1 驚くべき原審判決
平成17年2月17日、那覇地裁沖縄支部にて、我が国の裁判史上稀に見るような驚くべき判決が言い渡された。
「夜間早朝の飛行差止請求棄却、W値85未満の地域に居住する原告らの損害賠償請求棄却」
この結論のみからしても被害者救済を完全に無視した判決であることが分かる。そして、原審裁判官はこの結論を導くために、その判決理由中で杜撰かつ偏りある事実認定を行い、事実の法的評価の誤り、軍用基地が有する特徴を看過し、旧嘉手納爆音訴訟控訴審判決と矛盾する判断をするという、およそ、難関の試験を突破し、公平な裁判所に所属する裁判官が書いたとは思えない形式ミスや論理矛盾のある、しかも偏向な判決を書いたのである。何より、人権保障の最後の砦であるはずの裁判所が、5541名にも及ぶ原告らの被害の声に耳を傾けなかったことが、上記のような原審判決を招いた大きな要因である。
公害訴訟は被害に始まり被害に終わる―公害訴訟において一番基本的なことを看過した原審裁判官の過誤は、控訴審において必ず正されなければならない。
2 1年生から見た原審判決
「こんな偏った事実認定をして、こんな判決を書いてしまったら、司法研修所の2回試験にすら落ちるぞ。この文章は、本当に法律家の先輩が書いた文章なのだろうか。」
これが、1年生弁護士である私の、原審判決を読んだ率直な感想である。
法律家であるはずの裁判官が、法を捨て、理論を捨て、自分が至らせたい結論に都合のいい事実のみ拾い上げて書き上げたことがありありと分かる原審判決を読んで、私は同じ法律家の端くれとして恥ずかしい思いをした。
もう2度と、こんな判決は見たくない。法に則り、理詰めの議論ができるはずの
法律家の先輩
が初心やプライドを忘れて堕落した姿を見るのはもうたくさんだ―控訴審は、1審原告団の被害解消への切実な思いを裁判所が聞くかどうかという問題とともに、前記のような破綻を来している原審判決を破棄することで裁判所の尊厳を守り、裁判所への国民の信頼という裁判所の存立基盤そのものが保てるかという問題をも内在し、その審理を開始したのである。
第2 控訴審での主な獲得目標
1 早朝夜間の飛行差止 前記のとおり、原審判決は、1審原告団の悲願であった早朝夜間の飛行差止を棄却した。しかし、この点はあえて多くを語らずとも、早朝夜間の飛行は差し止められるべきことは当然である。違法行為が放置されるという、法治国家においてはあってはならない事態が継続している今、国及びアメリカ合衆国にその是正を求めるべく、かかる飛行差止を勝ち取りたい。そのためにも、裁判所の展開する第三者行為論を論破するとともに、聴力損失その他爆音による健康被害の立証に再度挑戦する意向である。
2 W値85未満地域の損害賠償請求
前記のとおり、原審判決は、小松基地訴訟、厚木基地訴訟、横田基地訴訟ならびに旧嘉手納訴訟で裁判所が認めた基準に反し、W値85未満地域に居住する1審原告らの損害賠償請求を棄却した。しかし、何をもって旧嘉手納訴訟から新嘉手納訴訟の間に被害者の受忍限度が上がったというのであろうか。
被害は減少などしていない―控訴審では、原審判決において切り捨てられた損害賠償を必ず認めさせたい。そのためには、被害者が語る爆音被害の実態を裁判官に伝えなければならないが、1審原告本人尋問や陳述書の地道な作成により、それを成し遂げていきたい。
第3 控訴審第1回口頭弁論期日の報告
1 法廷で語られた生々しい被害
控訴審第1回口頭弁論期日では、1審原告の一員で原告団団長である仲村氏をはじめとする計4名が、法廷で自らの被害を裁判官に直接訴えるべく、意見陳述を行った。この4名の意見陳述は、自らの被っている爆音被害と爆音への思い、具体的には、爆音そのものによる睡眠妨害や生活妨害等の被害はもとより、爆音による睡眠不足や精神の苛立ちが、爆音がやんでいる間の日常生活や子育てにすら悪影響を与えていること、爆音が過去の戦争体験や戦闘機墜落事故の恐怖を呼び覚ますこと、爆音に対し、1審原告ら以外の地元住民も一致団結して抗議の姿勢を示していること等が生々しく語られている。さらに、1審原告団が「静かな夜を返せ。」という思いで団結しているというこの訴訟の原点を控訴審裁判官に改めて示すことで、当事者の立場から被害の解消を強く求めた。私は控訴審から弁護団に加入したため、この第1回口頭弁論で初めて被害者の生の声を聞いて、「この人たちの声を聞かずに切り捨てるとは、原審裁判所は一体どういう神経をしているのだろうか。」と感じた。それと同時に、私は思った。自分がこの弁護団に入ったのは正しい選択であり、今後精1杯この人たちのために尽力しなければならない、と。
2 法廷での獲得目標の明言
前記1の意見陳述に続いて1審原告ら弁護団による意見陳述が行われ、1審原告ら弁護団3名により、前述の獲得目標及びその理由が法廷で明らかにされた。総論部分を担当した高木弁護士からは、控訴審は裁判所の存立根拠に立ち返った判断をなすべきことが、健康被害部分を担当した高橋弁護士からは、科学的知見を無視する横暴な判断を撤回すべきことが、被害者の曝露状況部分を担当した中原弁護士からは、原審がW値85未満地域に居住している1審原告らを切り捨てるために展開した議論の矛盾がそれぞれ指摘された。
3 他の基地訴訟弁護団による意見陳述
前記2の意見陳述に続いて、新横田基地訴訟及び普天間基地訴訟弁護団による応援意見陳述が行われ、新横田基地訴訟弁護団員の中村晋輔弁護士から、第3次・第4次小松基地訴訟1審判決と並び被害者の被害を大きく認めた新横田訴訟控訴審判決の報告がなされ、新嘉手納訴訟原審判決の過誤が明らかにされた。また、普天間基地訴訟弁護団員の中村照美弁護士から、被害者に対して救済の手を差し伸べるべき裁判所が、これまでの判断に反してまで「我慢しろ。」と言ったのは、完全に沖縄差別の判決であることが指摘された。
4 「異常者」と言われて〜むすびにかえて〜
「旧訴訟の当初、国から『異常者』と言われたことを思い出します。」
第1回口頭弁論期日の最後に意見陳述を行った1審原告ら弁護団団長・池宮城弁護士は、この言葉から、この控訴審にかけられている沖縄県民の思いを語り始めた。
「旧訴訟で1000人に満たなかった『異常者』は、今では5500人を越えているが、国は、そして裁判所は、この5500人余の人間たちをまだ『異常者』というのか。旧訴訟で爆音が違法状態である旨の判断が出て以降も違法状態が放置されるという『異常』事態を作り出した政府に対し、沖縄県民は既に絶望している。しかし、基地訴訟が辛うじて係属している以上、沖縄県民は裁判所に対しては未だ希望を捨てていないといえる。沖縄県民が裁判所にすら絶望したとき、今の日本の体制に沖縄が従属できるときが終わるだろう。」
異常と断ずべき判決を撤回し、適正な判決を得るための闘いに向け、1審原告団・弁護団ともに決意を新たにするところである。