よみがえれ!有明海高裁決定と今後の戦い
弁護士 後藤富和
佐賀地裁における昨年8月26日の諫早湾干拓事業差止めの仮処分命令を取り消す福岡高裁の決定(本年5月16日)は、日本の司法史上稀に見る不当なものといわざるを得なかった。漁民達の涙、そして、魂からの叫びに全く目を向けず、ひたすら権力の方を向いた決定であり、少数者の人権保障の最後の砦としての裁判所の役割を完全に放棄したものである。
しかし、この決定ですら、諫早湾干拓事業と漁業環境悪化の関係を認め、そして、農水省に対して、中・長期の開門調査を含めた調査・研究の責務があると言わざるを得なかった。すなわち、福岡高裁の決定は、国の不当な言い分を全面的に受け入れたものではなく、逆に、国の言い分を否定し、漁民側の言い分を認めたものであることは間違いなく、今までの漁民の方々の頑張りで勝ち取った成果と評価できる。そして、漁民の方々の頑張りは、農水省を追い詰める更なる闘いの大きな力となることは間違いないであろう。
すなわち、諫早干拓と有明異変の因果関係については、間もなく出る公調委の原因裁定の結論で明らかになる。そうすると、今後の提起される第2、第3の仮処分では、今回の高裁決定のように「因果関係の疎明がない」との理由で私たちの主張を退けることができなくなる。
また、現在、最高裁では、福岡高裁の不当決定に対する抗告審の審理が行われており、最高裁に人権保障の砦としての役割を果たしてもらうべく、原告団、弁護団は、ほぼ2週に1回のペースで九州から上京し、最高裁前での宣伝行動、書記官との面会を行っている。
さらに、7月29日、佐賀地裁に、よみがえれ!有明海訴訟(諫早湾干拓事業工事差止等請求事件)について、新たに原告1147名を追加提訴した。
内訳は、755名が漁民で、残り392名の大部分はその家族である。
追加提訴は、これまで9次にわたって行っており、今回が10次の追加提訴となる。
漁民の家族も市民として集約すると、9次までの提訴段階での原告数は、漁民197名、市民685名の合計882名であった。今回の提訴によって原告数は倍増し、この訴訟の原告数は、漁民952名、市民1077名の合計2029名となった。この結果、本訴訟は、空前の規模の大型訴訟となった。
今回、短期間のうちに、漁民とその家族を中心にこれだけの規模の追加提訴が行われることとなったのは、5月16日に福岡高裁が不当決定を下したことに端を発している。
今回の大規模追加提訴は、海のことを最も知る漁民の言い分に耳を傾けなかったばかりか、漁業被害すら無視した福岡高裁決定に対する、漁民みずからの断固とした怒りの拒否回答である。また、今回の大規模追加提訴は、司法は本来紛争を解決することを任務としているにもかかわらず、福岡高裁決定が何ら紛争の解決に寄与しなかったばかりか、かえってこの紛争を激化させ、司法としての役割を決定的に踏み違えたものであったことを白日の下に明らかにした。さらに、今回の大規模追加提訴は、農水省が行っている諫早湾干拓事業をタブー視するエセ再生事業に対し、この事業をタブーとしては有明海再生はありえないことについての、漁民みずからの強烈な怒りの拒否回答でもある。
豊饒の海・有明海をよみがえらせ、漁業被害を食い止めるためには、諫早湾干拓事業の全面見直し以外に途はない。
農水省は、今回の大量提訴の事実を真摯に受け止め、いたずらに紛争を泥沼に陥れることなく、早急に諫早湾干拓事業の全面見直しを核とした真の有明海再生に踏み出すべきである。
我々は、農水省がそのための協議のテーブルに着くことを心から呼びかける。
廃業者や自殺者が続出する有明海漁民の深刻な被害は、もはや、一刻の猶予も許さない。
有明海漁民の塗炭の苦しみを踏み台に、農水省が、あくまでもこの事業に執着し続けるのであれば、われわれはあらゆる法的手段を駆使して、有明海再生の日まで断固として戦い抜く所存である。