B型肝炎訴訟最高裁判決

B型肝炎訴訟弁護団事務局長
弁護士 奥泉尚洋

  2006年(平成18年)6月16日,最高裁判所第2小法廷は,B型肝炎訴訟について,原告らのB型肝炎ウイルスの感染原因が集団予防接種にあることを認め,さらに2人の原告について除斥期間の経過を理由に請求を棄却した原審の判断を変更して,5人全員の国に対する賠償請求を認める判決を言い渡した。
 高裁判決後に一度本事件を報告させていただいたが,今回,最高裁判決が出たことから改めて報告させていただくこととした。
〔B型肝炎とは〕
 B型肝炎とは,B型肝炎ウイルス(HBV)に感染することによって発症する肝炎であるが,免疫機能が十分発達していない乳幼児がHBVに感染するとウイルスが肝臓に住みつく状態となる(これをキャリアという)。キャリアの一定割合は20〜30歳代になると肝炎を発症し,肝硬変に進行して死に至る。肝炎を発症しないでも肝がんを引き起こす可能性がある。
 本訴訟の原告はいずれもHBVキャリアであり,提訴時4人は慢性肝炎を発症しており,1人はキャリア状態にあった。
〔原告らのHBV感染原因〕
 原告らは,家族内にHBVキャリアはおらず,乳幼児期に輸血などの医療行為を受けたことはなかった。原告らの感染原因は,原告らが乳幼児期に繰り返し受けた,注射の針・筒を連続使用して行われた集団予防接種しか考えられなかった。
〔1審判決及び高裁判決〕
 1989年(平成元年)6月,札幌地方裁判所に提訴。それから11年後の2000年3月に地裁判決がなされたが,5人全員の請求が棄却された。札幌地裁は,注射の針・筒を連続使用した集団予防接種が一般的にHBV感染をもたらす可能性があったことは否定できないとしながら,HBVの感染力は極めて強く,集団予防接種とは別の感染経路も考えられ,さらに「想像を超える感染経路」が考えられるとして,原告らのHBV感染が集団予防接種に起因するものであることについての高度の蓋然性は認められないとした。
 これに対し,札幌高裁は,集団予防接種とHBVの感染の因果関係を肯定し,予見可能性,結果回避可能性も認められるとして国の責任を認定し,原告1人あたり500万円の慰謝料(及び50万円の弁護士費用)を支払うべきであるとした。しかし,2人の原告については,予防接種を受けた時から20年の除斥期間が経過しているので請求権が消滅したとして請求を棄却した。
〔上告〕
 私たちは,除斥期間経過を理由に請求が棄却された2人について上告受理申立をし,国も因果関係を認めた判断が誤っているとして上告受理申立をした。最高裁での争点はこの2点,因果関係が認められるかという点と,民法724条の解釈適用の問題であった。
〔最高裁判決〕
 最高裁は因果関係を実に説得的かつ端的に肯定した。「(1)B型肝炎ウイルスは,血液を介して人から人へ感染するものであり,その感染力の強さに照らし,集団予防接種等の被接種者の中に感染者が存在した場合,注射器の連続使用によって感染する危険性があること,(2)原告らは,最も持続感染者になりやすいとされる0〜3歳時を含む6歳までの幼少時に本件集団予防接種等を受け,それらの集団予防接種等において注射器の連続使用がなされたこと,(3)原告らはその幼少期にB型肝炎ウイルスに感染して持続感染者となり…(その感染原因は)母子間の垂直感染により感染したものではなく,それ以外の水平感染によるものと認められる。原告らが集団予防接種等を受けた時期には被接種者の中に垂直感染による持続感染者が相当数紛れ込んでいた(が,)昭和61年以降母子間感染阻止事業が開始された後は同年生まれ以降の世代における持続感染者の発生がほとんどみられなくなった,(この)ことは一般に幼少時については,集団予防接種等における注射器の連続使用によるもの以外は,家庭内感染を含む水平感染の可能性が極めて低かったということもできる。以上の事実に加え本件集団予防接種等のほかには感染の原因となる可能性の高い具体的な事実の存在は認められず,他の原因による可能性は、一般的,抽象的なものに過ぎないことなどを総合すると,原告らは集団予防接種等における注射器の連続使用によってB型肝炎ウイルスに感染した蓋然性が高いというべきであり,経験則上,集団予防接種等と原告らの感染との間の因果関係を肯定するのが相当である。」としたものである。
 次に除斥期間の点については,平成16年のじん肺及び水俣病の最高裁判決と同様「損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点と解すべきである」とし,「B型肝炎を発症したことによる損害は,その損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められるから,除斥期間の起算点は,加害行為(本件各集団予防接種等)の時ではなく,損害の発生(B型肝炎発症)の時というべきである。」として,5人全員の請求を認容した。
〔本最高裁判決の持つ力〕
 本判決の意義の大きさは,その影響力の大きさである。最高裁判決は,我が国において過去集団予防接種等で注射器の連続使用が行われてきており,このような集団予防接種等によるHBV感染の可能性が高く,それ以外の水平感染の可能性は極めて低かったと認定している。これは原告だけではなく,全国の水平感染が疑われるB型肝炎患者・感染者すべてにあてはまるものである。また,母子間感染者であっても,2次的,3次的な感染原因を考えれば,予防接種に行き着くであろう。さらに,同じ血液で感染するC型肝炎感染者にも該当する問題なのである。
 本判決は,わずか5名の原告に対する判決であるが,全国のウイルス性肝炎患者の救済に大きく道を拓く画期的な判決である。
 私たち原告団,弁護団,本判決を大きな梃子として,国に総合的な肝炎対策の実現を求めていきたい。


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