永源寺第二ダム事件は、滋賀県愛知川流域の水田の灌漑を目的に、94年1月に国営土地改良事業計画で決定されたが、ダム建設に伴う費用や建設効果に対する疑念等から反対の声があがり、地元農家や地域住民が原告となって事業計画決定取消訴訟を提訴した事件だ。一審では原告が敗訴したが、05年12月に大阪高裁で原告の逆転勝訴判決が出た。逆転勝訴の要因は、控訴後に行政側の瑕疵を裏づける新事実が明らかになったことにある。控訴審開始後に近畿農政局が事業再評価に基づく総合的検討を行った結果、当初計画に貯水池の計測間違い等が見つかり、それに伴い事業の計画変更が必要になったのだ。また、地下地質調査等が未実施だったことも明らかになった。原告側はこれらの瑕疵に焦点をあて、事業計画には基本的な要件判断の手続過程に瑕疵があるとして争った。そして、控訴審判決は本件決定の違法性を認め、決定を取り消したのだ。
環境訴訟は行政訴訟と密接不可分である。この訴訟も、環境問題としての視点とともに行政問題としての視点が不可欠であることを教えてくれる。ご存知の通り、新司法試験では行政法が必須科目となり、環境法が選択科目のひとつになった。座学の知識が現場ではこのように生きてくるのかというのを感じさせたれた。
●「所沢産廃問題の経過と現状」鍛治伸明弁護士
埼玉県所沢市の産廃問題は95年にダイオキシン問題がクローズアップされたことに端を発し、98年に地域住民約4000人が埼玉県と47の産廃業者に対して焼却停止等を求めて公害調停を申請した。2000年以降は公害調停と平行して訴訟も始まり、2000年には住民らが県に対して二業者の焼却施設許可取消訴訟を提起し、焼却場に対する証拠保全も行なった。続いて01年には一業者の処分業許可取消訴訟を提起し、別の業者に対して人格権侵害に基づく差し止め仮処分を提起した。訴訟外でも住民達は、土壌汚染の自主調査や焼却炉維持管理記録の閲覧請求をするなど、積極的に活動を展開した。このような活動の成果と社会的影響もあって、結果としてここ10年の間に47業者が7業者に、64施設が8施設に減少した。
講義では、鍛治弁護士が、訴訟の外でも住民達と交流し「楽しく」訴訟を続けることを大事にしているという話をされたのが印象的だった。所沢の産廃問題は解決したわけではない。業者の撤退により放置されたゴミ山が新たな問題となり、02年にはその一つで火災が発生した。この火災事件では、産廃業者・県・排出者に対して損害賠償請求を提訴したが一審で敗訴している。これからも住民達と弁護士達の戦いは続くのだ。
●「新横田基地騒音公害訴訟」中杉喜代司弁護士
横田基地騒音公害訴訟は、76年に基地周辺住民が夜間飛行の差止などを求めて訴えを提起し、現在は新第三次訴訟が上告審に係属中だ。この新第三次訴訟では、基地周辺の住民約6000人が原告となり、日本政府及びアメリカ政府に対して夜間飛行差止や過去及び将来の損害賠償などを請求した。控訴審は昨年11月30日に判決が言い渡され、日本政府については、差止請求は棄却されたが、過去及び将来の損害賠償請求の一部認容判決が出た。
一方、アメリカ政府については訴えが却下された。この控訴審判決では、将来の損害賠償の一部認容、国側の主張する「危険の接近」の排斥等が成果としてあげられるが、両当事者から上告されており、これからの行方は未知数だ。中杉弁護士は、30年に及ぶ訴訟の中で弁護団の一人が訴訟のために現地に移り住んだこと、弁護団が1年間かけて1500世帯に対して1件ずつ聞き取り調査したこと、住民達が飛行機の騒音の録音や飛行記録をとったこと等のエピソードを紹介された。
環境訴訟は息の長い戦いだ。住民達が自主性を持って活動すること、弁護団は現場に根ざして地道に訴訟活動をしていくこと、それが長期戦を続ける秘訣なのだろう。籠橋弁護士の「弁護士は、法的手段を武器に、強い在野性をもって住民たちと深く結びつき、理不尽な被害を受ける住民達の代弁者とならねばならない」という言葉がそのことを如実に表現していると感じた。そのような世界に飛び込める日を夢見て法科大学院での勉強を続けたい。