巻頭言 水俣病の50年 その教訓とは何か
代表委員 弁護士 馬奈木昭雄
水俣病は公害の原点といわれ、当然私達がそこから学ぶべき数々の教訓が含まれています。いわゆる公式発見から50年を経過した現時点においてなお、5千人にも及ぶ「水俣病患者」が、自らが「水俣病」であることを訴え、被害の救済を求めてたたかい続けているのです。
何故このような事態が生じるのか、私達が学ぶべき教訓は一体何なのか、私はまだ充分には理解されていないと思える次の点について、あえて強調しておきたいと思います。
水俣病被害者が50年の長きにわたって被害の救済を求めたたかい続けなければならないのは、厚生省や農水省をはじめとする政府の各省庁が考え実行した水俣病対策とは、けっして真の原因究明と、被害の回復のための方策ではなかったからです。そうではなく、いかにして水俣病被害の事実を隠しこむか、究明された患者をどうやって隠ぺいするか、そうやって国の高度成長経済政策を無傷で守りきるか、ということに終始しました。国は水俣病被害者が2万人にも及ぶ事実を、未だに否定し続けています。わずか3千人たらずの被害者しか認めようとはしません。救済を求めてやっとの思いで立ちあがった被害者を、国は国の方針に無条件で協力する「学者」(カッコ付の決して学者の名に値しない人々)を使って、アメとムチで黙らせようと努力の限りをつくしました。被害者が沈黙して声をあげないようにすることが、国にとって「水俣病問題の解決」だったのです。
私は、諫早干拓問題に取り組むようになって、国の「水俣病問題解決」のテクニックがそのまま使われていることに驚きました。何よりもまず原因究明の妨害と隠ぺいです。水俣病で真っ先に行われたことです。チッソ排水が原因だという熊大の研究を国、通産省は爆薬説やアミン説など別の原因だという説を次々とふりまき必死になって否定しました。それらの説が何の根拠もないことが明らかになり、熊大を中心とした厚生省水俣食中毒部会がチッソ排水の中の有機水銀が原因だという結論にたどりつくと、その答申の翌日、ただちに解散を命じ、それ以上の原因究明をさせないようにしました。そして、水俣病問題各省連絡会議なるものを作り、原因究明を続けることになりました。同時に研究者機関として田宮委員会なるものが作られました。しかしその後、効果のある研究成果は何一つ発表されませんでした。つまり、これらの設置は水俣病の原因を究明しないためのものだったのです。
熊大だけがほそぼそと研究を続け、ついにチッソのアセトアルデヒド製造工程中から原因物質である有機水銀を検出したのです。
有明海において現在行われていることはまったく同じだと私には思えます。水俣食中毒部会をノリ不作検討委員会に、各省連絡会議を中長期開門調査検討委員会に、田宮委員会を、今国が予算をばらまいているカッコつきの「再生事業」を研究する学者自治体団体と読みかえると、まったく同一の構図になります。諫早干拓事業と有明海異変との因果関係を究明するのではなく、諫干事業には手をふれず、有明海異変の原因は諫干事業ではない、という別原因をふりまく研究なのです。国が一定の資金を提供している研究のなかで、直接諫干事業が原因であることを究明しようとするものがどれだけあるのか。ほとんどないのではないでしょうか。
そして、水俣病において、昭和34年患者を見舞金契約で黙らせ、さらに立ちあがった患者を昭和48年補償協定で黙らせ、その補償協定の適用を拒否された患者が起こした国賠訴訟に対しては1995年政治決着で黙らせてきました。そのたびに水俣病問題は解決したと国は言いました。しかし、根本があらためられていないのに解決するはずがありません。今また救済を拒否された4千人をこえる患者が立ちあがり、千人をこえる原告が裁判に立ち上がり国の責任を追及しています。この有明海では、諫干事業反対を言わない漁協、「漁民」に「再生事業」の金をばらまき、漁民に日銭かせぎをさせています。反対を先頭に立ってとなえている漁協には、些細な手続違反を口実に解散を命じるというムチをふるっています。開門を求めた福岡県有明海漁連は、今共販組合の合併問題でゆれています。国や県によって漁協までもがつぶされようとしています。
水俣で患者を黙らせることが水俣病問題の解決である、ということが国の方針であったのとまったく同じように、この有明海異変においても、漁民を黙らせ沈黙させることが問題解決なのだという国の方針が貫徹されようとしています。
私はよみがえれ!有明海訴訟の第一回期日に、有明海沿岸、長崎、佐賀、福岡、熊本四県から、職業としての漁民が姿を消してしまう事態が充分に予想される、これはけっして誇張ではないと強調してきました。
国は水俣で患者の発生をできる限り少なく抑えこみ、被害を隠しこもうと努力しました。有明でも、被害はないと主張して、漁民の実態には目を向けようとはせず隠しこむのに必死です。
私は国におたずねしたい。有明海の漁民が次々と廃業しているのは事実ではないですか。しかもそれは、堤防締切後激増しているのではないですか。さらにおそろしいことは、漁民の自殺者もまた激増しているのではないですか。報道でも、その数はすでに数十名に達していることが明らかです。
私はあえて国に強くいいたいのです。漁民は被害が続く限りけっして黙らない。水俣病において、50年間患者が黙らずにたたかい続けているのと同様に、国、農水省が諫干事業を中止し、本当に有明海を豊な海に再生することを行わない限り、漁民はたたかい続けることは自明です。
しかも、水俣病との決定的相異は、漁民は孤立してたたかっているのではないということです。有明海沿岸住民も、この問題は自分の生活・健康の問題と理解し、漁民と一緒になってたたかいに参加しています。諫干事業の推進県だといわれている長崎県においても、県民達がむだなうえに有害なこの事業に、自分達の大切な税金が無駄遣いされるのを許さないというたたかい、裁判がこの8月23日に開始されました。
国は被害者を黙らせることが問題解決だという、使い古された官僚のテクニックを反省し、根本からあらためるべきです。問題解決は、その原因を正しく明らかにし、改めることでしか達成できない、という当たり前のことを、当たり前に実行すべきです。それこそが小泉首相のいう「普遍の教訓」なのです。国はその教訓を正しく学ぶべきなのです。
この有明海異変の解決が、水俣病と同様に50年後も先延ばしにされるとすれば、その時は有明海には本当にもう職業としての「漁民」は存在できなくなっているでしょう。そのようなことは絶対に許さない、あくまでたたかい続ける。これまでの公害弁連に結集した30年以上のたたかいのつみかさねによって、私達は国の政策を根本から転換させ有明海再生、宝の海を回復することを実現できる力をたくわえることができた、と確信しています。それこそが私達が水俣病のたたかいから学んだ第一の教訓だと確信しているのです。