指定疾病罹患の認定について、大網では「指定疾病が石綿によるものである旨の認定を行う」としか述べられていない。一方、「基本的枠組」では「(3)認定基準 石綿を原因とする疾病であることを証明する医学的所見があること」とされている。
しかしながら、アスベストによる健康被害発症のメカニズムが必ずしも十分に解明されていない現在において、この医学的所見を「厳密に」要求すれば、アスベストによる疾病であるにもかかわらず、医学的な解明が進んでいないがために救済を拒否される被害者が多数発生することが十分に予想され、そうなれば、大綱が掲げた「隙間なく救済する」という目的自体に反する事態が生じることになる。水俣病の認定が今なお行き詰まっていることから見ても、こうした事態は十分に予想されることである。
また、大阪府泉州地域など、アスベスト被害が集中して発生している地域に関しては、緊急の救済策として、これら地域を「特別指定地域」と指定して、同地域内で一定程度のアスベスト暴露を受けたことが明らかで、かつ他原因によることが明らかでない指定疾病患者に関しては、これを全て救済するという方向を検討すべきである。この点に関しては、「公害健康被害補償法(公健法)」における被害者救済制度が参考にされるべきである。
4 疫学調査をはじめとする全面的な被害実態調査について
大綱では、疫学調査をはじめとする被害実態調査については全く触れられていない。
しかしながら、当弁護団が他団体と協力して行った泉南地域(泉南市、阪南市)における健康診断の結果によると、極めて高い確率でアスベスト暴露による健康被害が発生していることが判明している。このことは、戦前から泉南地域に地場産業としての石綿工場が高密度で存在し、高濃度のアスベスト拡散が進行していた結果である。同様に、尼崎地域での疫学調査でも地域全体が高濃度に拡散していたことが明らかとなっている。おそらく、その他の地域でも同様の地域被害が発生している可能性は十分にある。
従って、アスベスト工場が立地していた地域においては、疫学調査をはじめとする大規模な被害実態調査を実施し、アスベスト被害の全体像を早急に明らかにすることが求められており、アスベスト新法にはこの被害実態調査を実施することも明記されるべきである。
そして、将来的には、こうした疫学調査を含む実態調査の結果をふまえて、「特別指定地域」の指定を含め、上記の認定のあり方全体を充実させるべきである。
5 健康管理手帳制度の創設
アスベスト暴露による健康被害は、20〜40年後に発症し、発症後の進行が早く、生存期間が短いとの報告がなされ、早期発見が重要であると言われている。
泉南地域における健康診断でも「石綿肺」「胸膜肥厚斑」などが多数発見されている。これらアスベスト暴露の所見が見られる者全てが、直ちに治療しなければならない状態ではないとしても、近い将来、極めて高い確率で深刻な健康被害を発症する危険性があるという意味で、ハイリスク層が存在していることに注目すべきである。そして、かかるハイリスク層が治療を必要とする健康被害を発症したか否かを判断するためには、定期的な健康診断が不可欠である。
また、将来、中皮腫や肺がん等への有効な治療法を確立する努力として、ハイリスク層への発症予防方法の研究も進めなければならない。
そこで、現時点において、これらハイリスク層に対し、定期健康診断を行うこととし、「アスベスト暴露健康管理手帳制度」により、健康診断費用並びに交通費を支給することとすべきである。また、ハイリスク層は、上記の「特別指定地域」に集中すると予想されるが、健康管理手帳制度と指定疾病の認定基準を有機的に関連させることにより、ハイリスク層の被害者が安心して健康管理及び認定・救済が受けられる制度を構築すべきである。
6 「救済給付内容」について
大綱は、(1)医療費負担分、(2)療養手当(月10万円)、(3)葬祭料(20万円)、(4)特別遺族弔慰金(260万円、与党案では280万円)としている。これらは、「被爆者援護法」の支給基準を敷行しているとみられる。
しかしながら、大綱の救済給付水準は、労災保険給付(医療費金額、休業補償、特別給付金、葬祭料、遺族年金等)と比較して低廉すぎると言わねばならない。工場周辺住民などのアスベスト健康被害者に対する救済内容を労災保険給付と区別する理由は全くない。アスベスト被害が大気汚染による健康被害であることを踏まえて、少なくとも「公健法」による補償と同一とすべきである。公健法に準じた救済となると、補償費は全労働者の平均賃金の80%が基準となり、公平な被害救済となるものである。
7 予算規模について
大綱では、費用負担につき、(1)事業主、(2)船舶所有者等からの労働保険徴収システムを活用するとし、平成17年度の暫定予算として350億円を計上するとされているが、前項のとおり、早急な疫学調査等の被害実態調査の予算措置が必要となるので、さらに150億円程度増額させる予算措置を講ずべきである。
8 「認定機関」「基金の創設」について
大綱は、「独立行政法人環境再生保全機構(機構)」を活用し、認定や支給業務を行わせ、機構内に基金を創設するとしている。この機構の中の認定機関として設置されるであろう「専門委員会」には、これまでアスベスト被害問題に取り組んできた人材を含めるべきである。これらの人々は、直接被害の実態に接しており、豊富な経験を積んでいることから是非ともこれらの人材の登用を明文化すべきである。
また、「基金」の創設にあたっては、財源について、基本的には原因者負担の原則を明確にするとともに、負担能力も考慮し、さらに被害の発生と拡大に国自身にも大きな責任があることを踏まえて、公平、適切に基金の充実を図るべきである。
9 労災対象外労働者遺族への救済
大綱は、労災保険に準じた遺族補償給付を行うとしている。これは、労災保険給付を受けた労働者とのバランスにおいて評価し得るものである。
しかし、予想される問題点として、過去に死亡した労働者には労災給付の要件である指定疾病の認定についての困難さが挙げられる。例えば、肺がんが死因の場合、保存期間が過ぎたカルテ、レントゲンの入手が不可能となることがある。
これらの場合に「厳密に」医学的知見を要求するのではなく、前述の「特別指定地域」の指定なども参考にして、アスベスト工場での就労履歴等により救済を図るべきである。
10 最後に
本意見書は、大綱による迅速な被害救済のみについてのものである。政府は、恒久的なアスベスト被害の発生防止策として、アスベストの管理・廃棄問題を含めた全面的なアスベスト対策基本法の検討にも早急に着手すべきである。最後に、この点も指摘しておくものである。
以上