1 全国トンネルじん肺根絶訴訟の目的
トンネル工事は,ダムや水力発電所の建設,新幹線等の鉄道建設,高速道路等の道路建設に不可欠な公共工事であり,国策として推進されてきた。ところで,多数建設されてきたトンネル工事に従事してきた労働者の中から,療養を要する重症のじん肺患者が多数発生している。改正じん肺法が施行された1978年から2004年までの厚労省の統計を見ると,全産業で38,312人の要療養のじん肺患者が発生しているが,このうちトンネルじん肺患者は9,049人で,全体の24%を占めるという驚くべき状況にある。しかも,現在も多数のトンネル工事が行なわれており,また,将来においても推進されていくことは間違いないところである。したがって,トンネルじん肺は過去の問題だけではなく,現在,さらには将来の問題である。
根絶訴訟の原告たちの多くは,根絶訴訟に先行して闘われた,トンネル工事の元請企業を被告とする全国トンネルじん肺損害賠償訴訟(東京地裁等全国23地裁支部に係属)の元原告たちである。先行訴訟は,約1,500名(患者単位)が原告となり,「謝れ,償え,なくせじん肺」のスローガンの下に団結して闘い,元請企業との間で,元請企業が法的責任を認めて謝罪し,じん肺被害を一定償うに相応しい賠償金を支払う和解を次々と成立させていった。さらに,先行訴訟の闘いの中で,厚労省は,2000年12月にトンネル工事の粉じん防止のガイドライン(通達)を出さざるを得なくなった。しかし,ガイドラインでも,じん肺防止対策は極めて不十分である。先行訴訟の原告たちは,国の施策を変えさせなければトンネルじん肺を根絶させることはできないと決意し,2002年11月22日に元請企業と和解を勝ち取った原告たちが,再び原告となって,国のみを被告とする根絶訴訟を提起した。その後,熊本・仙台地裁等全国10地裁に根絶訴訟が提起されている(原告患者数は,第2陣訴訟も含め964名)。
根絶訴訟の原告たちは,「金が目的ではない」「トンネルじん肺を根絶させることが目的だ」として,国のトンネルじん肺防止の施策を形成させることを目的として闘っている。
そして,本年7月7日東京地裁が,7月13日熊本地裁が,国の責任を断罪する判決を連弾で言い渡した。
2 東京・熊本地裁の画期的な勝訴判決
東京地裁判決は,国(旧労働大臣)は,遅くとも1986年末には,(1)トンネル工事の坑内の粉じん測定と結果の評価の義務付け,(2)湿式さく岩機と防じんマスクの重畳的義務付け,(3)ナトム工法のコンクリート吹付けの作業者,機械掘さく・ズリ積み作業のオペレーターへのエアライン・マスクの義務付け,を内容とする省令を制定すべきであったにもかかわらず義務付けをしなかったのは,国賠法1条1項の適用上違法であるとして,国に対し,損害賠償の支払いを命じた。
また,熊本地裁判決は,国(旧労働大臣)は,(1)1960年時点で,粉じん対策としての散水,及び発破退避時間の確保の義務付け,(2)1979年時点で,湿式さく岩機と防じんマスクの重畳的義務付け,(3)1988年時点で,粉じん許容濃度を設定した粉じん測定の義務付け,を内容とする省令を制定すべきであったにもかかわらず義務付けをしなかったのは,国賠法1条1項の適用上違法であるとして,国に対し,損害賠償の支払いを命じた。
両判決は,国(旧通産大臣)の規制権限不行使の違法を認めた筑豊じん肺最高裁判決(2004年4月27日)を踏まえるとともに,トンネルじん肺の根絶を切に願っている原告たちの思いを真摯に受け止め,国(旧労働大臣)の規制権限の不行使を断罪したもので,画期的な勝利の判決である。両判決には,規制権限の不行使を違法とする時期や規制内容について異なる判断部分もあるが,粉じん対策の大前提である粉じん測定と結果の評価を義務付けるべきであるとした意義は極めて大きい。
3 トンネルじん肺の根絶を目指して
マスコミも,「連敗した国は真摯に司法の指摘を受け止めることが求められる」(日経新聞7月13日夕刊),「トンネル塵肺は,過去のものではない。今も全国各地でトンネル工事が行なわれていることに目を向けなければならない。2つの判決は,司法が国に早期の問題解決を促しているものといえよう。・・・政府は控訴を断念し,早急に患者救済に取り組むべきだ」(産経新聞7月14日「社説」)の記事に代表されるように,国の規制権限の不行使の責任を厳しく批判している。それとともに,「トンネル建設工事現場での定期的な粉じん測定,及び測定結果に基づく評価を義務付けること」等を内容とする,341名の現職衆参議員による「トンネルじん肺根絶の賛同署名」が,内閣総理大臣宛に提出されるなど,トンネルじん肺の根絶が大きな世論となっている。また,与党の公明党や民主党,共産党,社民党は,政府に対し,トンネルじん肺防止の政策確立と控訴断念を求める談話や申し入れを行なっている。
しかし,国は,不当にも7月19日に控訴をした(原告側も対抗上,控訴した)。根絶訴訟の目的は,国に損害賠償を求めるものではなく,法令上の義務付けを伴ったトンネルじん肺防止対策の確立である。国は,控訴審で無用な争いをするのではなく,トンネルじん肺防止対策を確立するために,原告団・弁護団との協議に応じるべきである。
ところで,この10月12日に仙台地裁の判決が予定されている。私たちは,3度,国の責任が断罪されると確信している。私たちは,この10月2日〜20日に予定されている第17回「なくせじん肺全国キャラバン」が展開されるなかで,今まで以上にじん肺根絶を大きな世論にするとともに,仙台地裁の勝利判決を梃子として,これまでの国の政策を転換させ,トンネルじん肺防止対策を確立させるために全力で取り組む決意でいる。