2 反対の理由
建設反対運動の起源は半世紀前に遡る。地元の退去予定者、環境保護者、ダム不要論者など様々なスタンスからの反対運動が存在した。本年2月、全国市民オンブズマンは無駄な公共事業の典型の1つとして、八ツ場ダムを調査、検討対象とした。以後、従前からの市民・科学者グループ、オンブズマングループによる話し合いが重ねられ、反対運動が発展した。
当然の帰結として、反対理由は多岐に亘る。
市民・科学者グループからは主に次のような主張がなされた。
第1に、詳細なデータの積算により、利根川の利、治水には新たなダムの建設は不要な事。
第2に、建設予定地付近は強酸性であり、1日あたり60トンの中和剤が現に投入されている。その全量が新たに建設される八ツ場ダムに流入するので、八ツ場ダムは堆砂により「じきに」埋まってしまう。
第3に、建設予定地は素晴しい景観の渓谷であり、オオタカなどの自然生物も極めて豊かである。
オンブズマングループからの主張は以下のようなものであった。
第1に、当初の予算2110億が今年度になり4600億円に増額された。
付帯工事など一切を含めると、総経費は8800億と試算され、やがては9000億から1兆円という金額に「成長」すると思われる。当初は小さな予算から出発し、追加工事の連発で膨張を続ける「小さく生んで大きく育てる」公共事業の典型である。
第2に、計画立案が1952年(昭和27年)で、その基礎データは1947年(昭和22年)のキャサリーン台風の際の数値である。昭和22年の日本は敗戦直後であり、山も川も今とは様相を異にした。
世間は移ろい変っても「今時までたっても止まらない」公共事業の1つである。
第3に、国交省は200年確率、即ち「200年に1度の大雨には役に立つ」と言い張っている。旧建設省の河川防砂規準は「200年に1度の大雨」の計算式グラフを解説している。その規準の14Pは「実際の雨がこのグラフに一致することは極めて稀である」と記載している。
第4に、昭和45年6月10日、衆議院地方行政委員会に於いて、当時の文化庁文化財保護部長は、建設予定地について「ダムの基礎地盤としてはきわめて不安定である」、「大型ダムの建設場所としてきわめて不安な状況」、「ダムを建設する場所としては非常に不安定な地形」との答弁を繰り返している。
現在の建設予定地は約600m上流となったが、地形、地質に変化はない。
3 反対運動
以上の理由を簡潔にまとめて、住民監査請求書を作成した。
本年9月10日、八ツ場ダム建設により財政負担が発生する1都5県の住民が1斉に監査請求をなした。請求人の数は約5300人に及んだ。
その2日後、東京新宿住友ビルで約450人が参加して監査請求報告集会が開かれ、田中康夫長野県知事が「脱ダム社会への道」と題する講演で最後を締めた。
しかるに11月1日時点で、1都3県でこの監査請求は却下された。却下の理由として、4都県共に共通しているのは「請求は財務会計行為に先行する行政判断に対して独自の見解を述べたもので、財務会計行為自体の違法ないし不当を主張したものではなく、監査請求の要件を満たしていない」という点である。
4 却下の意味 従来から「財務会計行為を極めて狭義に解し、先行行為の幅を拡大し、先行行為は行政の裁量行為だから司法的判断の対象外」とする見解は存在し、それに沿った判例も存在した(最近の典型例として、水戸地裁平成15年12月25日、霞ヶ浦導水事業公金支出差止訴訟判決)。しかし、今回の4連続却下の理由によれば、財務会計行為の違法、不当は「それ自体の瑕疵」に明確に限定される。「金を出すには、出すだけの理由」があり、その理由の合・違法性をこれまでの住民訴訟は主に争ってきた。
しかし、財務会計行為を端的に言えば、ソロバン勘定にだけ限定し、それ以外は全て行政裁量とするが如き見解が確立されるとすれば、監査請求、住民訴訟の存在価値は著しく減殺される。これらを重要な手段としてきたオンブズマンなどの市民運動の活動が大きな制約を受けることは明白である。
5 今後の予定
1都5県に於いて住民訴訟の提起をすすめるとともに、訴訟における争点として当然に予想される財務会計行為を廻っての議論に備えるべく準備を進めている。
更に、12月5日午後1時30分から東京渋谷ヤマハビルに於いて(提訴されているであろう)住民訴訟報告を行う集会を予定している。
この集会には全国の反ダムの運動を展開してきた人々を結集し、反ダムの全国的連帯の契機としたい。単に国内だけでなく、国際的にも反ダムの世論は拡がっている。この集会が国際的にも反ダムの市民運動が連携できる契機になればと思っている。
【若手弁護士奮戦記】 出し平ダム被害訴訟
弁護士 足立政孝
1 出し平ダム被害訴訟は平成14年12月4日提起されましたが、私は平成15年10月に富山県弁護士会に入会し、ほぼ入会と同時に弁護団に参加することとなりました。なお私を含め、同期に入会した3名の新入会員が昨年10月から訴訟に参加することとなり、現在弁護団は総数8名となっております。
