50年経ても多くの水俣病被害者が放置されている

ノーモア・ミナマタ国賠訴訟弁護団
弁護士 園田昭人

1 水俣病問題は終わっていない
 水俣病は、本年5月1日、公式確認から50年を迎えました。本来であれば過去の悲惨な歴史を振り返り、そこから得られる教訓を世界へあるいは未来へ発信する日になるはずでした。しかし、実際には被害者救済さえ未解決であり、被害者らは、「まだ悲惨な歴史は続いている」と叫び救済を求めています。
 水俣市で開催された慰霊祭に出席した小池百合子環境大臣はお詫びの言葉を述べました。しかし、被害者らにはその言葉は空疎に聞こえるばかりでした。加害者としての責任に基づく被害者救済への取組みが感じられなかったからです。
 平成16年10月15日の最高裁関西水俣病訴訟判決により、広い救済が求められたにもかかわらず、小池環境大臣は、認定基準を見直さない旨繰り返し述べ、広い救済を頑なに拒んできました。4000名近い被害者が行政認定を求め申請を行っているのに、二重の基準という矛盾を前に委員の引き受け者がおらず、審査会は未だに開かれていません。やむなく、1000名以上の被害者が国、熊本県、チッソに対し損害賠償を求め熊本地方裁判所に提訴していますが、ここでも行政は解決に向けた対応を行っていません。
 50年事業実行委員会(会長は水俣市長)は、小泉首相に式典に列席することを求めていましたが、伝えるべき環境省担当者は首相に参加の要請をしていなかったため、結局小泉首相は参加しませんでした。小泉首相は、4月28日、政府として責任を痛感しお詫びするとの談話を発表しました。しかし、そこには未解決の被害者救済問題に具体的に取組む姿勢は見られませんでした。毎日新聞の5月9日付け報道によれば、小泉首相は訴訟が提起されていることさえ知らなかったとのことです。
 首相談話は「水俣病の経験を内外に広く伝える」と述べ、小池環境大臣は「水俣病の教訓を世界に発信する」と述べています。しかし、加害責任が明確であるのに目の前の被害に目を閉ざすものが、有益な教訓を発信することができるのでしょうか。国によって引き起こされた悲惨な被害は未だ償われていないのです。

2 場当たり的な対策では根本的・全面的解決は図れない
 水俣病の発生拡大の防止に無為無策だった行政は、被害者救済の場面でも、被害をできるだけ少なく見せようとしてきました。メチル水銀の影響を受けたと考えられる不知火海沿岸住民の悉皆健康調査は、行政のみが為し得ることであるにもかかわらず、いまだに実施していません。熊本県は、最近になって実施を環境省に対し求めていますが、環境省は拒否しています。
 被害の実態及び全貌の科学的調査後に病像は確定されるべきですが、環境省は、科学的調査はオミットしたまま狭い病像を強引に打ち立て、これに固執し、被害者を切り捨てることにやっきになってきました。環境省は、多くの被害者に「偽患者」のレッテル貼りをして、被害者を一層苦しめてきました。
 その一方で、環境省は、被害者の裁判闘争等の後に、場当たり的で不十分な施策で幕引きを図ろうとしてきました。同様に魚を食べた家族の中に、認定患者、政治解決対象者、新保健手帳対象者、何らの補償を受けていない者が混在しているという現実が、行政の場当たり的で付け焼刃的施策の矛盾を端的に現しています。
 国は、国賠責任が確定したことにより、単に福祉政策の実施では済ますことはできなくなったのですが、またもや新保健手帳なる福祉政策で幕引きを図ろうとしています。新保健手帳は、医療費を補助するもので、一時金の支払いはなく、しかも認定申請をしないこと、訴訟をしないことを受給の条件とするものです。つまり、水俣病と認めないまま医療費の補助だけで幕引きを図ろうとするものです。なお、訴訟をしないことを条件とすることは裁判をする権利を侵害するものであり、被害者は弁護士会に対し、人権救済の申立を行っています。
 今や環境大臣の私的懇談会の委員の多数から認定基準を見直さない環境省に対し、厳しい批判がなされています。ある委員は、認定基準に言及しない意見書をまとめ後、国敗訴の判決がなされるという事態にでもなれば、茶番劇の当事者になりかねない、そのようなことは拒否する旨厳しく批判しています。また、他の委員は、環境省は(その設置目的に反し)、被害者を切り捨て被害者と敵対する存在になってしまっている旨厳しく批判しています。

3 司法救済制度により根本的・全面的解決を図るべきである
 国、熊本県の国賠責任は、最高裁判所・関西訴訟判決により、確定しました。水俣病の病像については、最高裁判決(大阪高裁判決)、確定判決である福岡高裁(水俣病第2次訴訟)判決が、感覚障害のみの水俣病の存在を肯定し、52年判断条件を否定しました。賠償額については、上記判決において、一定の基準が示されています。
 このような確定判決に基づく基準により、被害の有無、程度、補償を定めればよいはずであり、私たちは、裁判所が判例を基本に据えて水俣病被害者か否か及び補償内容を定め次々に救済する制度(司法救済制度)を早期に確立すべきだと考えます。行政認定制度が正当性、信頼性を完全に失い破綻している以上、司法による救済以外に解決の途はありません。行政認定制度では裁判する途が残されていることから終局的な解決はできないばかりか、そもそも水俣病の発生拡大に責任のある行政が被害者か否かの選別を図ること自体が極めて不合理であり、被害者が信頼できる解決の場にはなり得ません。少なくとも正当で広範な救済を期待することはできません。
 行政は、全ての被害者の早期救済を図るため、司法救済制度を真摯に検討すべきです。今度こそ、根本的、全面的な解決を図るべきです。