多摩川大橋付近の「モデル事業」の即時中止を求めている。
 ちなみに、国土交通省と川崎市が共同作成したパンフレットは、沿道法の適用には地権者住民の同意が必須条件であるにもかかわらず、故意にそれを落し、30m道路の都市計画決定と同様の手続で事業計画が進行するかのように説明した内容となっている。そのことについて詐欺商法にも等しい行為を行政が行なうのか、と協議会に追及された国と市は、そのパンフレットの内容の誤りを認め、パンフレットの作り直しを約束するに至った(但し、未実施)。協議会の激しい、そして、正当な反対運動の前に国は「沿道法の40mはあきらめたが、せめて都市計画の30m道路はやらせてほしい」などと述べるに至っている。しかし、油断はならず、また30m道路であっても絶対容認できないとして協議会は前記要求を揚げて取組みを進めている(現在は、行政が設置する、拡幅計画を進めるための「検討会」と「懇談会」のメンバー構成に対する取組みが強められて進行している)。

(注) この事業の2001年度予算8億6千万円に対し決算は2億円。2002年度予算も8億6千万円で、現在までの執行は20%(モデル事業地域の土地買収費)。全体の事業予算は、170億円。国が3分の2、川崎市が3分の1負担で、川崎市の税金分は57億円。税金のムダ遣いの典型例。

4、高速川崎縦貫道(国道409号線)

 すでにくり返し報告しているとおり、10年来にわたって住民は、川崎縦貫道建設に反対しつづけている。この道路は、アクアラインの受皿として川崎を南北につなぐ高速幹線道路として計画された。そのアクアライン(木更津・川崎間の東京湾横断道路)は、期限通りに借金を完済するためには1日当り自動車走行量は約3万1500台(収入約1億3700万円)が必要なところ、現実の走行量は99年度で約9600台(収入は約4000万円)にすぎない(但し、高速料金の値下げにより2001年は約1万3000台の走行量)。
 赤字必至の道路が、政府主導の下でゼネコン型公共事業の典型例として実施された結果、当初見込総事業費1兆1500億円(川崎市負担20億円)が完成時事業費1兆4400億円(川崎市負担30億円)にふくれあがり、その借金の返済が前述のとおりメドが立たず、道路公団赤字路線46路線のなかで赤字幅ワーストワンの位置を占めるところとなっている。
 その受皿の川崎縦貫道の建設が、今もって必要であることは考えられない。そうしたなかで建設省(国土交通省)は、2000年12月の住民との交渉で、その建設続行(とりわけ2期工事)が必要かどうか、ルート、構造など基本的なところから見直すと言明した。
 川崎市も、99年策定の「新中期計画」で、①1期計画は計画決定どおり実行する②2期計画は「留保事業」として実行予算はつけないでおく、とした。 阿部新市長のもとでの「行財政改革プラン」(2002年9月)は、1期のうち、浮島と大師ジャンクションまでは推進する、大師ジャンクションから第一京浜(川崎競馬場)までは密接な関係にある2期計画のルート、事業主体等に不確定部分があり、国の動向に注視しながら対応するとして、「国の様子見」であることを言明した(ちなみに2期計画については全く触れていない)。
 こうしたなかで、昨年4月30日、浮島ジャンクションから殿町出入口までの間(約3.5km)が部分供用された。道路公団の説明ではこの部分供用の結果、殿町出入口を利用する自動車台数は一日あたり6000台と予測されていたが、現実の走行台数は、2,400台/日に止まっている。
 アクアラインといい、川崎縦貫道といい、その必要性と公共性を説明するために現実を無視して予測交通量は過大にアセス評価され、その一方で、税金のムダ遣いとの批判を避けるため建設費用は過小にアセス評価された。ちなみに、1期計画(約7.9km)は、当初事業費として5,684億が見込まれていたが、平成13年度末までの実施済工事費としてすでに4,343億(川崎市負担分560億円)が使われている。そして、川崎市の説明によっても現在の進捗地から大師ジャンクション完成までの事業費は1,978億を必要とし、建設省の試算でも残りの事業費(川崎競馬場まで)の想定は7,570億円にのぼるとされている(京浜臨海部再編整備問題調査研究会は、これよりはるかに高く9,238億円と試算)。
 公害道路で、税金のムダ遣い路線の川崎縦貫道建設の続行に一片の正当性も見い出せない。
 今、行政として、そして公団として行なうべきことは川崎縦貫道計画の即時中止と409号沿線の環境対策の実施、高速横羽線と高速湾岸線の料金格差制度の早期導入、ディーゼル車の流入規制のための川崎南部地域全域を対象としてのロードプライシングの完全実施等にあることは明らかであり、それが、川崎公害裁判の和解条項の誠実な履行である。
 なお、川崎縦貫道計画については、東京側の東京外環道路の展開とあいまって即時中止どころか、国・県市と日本道路公団・首都高速道路公団で構成する「川崎縦貫道路計画調整協議会」の場で、①首都圏の広域ネットワークを構築する観点②川崎市域の交通状況を改善する観点③まちづくりを進める観点から従前どおり「2期工事計画の必要性を再認識」する、とした上で、ルート・構造等の現公表案の変更、検討が行なわれている。すなわち現公表案は住宅地域導入型で無理と判断し、それでは、例えば多摩川沿いルートはどうか(それに伴う構造の変更)などといった画策、検討が執拗に行なわれている。

5、むすび

 この外、川崎市には臨海部に位置する、①高速扇島線(現市道さつき水江線)の延伸、具体的には水江町・扇島を結ぶ架橋(又はトンネル)、②国道357号線の新設③臨海部幹線道路(県道殿町・夜光線)の東京及び横浜への延伸の計画も立てられている。他方、住居地域の道路に関しても国道15号線と産業道路を結び都市計画道路池田・浅田線の事業計画も提起されるに至った。この計画も昭和21年8月26日に都市計画決定された道路(幅員25m)であるが、それが突然昨年8月に関係地権者に測量実施通知が送付されて、反対運動に火がつくところとなった。
 川崎公害裁判での和解が成立しても、幹線道路推進の逆流は依然として大きいものがあり、和解成立後であっても、たたかいの体制を確立し、どうたたかいを組織していくのかはひきつづき重要な課題となっている。
 なお、その組織と運動づくりの一環として川崎では、かわさき川崎環境プロジェクト21(KEP21)が、その研究の集大成として昨秋「環境再生ー川崎から公害地域の再生を考える」(有斐閣)を発行した。国道15号線についても自然科学者を中心とするサポート体制が組織された。この外、川崎での幅広い運動を支えるものとしての公害環境フェスタ(年2回、6月と10月に開催)も8回を数え、完全に川崎市民の取組みとして定着し、昨年からは新聞社各社の後援を得るまでに発展した。川崎での運動を考えるうえで南部の公害環境問題と北部の緑を中心とする、自然破壊に反対する取組みとの連携は必須であるところ、北部の取組みに係るセンター事務所が確立し、徐々にではあるがその連携も強められつつある。
 裁判解決後、まだまだこれほどの課題があるのかという思いをもちつつ、川崎公害裁判とまちづくりの課題の運動はつづけられている。