諫早湾干拓農地リースのための公金支出を差し止めるぞ!

弁護士 縄田浩孝

1 無駄で有害な公共事業の典型と言われる諫早湾干拓事業によって生み出される干拓農地について,長崎県は,財団法人長崎県農業振興公社が一括配分を受け,農業者にリースするという方針を打ち出し,それに必要な資金を長崎県が用意するとした。
 この長崎県による公金の支出を差止め,関連事業に関して既に支出された公金の返還を求める住民訴訟を,本年8月23日,長崎県民76名が原告となり長崎地方裁判所に提訴した。住民監査請求は本年6月5日に行っていたが,本年8月1日に出された監査結果は,多くの論点について判断を回避し,判断を示している部分も県当局の主張を鵜呑みにするだけで,踏み込んだ検討を全く行っていないという極めて杜撰なものであった。本件訴訟はこのような経過のもとに,地方自治法242条の2に基いて提訴したものである。

2 私たちがこの訴訟を提起したのは,簡単に言えば,諫早湾干拓事業の完成が間近に迫り,造成した農地での営農が日程にのぼるなかで,この長崎県の方針とそれに基づく公金支出が,農地造成という事業目的に合理性・必要性がなかったことが白日の下にさらされることを隠蔽することを真の目的としたもので,県民の利益を目的としたものではないからである。
 長崎県は,無駄で有害な諫早湾干拓事業により既に多大な負担を現在及び将来の住民に負わせている。そして,長崎県は,過去最大の借金財政に陥っており,例えば[公債費負担比率]は,04年度決算で県は24・3%となっており,全国平均の22・3%を上回り,危険ラインとされる20%をはるかに超えている等非常に厳しい財政状態にある。そのため,長崎県は,県民の暮らしに関係する予算を削減し,県民らに犠牲を強いている。このような状況下では,長崎県が行う公金支出は,必要性があり,地方自治法2条14項,地方財政法3条,4条1項が規定する「最小の経費で最大の効果」原則に適合するものでなければならないはずである。ところが,長崎県が行う本件の公金支出は真の目的が前述のようなところにあることからしても,必要性がなく,「最小の経費で最大の効果」原則に反するのである。

3 まず,必要性の点について簡単にふれると,この問題の出発点は,干拓農地の一括配分受け入れ事業を県農業振興公社が自らの意思と費用で行うのではないところにある。冒頭に述べたとおり,実質的に長崎県の意思と費用で行われるのである。土地改良法94条の8及び94条の8の2,土地改良法施行令70条によれば,国営干拓農地の配分の対象者は,農業者等及び農地保有合理化法人とされており,干拓農地を長崎県が直接配分を受けることはできない。他方,県農業振興公社は,長崎県の100%出資の団体である。県農業振興公社が,自らの意思と費用で行うのであればともかく,前述したとおり,実質的に長崎県の意思と費用で行うのは,実質的には県が全費用を負担し本件干拓農地の配分を受けるに等しいと見ることができる点で,先の土地改良法94条の8等の規定の脱法・潜脱行為である。
 そもそも県と国が行った営農意向調査では,買取を希望する者の合計面積が192ha,買取・リースのいずれも可とする者の合計面積が725haで,合わせると干拓農地約700haを超える917haの買取希望があったとされている。このような買取希望がある以上,わざわざ,土地改良法94条の8等の規定の脱法・潜脱行為となる,干拓農地の一括配分受け入れに関する公金支出を長崎県がする必要性はない。
 次に,「最小の経費で最大の効果」原則に反する点について簡単にふれると,第1に,干拓農地での営農の成立が困難という点が上げられる。営農の成立が困難である理由は,干拓農地が地形や用水上の問題など種々の問題を抱える優良な農地ではないことや,わが国や長崎県を取り巻く農業情勢,環境にやさしい農業と効率的な農業という両立困難な営農方針などがあげられる。営農の成立が困難である以上,公金を支出しても効果は得られない。むしろ,得られない効果を得ようとして,次々と経費を投入し続ける底なし沼のような状態となる可能性が高い。
 第2に,仮に100歩譲って,干拓農地での営農が成り立ち、一定の効果を持ちうるとしても,それは莫大な費用を投入した上げ底の競争力によるもので,県の財政は莫大な損失を被るとともに,干拓農地以外の地域での農業に多大な犠牲を強い,県全体としての農業に多大な損失をもたらす点があげられる。例えば,長崎県の平成15年度の統計によれば,総農家数は42500戸で,平成7年に比べ,12.3%減少している。長崎県農林部農業経営課の資料によれば,耕作放棄率は,1990年が9.6%,1995年が11.5%,2000年が13.6%,2005年が27.1%となっており,この5年間で倍増している。諫早市の耕作放棄地は,諫早湾干拓事業が着工された翌年である1990年が596haであったのに対し,2005年には1240haとなっており,干拓事業で生み出される約700haとほぼ同じ面積の耕作地が同じ期間で放棄されている。このような長崎県を取り巻く厳しい農業の現実の下で,干拓農地の営農を成立させるために多大な公金が支出されれば,他の地域の農業が重大な損失を受けるのは明らかである。農業効果について,干拓農地だけのレベルでは効果が出ているように見えても,県全体のレベルに拡げて見たときは,むしろ多大な損失が出ると言わざるを得ないのである。いずれにしても,この公金支出は「最小の経費で最大の効果」原則に反するのである。
4 いわば,本件の長崎県による公金支出は,重体の患者がわざわざ進行性の癌に罹患しようとするものであり,患者を救命しようとするならば,未だ罹患していない現段階において,その罹患を食い止めるほかない。
 そこで,長崎県民76名は,県民の暮らしや生活を守るべく,長崎県によるこの違法な公金支出の差し止めを求めて,本件提訴を行った。提訴前には原告を含む約90名で長崎市役所前から長崎県庁を経由して裁判所まで汗だくになりながらデモ行進した。まさに原告のこの裁判にかける熱い思いを感じた。
 全国の皆さんのご協力とご支援を心よりお願いする次第である。


このページの先頭に戻る