東京大気汚染公害裁判第1次訴訟控訴審結審
東京高裁より和解勧告

東京大気汚染公害裁判弁護団
弁護士 島戸圭輔

1 画期的な和解勧告
 東京大気汚染公害裁判は、提訴から本年で10年が経過し、本年9月28日、1次訴訟の控訴審が結審を迎えた。東京高等裁判所第8民事部は、結審にあたり、以下のような和解勧告を行った。
 「本件は第1次提訴以来すでに相当期間が経過し、訴訟の当事者の数も多く、亡くなられた方も多い。裁判記録が10万頁にのぼることに示されているように、事案の内容がきわめて複雑であり、事実認定、因果関係など争点が多岐に渡る。おそらく、判決のみでは解決できない種々の問題を含んでいる。裁判所としては、できる限り早く、抜本的、最終的な解決を図りたい。
 判決書作業と並行して、和解の可能性と条件、内容について関係者から直にご意見をお聞きしたい。解決ができるとすればそれに過ぎたるものはない。関係者が英知を集めて、この趣旨を理解してご協力いただきたい。」
 この和解勧告の意義は、「判決のみでは解決できない種々の問題」が、本件の「最終的な解決」に必要であることを示して、解決を呼びかけたことである。
 すなわち、特に公健法による医療費の補助を受けられない未救済患者は、損害賠償による一時金が入っても、それらは医療費へと変わってしまい、医療費負担が続く限り抜本的な救済とはなり得ない。医療費の救済制度を創設することが、本件の解決のためには最低限必要であって、また同時に「判決のみでは解決できない」問題である。この点を裁判所が明示して、当事者に解決を求めた点で、本和解勧告は画期的なものといえる。

2 医療費救済制度実現へ向けた新たな動き
 他方、この和解勧告の前日である9月27日、石原東京都知事は、医療費救済制度の策定に前向きな姿勢を示すと共に、自動車メーカーにも財源負担を求める方針を表明し、この内容はマスコミにも大きく報道された。
 これまで、「救済制度は国の責任」として、東京都による医療費救済制度の策定を一顧だにしてこなかった対応からすれば、情勢は大きな転換を迎えているといえる。

3 和解勧告・情勢転換に至るまで
 このような大きな情勢の展開を迎えるまでには、原告団をはじめとするねばり強い努力があった。
 前記のとおり、東京都は1次訴訟の1審判決以降、救済制度は国の責任との態度を変えようとはしなかった。しかし、今年の初め、東京都に隣接する川崎市において、「全市」・「全年齢」に対する医療費助成制度が実現することが報じられた。お隣の川崎市で実現している制度が、東京都でできないことはないはずである。原告は、2月以降、東京都にくり返し足を運び、東京都と交渉を行うと共に、「被害を訴える会」を設定して自らの苛烈な被害を訴え続けた。このような中で東京都も、担当者が川崎市へレクチャーを受けに出向き、また制度についても検討していくことを表明するなど、その態度を変化させてきたのである。
 他方、自動車メーカーの側でも、特にトヨタ自動車の対応は、同じく原告らが足を運び訴えた被害の声にも耳を傾け、早期救済が望ましいこと表明するなど変化が見られ始めている。これには、「環境」をテーマに世界へ進出し、今や世界第一の自動車メーカーとなりつつあるトヨタが、膝元の東京で、公害発生源企業として裁判の被告となっているという矛盾を、トヨタ自身も無視できなくなっていることが背景にあると考えられる。
 自動車メーカー各社は、1次判決日の交渉において、行政からの提起があれば救済制度の財源負担について検討する旨の確認書を作成している。前記のように、東京都の姿勢が変化しつつある今、メーカーもまさに決断を迫られている。
 このような情勢の変化をふまえ、私たちは、「全面解決を求める」たたかいを展開することとし、6月以降は、高裁へ向け、「全面解決へ向け積極的な役割を果たすこと」を求める団体署名に取り組み、9月には原告が裁判長宛の手紙を持って、連日裁判所要請に取り組んだ。
 このようなねばり強い取り組みの継続と、原告らの必死の訴えが、今回の高裁による和解勧告、東京都による医療費救済制度策定の表明という結果に結びついたのである。

4 今後の課題
 しかし、以上の情勢の変化は、スタートラインにすぎない。医療費救済制度が患者原告を救済するものとなるか、限定的なものとなってしまうかは、なお予断を許さない。具体的には、(1)対象地域の限定(沿道の一定範囲に限定するなど)、(2)補償範囲の限定(医療費の一部を患者の負担とする)、(3)対象疾病の限定(肺気腫や慢性気管支炎を含めないとするなど)、(4)補償期間を限定する(=時限立法)などの問題が存在する。
 これらのいずれの限定が課されても、原告患者にとっては救済の意味を果たし得ない。対象地域の限定は東京の面的汚染の実態を無視するものである。また例えば1割の負担が患者に課された場合、高齢の原告患者には老人医療の負担と変わらず、救済とはならない。呼吸困難による悲惨な被害に苦しむのは気管支ぜん息の患者だけではない。そして、東京には気管支喘息だけの患者数でも数十万人といわれ、特に子供たちにその被害は増え続けているのであり、時限立法では到底抜本的な解決になり得ない。
 また、財源負担を求めるメーカー各社においても、それぞれの対応に温度差があり、足並みがそろっているわけではない。
 本年12月には第四回定例都議会が開催され、医療費救済制度についてその内容や予算規模が固まっていくことが予想される。私たちは、上記のような問題点を克服するため、今まさに正念場を迎えている。東京都、メーカー各社との交渉、世論への訴えなど、めまぐるしく変わる情勢に対し、私たちが取り組まねばならない課題は山積している。
 来春には東京において全面解決を勝ち取り、その先には、国に対して公健法並の生活補償を含んだ救済制度の再確立がある。しかし、まずは東京における全面解決へ向け、年内に医療費救済制度の確立の展望を固めるため、必死のたたかいが続く。