1 基地騒音裁判の相次ぐ判決
昨年1年間は,基地騒音裁判の判決ラッシュの1年となった。3月に小松基地第3・4次訴訟(金沢地裁),4月に新横田基地対米訴訟(最高裁),5月に新横田基地訴訟(東京地裁八王子支部),10月には厚木基地第3次訴訟(横浜地裁)と,各地で判決が相次いだ。このうち,新横田対米訴訟最高裁判決を除けば,いずれも基地周辺被害住民の損害賠償請求を認容するものであった。
特筆すべきは,そのいずれの判決もWECPNL値(うるささ指数)75を航空機騒音の受忍限度とし,これを越える騒音レベルを違法状態にあるとした点である。これまでW値75を受忍限度とした裁判例は旧横田基地訴訟と嘉手納基地訴訟に限定されており,W値80までしか救済されていなかった小松基地訴訟,厚木基地訴訟でもW値75まで救済範囲を拡大することが重要課題となっていたが,両訴訟でもこの規準をクリアしたことにより,基地騒音裁判においては少なくともW値75以上は救済範囲となることが定着したものと評価できる。
また,これらの訴訟はいずれも原告数1000人を越える大規模訴訟でありながら(小松訴訟約1800人,新横田訴訟約6000人,厚木訴訟約5000人),居住地域,職業,年齢などの違いを越えて共通被害の存在が認定されたことも重要である。上記3訴訟で国が賠償を命じられた額は総額約60億円もの巨額に及んでおり,各地の基地がいずれも住宅地に取り囲まれた環境にあって,潜在的原告ともいうべき騒音被害住民は原告数の数十倍に及んでいることを考え併せれば,本来国が地域住民の被害救済のために負担すべきコストは計り知れない。こうした判決の積み重ねが,国に対して基地利用のあり方,音源対策,さらには基地の存在そのものを見直しを迫ることにもなるのであり,これは基地騒音訴訟の大規模化によって獲得した成果の一つと言えるだろう。
今年は5500人を越える大原告団を擁する新嘉手納基地爆音訴訟においても原告立証を終えることが見込まれており,国側の対応如何では年内結審も予想されるところである。昨年の賠償勝訴判決のうねりは今後も続くことになる。
2 新横田判決に見られる裁判所の対応
このように基地騒音裁判についての判決の水準は定着しつつあるが,これら裁判所の判断は無批判に受け容れられるものではない。騒音差止請求は依然として認められず,損害賠償請求にしても将来分の請求は一切認められないなどの不当な結論もさることながら,大規模訴訟に対する反動とも思われる警戒すべき判断が含まれているのである。その顕著な例が昨年5月の新横田基地訴訟の判決であろう。
一つは,被害立証についてである。東京地裁八王子支部は,被害状況を記載した陳述書未提出の原告について損害賠償を一切認めないという判断を示した。これまで,基地騒音裁判では多数の原告に共通する被害・損害の存在が認定され,各個人の個別具体的な被害は共通損害の具体的内容をなすものとして捉えられてきた。これは多数,広汎,無差別に被害を発生させる航空機騒音公害における被害救済を考える上で実態に沿う合理的手法として確立したものであった。しかし,東京地裁八王子支部も総論として共通被害の考え方を採用しながら,他方で「陳述書なければ被害なし」という合理性を欠く判断を示したのである。これは,被害の存在について個別立証方式を持ち込むものであるばかりか,原告団の中に「足切り」規準を設け,原告団のさらなる大規模化に歯止めを掛けようとするものである。
また,いわゆる危険への接近論を広く適用し,賠償額の減額ないし賠償請求自体を認めないという判断を示した。騒音被害認識の基準時点を旧訴訟と同じベトナム戦争激化時期に固定し,それ以降の転入者を一律に「危険への接近」として扱う裁判所の考え方は,被害者に責任を転嫁することで国の賠償責任を軽減しようとするものであるばかりか,航空機騒音という違法な侵害行為を既成事実として容認する不当な判断であるというほかはない。
これに対し,小松基地訴訟で陳述書の提出されていない原告についても,他の多くの陳述書や原告本人尋問によって被害の実態は代弁されているとの判断が示され,厚木基地訴訟では基地騒音を予見することは困難であること,被害地域への転居には様々な事情があり,騒音の積極的容認は認められないとして,危険への接近論を制限的に適用するなど,すでに新横田判決の問題点を克服する判決が出されており,各空港弁護団では連帯してこれらの水準を共通のものとして獲得・維持することが重要な課題となっている。
3 対米訴訟の動きと普天間基地訴訟提訴
昨年4月12日の新横田対米第1次訴訟最高裁判決は,外国政府を相手とする訴訟について相手方が主権国家であるが故に裁判権が及ばないとする絶対的主権免除主義から,行為の性質その他の事情によっては外国政府も被告たりうるとする制限的主権免除主義へ事実上判例を変更するものであった。しかし,最高裁は,米軍基地における米軍機の飛行活動は米国の主権的行為そのものであるから本件には裁判権は及ばないとして,被害住民の訴えを斥けた。しかし,過去の最高裁判決によれば,違法な騒音は米軍機の飛行によって撒き散らされているのであるが,駐留米軍の受け入れている日本政府にもこれをコントロールできないというのであって,被告として最も相応しいのは米国政府をおいてほかにないというべきであろう。現に違法行為があり,それによる被害が発生しているにもかかわらず,それも主権国家たる米国政府の自主的判断に任せるしかないというのが司法の取るべき態度であるとするならば,司法は人権の砦としての職責を放棄したと言っても過言ではあるまい。
米国政府を相手とする対米訴訟は新横田2次3次,新嘉手納が下級審に係属しており,最高裁判決を越える判断を引き出すことがこの1年の課題となろう。
その一方で,昨年10月29日,沖縄・普天間基地周辺住民約200人による騒音訴訟が提起されており,この訴訟では,正面から米国政府を被告とするのではなく,基地司令官個人を損害賠償及び飛行差止めの被告とする工夫がなされている。問題の解決能力のない日本政府に全てを押しつけて,違法な騒音を撒き散らし続ける米軍の傍若無人な態度にいかにして釘を刺すか,普天間基地訴訟の動きには大いに注目しつつ,各弁護団も連帯して取り組む必要があろう。
4 今後の課題
昨年の判決ラッシュの中で獲得されたW値75以上という救済水準を維持することは,もはや各弁護団の最低目標となっているが,今後の課題は新横田判決に見られるような大規模訴訟に対する反動化をくい止め,危険への接近論を完全排除し,まず賠償面において確実な勝訴を積み上げることによって基地包囲網を形成することが急務である。
無論,飛行差止めは最終解決に欠くことのできない条件であり,訴訟の場にとどまらない闘いを展開する必要がある。そのためには各弁護団ばかりでなく,被害者の団結が大きな力になることは疑いないところであり,基地騒音裁判にとっては運動面での連帯も大きな課題である。