出し平ダムの初回排砂が平成3年のことですから、既に初回排砂後13年が経過しております。その間なお継続して同様の排砂が繰り返されているにもかかわらず、一般の方々の認識レベルにおいては、被告関西電力が一貫して主張しているように、既に漁業被害は収束しており、また、漁民に対する補償も解決済みと考えられているようです。私も本訴訟に参加するまではそのような認識でおりました。
しかし、(1)現在もなお漁業被害は発生し、その被害状況は固定化され、当初よりもなお深刻になっており、(2)漁民に対する被告関西電力との間の漁業被害に関する合意手続及び合意内容には多くの問題点が存し、そのことが現在まで看過されている事実が存します。
それらの問題を解決するため、特に一連の排砂により壊滅的な被害を受けた黒部川河口の刺し網漁民の方々を原告として、本訴訟が立ち上げられ、現在なお継続しております。
2 本件は公害であるにもかかわらず、直接の被害は魚、海底地質、海草類であることから、現実に金銭的な被害を被っている漁業者以外の人間にとっては、目に見える被害状況が存しないこともあり、既に被害が風化している状況に至っているものと思われます。
しかし、回復不能に近い漁場被害は年を追うごとに深刻になってきており、今なお繰り返される排砂は正に海を「死」に追いやる行為に他ならないといわざるを得ません。
現在も研究者の協力を得て排砂の影響及び被害状況の追跡調査が行われています。その結果は関西電力側の報道する現状とは全く異なり、初回排砂後の度重なる排砂により黒部川河口の漁場にはどす黒いヘドロ化した物がどぶ川の底のように溜まっており、漁民の方に言わせれば海底はもはや「こえだめ」状態にあるということです。
このような海底で海藻が育ったり魚が生息するはずもなく、特に刺し網漁民の方々の大きな収入源となってきた「ひらめ」は姿を消しております。「刺し網」とは一般の人になじみのない言葉ですが、漁獲用の網を海底から立てるもので、その高さは漁獲対象の魚により様々です。しかし総じて海底付近に生息する魚を漁獲するものですから、海底がヘドロ堆積状態になり、藻場も消滅している現在、その漁獲高が激減し、今後漁獲を継続していくことが困難となっております。
3 この現実の被害を主張立証し、刺し網漁民の方々が被っている損害賠償を求めていくことが本裁判の眼目ですが、その主張立証は容易ではないことが弁護団に参加し、議論を進めていけばいくほど実感しております。
本件の直接の被害対象は黒部川、富山湾という自然であり、漁民の方々の被った損害にいたる被害発生のメカニズムは簡単な因果関係では説明し尽くせない複雑なものです。また、被害実態を解明するには、地質学、水産学、流動力学、水質学など総合的な自然科学の知識が必要となりますが、我々弁護士にとってもまた裁判所にとっても、その被害メカニズムを理解することは困難です。従って、月に1回程度開催される漁民の代表者の方を交えた弁護団会議では、訴訟の遂行方法、被害状況の把握、立証方法の検討を科学的因果関係を踏まえた見地から、研究者の方の意見を参考にしながら検討するため、その討論内容は多岐にわたらざるを得ません。そのため、毎回2時間を超える会議が開かれ、議論を交わしております。正直なところ、当初弁護団に参加した時点では、これほどまでに難解かつ大変な訴訟とは認識しておりませんでした。
4 ところで、現在2件の訴訟が継続している中で、1件については富山地方裁判所において「原因裁定調査嘱託の決定」がなされ、本年10月に第1回の審問期日が開かれました。審問期日は東京霞ヶ関の公害等調整委員会で開かれ、原告団を構成する漁民の方々も参加されました。私にとって原因裁定手続は初めての経験でした。その仕組みは既にご存知の方もおられると思います。しかし、当該審問に参加し、改めて現実に生じている被害を明らかにし本件勝訴を目指す決意を新たにした次第です。
5 黒部川が富山県民及び漁民に与え続けてきた豊かな自然が破壊され、その結果海藻、貝類及び海底に生息するひらめを代表とする底物の魚が壊滅的な被害を受けている現在、その被害を裁判を通じて明らかにすることは、少数者の被った被害に対する責任を追究する弁護士に課せられた使命であると認識しております。また、このような訴訟に参加できることを大変誇りに感じております。
しかし、裁判を通じてその責任の所在を明らかにしても、被害を受けた海が回復する保証はありません。ただ、その1歩として裁判を通じて被害状況の解明を進めていくことにより、被害回復の一助となるよう微力ながらも努力していきたいと考えております。
自然を不可逆的な状況になるほどまで汚染し、しかも既に汚染された状況は自然の治癒力により解決されたとのスタンスを崩さない加害者の行為は断じて許されるべきものではなく、他の弁護団の方々の指導協力、何よりも漁民の方々の熱意によって、本件訴訟に今後も係っていく所存でおります。